第003話 海軍特務部隊・セイレーン

 ──ヒヒイイィイイィン!


 クーデター宣言のビラで生じた民衆のざわめき。

 それを割いて、軍馬のいななきが響く。

 ダークブラウンの毛を光らせた、たくましい軍馬二頭が、幌馬車を引いてくる。

 運転席で鞭を振るう海軍服の少女が、ミオンに向かって声を荒らげた──。


「ミオン、始まったよ! 飛行船はナルザーク城塞に向かってる! 追うわっ!」


「はいっ! あの……おにいさんっ! 無事の再会を祈ってます!」


 ミオンはカートを道の端へ寄せると、勇ましい微笑をラネットへ見せてから、すばやく身を翻す。

 それから宙を斬り裂くようにツインテールをなびかせ、幌馬車へと後部から跳躍で乗り込んだ。

 ミオンの乗車と同時に鞭がしなり、ピシッと軽い音を二つ立てて、馬車が発車。

 癖っ毛によって作られたトゲトゲのシニヨンを後頭部で揺らしながら、運転手の少女が人除けのベルを鳴らす。

 港湾部から内陸へと通じる道へと、馬車が勢いよく駆ける──。


 ──ガタガタガタガタッ!


 未舗装の道が生む音と振動に包まれる幌馬車内。

 両サイドに、二人掛けの長いすが一つずつ。

 馬車後方から見て右手奥の席には、まとまりのある青黒いショートカットの少女。

 長身で、顎と鼻が形よく尖った大人びた顔つきながらも、銀縁フレームの眼鏡の向こうに見える瞳には、やや少女のあどけなさが残る。

 隣りの席には、染髪した赤茶色の前髪を眉上できっちり揃え、黒い地毛の長髪を背中へと広げた少女。

 目つきが異様に鋭く、目を細めて正面を凝視しているように見えるが、左目尻下のいわゆる涙ボクロの丸さが、瞳周辺の筋肉が収縮していないことを示す。

 左手奥の席は、日差しの加減で暗がりに飲まれている。

 そこへ身を潜めるかのように、座す者が一人。

 厚い生地のニーソックスを纏わせた脚線美のみを、明るみに出している。

 いずれも海軍服姿だが、各々のデザインには細部に違い、個性がある。

 倣うようにミオンも、馬車内に提げてあった軍服の上着を羽織り、一つ空いていた席に腰を下ろした。

 それを見た眼鏡の少女が、神妙な顔つきでハキハキと話しだす────。


「……事前の情報どおり、海軍上層部がクーデターを起こした。われわれ海軍特務部隊・セイレーンは、いまこのときより上層部と袂を分かち、有志とともにこれの鎮圧に当たるっ! 奴らとわれわれ、果たして海賊となるはどちらか……決する!」


「「「はっ!」」」


「ただ、誤算が一つ……」


 眼鏡の少女が、手にしていたビラの中央を人差し指の背でピシリと叩き、続ける。


「……ビラの署名は、将校ではなく大臣。このクーデター、すでに政治屋にまで根が張っている。陸軍、そして民衆の全面的な協力を仰がねば、此度の戦いに勝利はないっ! 心せよっ!」


「「「はっ!」」」


「そのためにもわれわれは、陸軍のナルザーク城塞へ赴き、戦姫團に加勢。プロパガンダに使われるであろう彼女たちを救出し、合流を試みる。現團長のフィルル・フォーフルールは、海軍に伝のある豪族の出身と聞く。話の通じぬ相手ではなかろう」


「「「「はっ!」」」」


「……………………」


 眼鏡の少女が、そこで言葉を途切れさせた。

 唐突に「はっ!」が一つ増えたことを受け、瞳を伏せてしばし沈黙。

 眼鏡のブリッジの位置を中指で調整しながら、前傾姿勢になり、車内後方を見る。


「ところで……。きみはだれだ?」


 その視線を、ミオンを含む左右の三人の少女が追う。

 幌馬車内の後部中央では、ラネットがあぐらをかいて、両手を両脚の隙間へ収納していた。

 ようやく存在にツッコんでもらえたラネットは、ジャケットの内側から身分証を取りだして胸元で提示し、力強く名乗る。


「……ラネット・ジョスター。陸軍研究團所属の予備役兵。緊急事態です。ボクも同乗させてください」


 ミオンが驚きを持って、ラネットを見る。


「んんんん……? 陸軍研究團……ってことは、戦姫團と同じナルザーク城塞に詰めてて……。ということは…………お姉さんんんんっ!?」


 ラネットは片目を伏せて、「おにいさんじゃなくてゴメンね」と無言で謝罪。

 一瞬、あっけに取られるミオンだが、すぐにキッと顔を引き締めて「構いませんっ!」と、無言に無言で返答。

 ラネットは瞳と口を真横に結び、唇のラインを歪めながらの苦笑い。


(んー……。またトーンに怒られちゃうかなぁ。トーンと再会してから、やけに女の子にモテるんだよねぇ。これ、モテ期ってやつかなぁ……)


 そんなラネットへと向けられる、暗がりからの視線。

 窓からの日差しが及ばぬ場所に座っていた少女が、ゆらりと前屈み。

 ラネットへと細い瞳の顔を向ける。


「クックックッ……。見覚えある顔だと思ったら、あのときの替え玉受験者さんですか。まあ、身分を偽って城塞入りしたのは、わたしも同じでしたがね」


「えっ……? あっ、そういうあなたは……」


 ラネットから見て、左手の席の奥。

 そこにはラネットが、戦姫團入團試験時、そして令和日本で見た顔があった。


「……ユーノ・シーカーです。あなたとは直接的な接点はありませんが、共闘はこれで三度目ですねぇ。そうそう、陸軍研究團と言えば……。山窩イルフの彼女は、お元気ですか? クックックックッ────」

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