結集

第072話 近くて遠い背中

 ──機蟲・皇帝エンペラーの格納庫内で行われた、イザヴェラたちの攻防。

 その経緯、結末を、フィルルたちは知る由もなかったが、周囲の空中に飛び散っていた火花が途切れたのを、肌感覚でかっちりと悟る──。


「……ステラ、攻め時ですっ! このまま突っ込んで!」


「言われずとも、その構えでしたっ!」


 ステラが一時的に、上官へとタメ口を用いた。

 共に蟲へと突撃するシチュエーションが、二人の心をライバル受験者のころへと戻す。

 フィルルを引っ張り上げていた片手を、機蟲前方上空でステラが解除。

 瞬時にフィルルは両手に半月剣を握り、落下しながら剛力による斬撃──。


大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュっ!」


 全身の関節を限界まで縮め、一気に伸ばして双剣を水平に振るうフィルルの大技。

 宙で始動し、着地とともに振り切り、すぐさま後方へと飛び退く。

 新鮮なフィルルの足跡の真上へ、蒼い球体が垂直に落下してくる──。


がくだんっ!」


 小柄なステラが身を丸め、全身を高速回転して放つ、両刃の大鎌による斬撃。

 敬愛する師・愛里の故郷の霊峰、富嶽富士山

 それすらも断ってみせるという、ステラ渾身の大技。

 入團試験で両者相まみえた際は、がくだんに軍配が上がった。

 しかしそんな二人も、現在いまは寸分の狂いもないタイミングで連撃を放つ──。


「「成敗っ!」」


 ──ガギンッ! ゴキンッ! ガギッ! ガガンッ!


 二人の発声とともに、機蟲・皇帝エンペラーの両前脚が付け根から断たれ、落ち──。

 胸部を支える両中脚は、膝の関節から破断され──。

 カマキリを模した頭部は砕け散り──。

 車両部の分厚いタイヤは、ずたずたに引き裂かれる。

 コックピットを保護していた金網は縦横に破れ、搭乗しているガスカ社の女性私兵の姿を露にし──。

 女性私兵の衣服が随所で断たれ、汗ばんだ白い地肌を露にする────。


「きゃあああーっ!」


 女性私兵の悲痛な叫び声をもって、この区域の制圧は完了。

 戦姫團兵を抱え上げていたセイレーン一団が着地し、ネージュがフィルルの隣へと歩んだ。


「戦姫團の團長、並びに副團長の、奥義の交錯……恐ろしくも、美しい。わたしたちセイレーンがその背に追いつくのは、いったいいつの日か……」


 妬みと落胆を滲ませた、セイレーン隊長・ネージュの素直な吐露。

 国営アイドルグループとさえ言われる、陸軍戦姫團の後追いで発足した、海軍特務部隊・セイレーン。

 その初代隊長であるネージュは、五十年以上の歴史を持つ戦姫團の遠い背中を、いま間近で見、大きすぎる落差に肩を落とす。

 その震える肩へ、先んじて言葉を掛けたのはステラ────。


「負うべき存在の背中が見えるだけ、存分に幸せです。わたしはもう、お師様の背中を見ることさえできません」


「……えっ?」


 疑問を織り交ぜたネージュの相槌に、ステラは無反応。

 代わりにフィルルが、その続きを答える。


「この戦いは、先行く世界の背中へ近づきすぎる世界を、足止めするいくさ。いえ……その背中と別の道を歩むための一戦。世界全土を巻き込む大戦、無辜の民を大量虐殺する兵器……。そんな歴史の轍をなぞるな……という一人の女傑、戦姫の始祖の意思を継ぐ乙女たち。それがわたくしたち、陸軍戦姫團ですわ」


 自慢の笑み糸目をきつく閉じて、己らの存在意義をフィルルは謳った。

 愛里が住む世界の、双子の妹のこの世界。

 慕う姉の背中を急ぎ足で追うかのように、軍拡が早まっている。

 大艦巨砲主義の時代を飛ばして、航空母艦の運用による他国本土の爆撃が、もう数時間以内に行われようとしている。

 焦土と化した長崎市を郷里に持つ愛里が最も危惧する、原子爆弾の開発。

 それだけは絶対に許さじと、令和日本での「拾体の下僕獣」との戦いののちに、フィルルは戦姫團の始祖・愛里からとある厳命を受けている────。


「この世界に、無差別殺戮兵器を創らせない……。蟲殲滅の使命を終えた陸軍戦姫團の、新たなる使命です。セイレーンとは、横並びで研鑽したいものです。くすっ♪」


「もしや……フィルル。いや、戦姫團の皆は……。未来の世界で、戦闘を経験しているのか?」


「さあ、それはどうでしょう? 此度の戦いを終わらせたのちに、ゆっくりとお話ししましょう」


 それまで糸目をきつく細めていたフィルルが、普段の下弦の笑み糸目へと、表情を柔和に変えた。

 それを合図にしたかのように、三方からぞろぞろと戦士たちが集結。

 東側からは、機蟲・女教皇ハイプリーステスと交戦した機動部隊と、ルシャの関係者。

 先頭に立つ機動部隊隊長・ギャンが、フィルルへ戦果を報告──。


「工廠地帯東側、完全に制圧。機械仕掛けの蟲を操る女一人を捕縛。重い火傷を負っていたため、シャガーノが救護所へ連行中です」


「そう。目立ちたがりのシャガーノが、そうした役回りを引き受けるとは意外ね」


「その捕縛した女は、入團試験の失格者であり、シャガーノとも因縁があったようで……。無様な姿を嘲笑せんがために、付き添いを買って出て……はい」


「ふぅ……彼女らしいわね。で、民兵が戦地の中枢にまで及んでいるのは、どういうことでしょう?」


 フィルルの視線が、機動部隊の背後にいたルシャへと向く────。

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