第067話 戦姫の轍

 機蟲の両肩から降り注いだ、絶え間ない機銃掃射。

 銃弾を浴びた玉砂利舗装の地面が、激しく粉塵を上げる──。


「ふーっ! ふーっ! ど……どうだ戦姫團っ! これがわたしを拒絶した報いだっ! この機蟲で……関係者全員皆殺しだっ! ンふーっ! ふーっ!」


 肺を大きく収縮させて、荒い呼吸を続けるヴァン。

 その顔は真っ赤で、額からは大粒の汗が次から次へと滴り落ちる。

 塩分が染みる瞳を大仰に開閉させながら、立ち上る粉塵を凝視。

 やがて土煙が薄れて消え、舗装路が露になる。

 玉砂利が飛び散り、粉塵が積もった路上に、イッカの姿はない──。


「えっ……? あいつの死体はどこっ!?」


 機蟲の正面にはイッカの肉片も、陸軍服の切れ端もない。

 当てが外れたヴァンは、防護用の金網越しに左右を向く。

 お目当てのイッカの体は、右手の海側に無傷で腰を下ろしていた。

 見知らぬ女に抱かれて────。


「まさに間一髪……だな。へへっ」


「あなたは……ラネットの仲間の、ルシャ! なぜここへっ!?」


 イッカを銃撃から救ったのは、目にも留まらぬ駆け足で馳せ参じたルシャ。

 背後からイッカを抱きかかえて跳躍し、凶弾の嵐から離脱した。


「へへん! 強敵出現の狼煙のろし見て、オレが黙ってられっかてんだ! にしてもおまえ、相変わらずの見事なジト目だなぁ」


「……オレ女から、容姿をとやかく言われたくないわ」


 ルシャはイッカを抱き起こしながら、肩を叩きつつ、にやけ顔で耳打ち。


「にしても現役戦姫團兵が、あんな小賢しい策に嵌るとはねぇ?」


「思えばヴァンの刃物アピールは、機銃の存在を意識から逸らすためでした。ですがあなた、よくも即座に看破できたものです」


「そりゃあまあ機械の蟲とは言え、到底剣術の構えじゃなかったからな。それにオレは、飛び道具使う蟲と戦ってっから。師匠の世界で」


 令和日本に現れた拾体じったい下僕獣げぼくじゅう

 その実質的な統率者、蟲獣・安楽女あらくめ

 毒毛針を乱射して、交戦するエルゼル、そして助太刀のルシャとセリを苦しめた。

 ゆえにルシャには、「蟲にも飛び道具がある」という認識が根づいている。

 コケにされた格好のヴァンは、怒りに任せてアクセルペダルを踏み、エンジンを始動────。


「ンぬぬぬぬうっ! だったらまとめて轢き殺してやるぅ! ふーっ! ふーっ!」


「無理だと思うがなぁ。ま、やってみな?」


 怒り心頭のヴァンに、余裕しゃくしゃくのルシャ。

 機蟲下部の車体が始動し、前進を開始──。


 ──ガダダンッ!


