女教皇 -HIGH PRIESTESS-

第066話 捨て駒

 ──機蟲・女教皇ハイプリーステス

 工廠地帯海側の舗装路で両鎌を構え、戦姫團・機動部隊に向かって走行。

 後退するオートバイ四台は、工廠地帯東側に設けられた松林へ。

 防風林と軍機の目隠しを兼ねた松林は、高さと密度があり、オートバイでは入っていけない。

 しかし角を曲がってさらに後退すれば、地雷が埋設されていた突入地点へ逆戻り。

 機動部隊長・ギャンは松林を背に停車し、機蟲を真正面に迎える。


「ここを譲れば、團長がいる中央エリアへの挟撃を許す。ここで食い止めるぞ」


「「「はっ!」」」


 ハンドルグリップを固く握り締めて、短く、強い返事をする三人。

 イッカだけが、それに言葉を続けた。


「……隊長。オートバイを一台捨て駒に使いたいのですが、構いませんか?」


「策があるのか?」


「いえ。策を探るための必要経費です。をさせてください」


「わかった。ならば、わたしがしよう」


 ギャンがエンジンをふかし、低速で前進を開始。

 機蟲へとまっすぐに向かう。

 それを受けて女教皇ハイプリーステスの搭乗者、ヴァンが拡声器越しに高笑い。


「ハーッハッハッハッハッ! なんだなんだ、玉砕覚悟の体当たりかっ!? 天下に轟く戦姫團にしては、ずいぶんと雑な攻め手じゃないかっ! はふっ……ふーっ!」


 熱が伝わってきそうなほど荒い息を、拡声器越しにヴァンが放つ。

 一方のギャン、機蟲との間合いが半分ほどに達したところで一気に加速。

 速度メーターを振り切る手前で、右グリップ根元の小さなレバーを倒し、アクセルをロック。

 それから柔らかい挙動で座席から立ち、バイクを捨てて横っ飛びで離脱。


「せぇい!」


 受け身を取りながら舗装路を転がるギャン。

 運転手を失ってもなお、最高速度で直進するオートバイ。

 ────。

 令和日本での戦いにおいて、稲佐山公園・シカ牧場の女性飼育員からロードバイクを借り受けた際の小技。

 両獣・悪喰あくじきへの接近を嫌った女性飼育員が、横乗りで勢いをつけたのちに降車し、無人のロードバイクを直進させてイッカたちへとパスした一幕。

 ロードバイクを駆使しての下僕獣との戦いにて、二輪車を用いた戦闘はギャンのアイデンティティーとなっており、いまのオートバイぶつけも大怪我も辞さない訓練の賜物だった。


「妙技・ゴーストライダーっ! 食らえっ!」


「食らうかーっ!」


 機蟲が左鎌を振り下ろし、突進してくるオートバイの前輪と後輪の間に差し込む。

 わずかに浮き上がった車体は海側へと低く放られ、舗装路へと落ちたのち、タイヤの回転によって地で暴れながら海へと落ちていった。

 いまの一連の出来事を、イッカは特徴的なジト目で冷静に洞察──。


「……上手くタイヤを避けて、車体を持ち上げた。あの機蟲とやらの操縦の練度、かなりのもの。また、前脚の力は強く、可動域は実物の蟲よりも広い。蟲とは異なる戦術が必要。できれば海へ落としたいところだけれど、オートバイ四……いえ三台のパワーでは無理。野砲は恐らく、中心部の戦闘に回されている……」


 バイクに跨るイッカが、瞳を左右へ動かして戦況を分析。

 バイクを失ったギャンが駆け足で戻ってきて、それをゆっくりと機蟲が追う。

 機蟲の右前脚の関節が内側へ曲がり、鎌もクイクイと内側へ閉じて、「向かってこい」というジェスチャー。


「どうしたどうした戦姫團っ!? お得意の剣術でかかってこい! まとめて斬りかかってきても構わんぞっ! ひっひっひっ……ふーっ……ふーっ!」


「……遠慮しておくわ、ヴァン・デレス。あなた、入團試験を嫌がらせで突破しようとしたでしょう? 馬鹿正直に斬りかかっていったところを、その下部の車体で撥ねられたらたまらないわ」


「なるほどなるほど。さすが情報戦巧者と呼ばれていた女、慎重だな。では、こうしてやろう。そらっ!」


 ──ブルルルルゥ……ギッ……。


 機蟲の後脚とも言える、下部の車体。

 そのタイヤの回転が完全に止まり、機蟲全体が縦に一度ガタンと揺れる。

 車体部分が停止した様相──。


「さあ、こちらは移動をやめたぞ! この巨体だ。エンジンを再始動して加速するにも、それなりの時間を要する。純粋な刃と刃の戦い! それすらも逃げるかっ!?」


「……ふん」


 舌打ち代わりの不機嫌な鼻息を漏らしたイッカ。

 オートバイを降り、長剣を抜く──。


「隊長、あたしのバイクをお使いください。ちょっと様子を見てきます」


「あの巨大な鎌に、剣一本では危険だっ! イッカ!」


「ご心配なく、敵の間合いには入りません。近くで弱点を探るだけです。それに彼女の私怨につきあうことで、あの機蟲をしばらく足止めできます」


「な、なるほど……。だがくれぐも、死ぬなよ」


「無論です。次期入團試験で、ニセ受験者を演じなければなりませんから。ふふっ」


 隊長にして恋人のギャンへと、イッカは落ち着いた笑顔を向ける。

 乙女にして一端の戦士。

 戦姫が一人、イッカ。

 時間を稼ぐべく、ゆっくりと、しかし勇ましく機蟲へと正面から歩む。

 一方の機蟲は両鎌を宙で縦横無尽に振り回し、戦意満々のデモンストレーション。


「よく来たな、イッカ! 一太刀くらいは持ってくれよぉ! ヒーヒッヒッヒッ……はふーっ……ふーっ……!」


(……ヴァンのふぅふぅという息遣い。極度の興奮から来ていると思ったけれど……そばに寄ってみると、ニュアンスが違う。どちらかと言えば、酸素不足の息遣い。あるいは……機蟲の内部、かなり蒸してるっ!?)


 イッカは巨体を見上げながら、鎌の刃渡りから間合いを予想。

 安全圏と思われるギリギリの位置で、両手で剣を握り、構える。

 しばしの睨み合い。

 やがて巨蟲の両鎌が、だらりと下がって先端を地に着ける。

 それから胸部を前屈みにし、頭部がイッカを見下ろす。

 その瞬間イッカは気づいた。

 機蟲の前脚の付け根……人間の両肩に相当する部位に、銃口があることを────。


「……はっ!?」


「ハーッハッハッハッ……ふーっ……ふーっ! 鎌の間合いの外に立ってるつもりだろうが……ンなもん関係ねーんだよっ! ゴ~メ~ン~ねぇ……卑怯者でぇ。その卑怯者の策に嵌って…………死ねっ!」


 ──ダダダダダダダダッ!


 機銃に相当する発砲音が、連なって響いた────。

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