 直後、左右の前輪が舗装路の窪みに嵌り、耳障りな音を立てて空回り。

 機蟲が前にも後ろにも動かなくなり、立ち往生。


「な……なんだこの窪みはっ!? 機銃でこのような深い窪み、できるわけがっ!?」


 コックピット内のヴァンの慌てふためきを再現するかのように、機蟲の両前脚や車体部が足掻く。

 その無様な様子を、ルシャが鼻の頭を掻きながらあざ笑った。


踏鳴ふみなり……ってんだ、その窪み作った蹴り。本気でやりゃあ、頭蓋骨もバラバラっていう師匠の持ち技。亀裂入りやすい玉砂利舗装に、穴あけるのはわけねぇぜ!」


 策士であるイッカも、ルシャの先を読んだトラップ構築には、さすがに感嘆──。


「あなた……。この場へ飛び出すと同時に、蹴り技で窪み作ってたのっ!?」


「造りモンの蟲の部分、重そうだったからな。前輪が嵌る窪み二つ作っときゃあ、動けなくなると思ってよ。こういうこすっからいところは、師匠譲りだな。ははっ」


「……戦姫のわだち。一番弟子の一人のあなたが、継いでいたってわけね」


 ──戦姫の轍。

 かつての入團試験、二次試験歌唱部門。

 陸軍の登用試験で海軍軍歌を歌おうとしたディーナに、アンチ海軍の砲隊長・ノアがいよいよブチギレ。

 ディーナへ鉄拳制裁を下そうとした刹那、乱入してきた愛里がノアを組み伏せる。

 日本史における陸海軍の軋轢を知る愛里の怒りは、ノアのそれを遥かに凌駕。

 ノアの顔面を粉砕する勢いで振り下ろされた、スニーカーによる踏み蹴りの足跡は、いまもなおナルザーク城塞内に深く刻まれている。

 平和を尊び、争いを憎む戦姫の始祖が、深々と刻んだその足形は「戦姫の轍」と命名され、戦姫團の者たちへの教え、戒めとなっている。

 令和日本の戦いにおいて、脚力に強く戦姫補正を授かったルシャ。

 その蹴り技と足癖の悪さは、愛里のものをしっかりと受け継いでいた────。


「へへっ……進退窮まれりだな、その蟲のオモチャ。さ、チャチャッと投降しろよ。同じ不正失格者のよしみで、命は取らないでやっからさ」


「黙れ黙れ黙れーっ! まだ機銃があるっ!」


「やめとけ。さっきの乱射で熱持ってんだろ。そのまま撃ちゃあ、蟲ン中で蒸し焼きだぜ?」


「うるさいっ! 耐熱テストは十分にしてるっ! それよりさっさと死ねーっ!」


 ──ガンッ!

 ──ガンッ!


 機蟲内のヴァンが、機銃のトリガーへ指をかける直前────。

 わきのビルの窓から、二人の男女が輝く剣跡とともに落下。

 機蟲左右の銃身へと、それぞれが長剣を振り下ろす。

 剛剣の使い手であるセリ。

 同じく剛腕自慢のルシャの兄、ログ。

 重火器を構成する銃身は頑丈で、刃物の一撃ではわずかに歪むに留まったが、二人はそれで良しとして、跳躍で蟲の後方へと離脱。

 二人の着地と同時に、ヴァンがトリガーを引いた────。


 ──ドウウゥンンッ!

 ──ドオオォオオンッ!


「ぎゃああぁああぁああっ!」


 機蟲の両肩内部の弾倉が、激しく爆発。

 両前脚の付け根から一瞬、垂直に真っ赤な火柱。

 続いて火薬の匂いを濃く孕んだ黒煙が、もうもうと周囲に漂う。

 爆発の衝撃で両前脚が外れ、鎌から地面に折り重なった。

 機蟲の鋼鉄のボディーを高熱が伝達し、コックピット内のヴァンを焦がし始める。


「あつっ……熱いっ! 熱い熱い熱いっ! いやっ……死ぬのはいやーっ! 助けてっ! 助けてーっ!」


「な? だからもう撃ったらヤベーつったろ?」


 歪んだ銃身内を銃弾は通過できず、そこで暴発、弾倉に引火。

 ヴァンはコックピットのドアを開けようとするも、真っ赤に変色したかんぬきに触れることもできない。

 ルシャは舌打ちをしつつ、俊足で跳躍────。


「ちっ……しゃーねーのっ! それっ!」


 ──ガギィンッ!


 高熱によって硬度をやや落としていた閂を、ルシャが外側から剣の一振りで破断。

 髪や衣類に炎を着けたヴァンを引っ張り出し、抱きかかえて海へと跳躍。

 一塊になって海中へと飛び込む。

 場の一同が岸壁に集まって、波紋の中心に生じる白い泡立ちを凝視。

 やがてルシャの頭髪の赤みが、徐々に浮上。

 息も絶え絶えのヴァンを肩に抱いたルシャが、笑顔を海面に出した──。


「ぷはーっ! あの狐女が見せた妙な立ち泳ぎ、こんなところで参考になるとはな。ははははっ!」


 小堀流踏水術こぼりりゅうとうすいじゅつ

 令和日本で六日見狐がルシャ相手に用いた、日本古来の泳法。

 荷物の運搬、食事、書き物、そして剣戟を水上で行うために発達した立ち泳ぎ。

 長崎市をはじめ、日本の数カ所でいまなお継承されている。

 戦闘のセンスに長けたルシャは、それを一度相対しただけで会得していた──。


(あー……やっぱオレ、セイレーンってのに向いてんのかもしれねぇなあ。ははっ……)

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