第071話 運も実力の内

 ──時は少し遡る。

 機蟲・皇帝エンペラーの後方に建つ、その格納庫。

 レンガ造りの、横長の二階建て。

 その二階の端の部屋から恐る恐る廊下に出る、海軍特務部隊・セイレーンのイザヴェラと、同期にしてクーデター派に属するカリータの二人。

 リムに扮した六日見狐の監禁部屋は、この格納庫の二階にあった──。


「……イザヴェラ、建物の外が騒がしいが……どうする?」


「どうするもなにも。騒がしいのは、セイレーンのみんなが攻め込んでいる証拠。自分も合流します」


「そうか……。じゃあ、ここまでだな。わたしが言うのも変だが……無事を祈る」


「なにを言っているのですか。カリータも一緒です」


「は?」


 イザヴェラが真顔でカリータの右袖を掴み、強めに引いた。

 それから体重を乗せて、一歩前進。


「……あの偽リム先生が言っていた、カリータが編集者向きという言葉。自分も同感です。上層部への作品の売り込み。缶詰め中の作家へのケア。国賊の一味にさせておくわけにはいきません。自分と二人三脚で、まんどうを邁進しましょう」


「な、なにを言っているっ!? わたしはそんな変な道へ入るために海軍を志したんじゃないっ!」


「ですがこの喧騒、工廠地帯中心部にまで攻め込まれている様子。セイレーンはもちろん、戦姫團の戦力の高さはこの目で確認済み。漫画道へ舵を切らねば、カリータは反逆罪で裁かれます」


「う……」


 カリータは低く呻き、それまで踏ん張っていた足の裏から力を抜く。

 イザヴェラに引っ張られて廊下を進みだす。

 しかし一階とを繋ぐ階段の手前で、再び踏ん張り歩みを止めた。


「……わたしは上官に引っ張られる格好で、改国派に入った。しかしどうせ引っ張られるなら……同期のおまえがいいかもしれない」


「ならば──」


「だが、ここまで戦況が進んだところで、別の鞍へのタダ乗りは無理だ。それなりの手土産が必要だろう」


「手土産……?」


「この階下では、有人機動兵器を極秘に建造している。その兵器用の発電装置が、一階にある。それの破壊……新兵器の無力化をしておきたい」


「……なかなか大胆ですね、カリータ」


「一階には新兵器の守備兵がいる。この先の踊り場手前で、おまえは伏せて待機。わたしが状況を見つつ、守備兵の気を引く。わたしの合図で……発電装置を撃ち抜いてくれ」


「わかりました」


 転落防止用の壁面と手すりがある、目の粗いコンクリート製階段。

 腰の拳銃を抜いたイザヴェラは、やや緊張気味の足取りで階段を下りていくカリータのあとに続く。

 やがてカリータ一人が、踊り場で全身を一階に晒した──。


「……騒がしいが、戦況はどうなっている?」


「なにをしていたカリータっ! すでに敵は工廠中枢へと侵攻! ここの機蟲も出撃中だっ! 漫画家などと遊んでおらず、守備に就けっ!」


「す、すまない……。すぐに準備をする」


 長銃を構えた守備隊の一兵から、カリータへと激しい叱咤。

 カリータは手ぶらの姿を見せて無能ぶりを偽装したが、鍛えられた軍人の目で階下の様子をすばやくチェック。

 コンクリート打ちっぱなしの床に、守備兵が四人。

 工具、作業台、高所用の足場、滑車などが所狭しと壁際に並ぶ。

 新兵器の姿はないが、それへと電力を送っているであろう太いケーブルが、倉庫の外から数本伸びてきている。

 そのケーブルは、さながら車輪のない自動車という形状の、エンジンで駆動する茶褐色の発電機へと繋がっていた──。


「敵は工廠中枢へと侵攻……か。進路は決まったな」


 カリータは己へと注意を引きつけるために、大声を張り上げる──。


「イザヴェラっ! 右前方約二時の方向っ! 目標っ、茶褐色の金属製ボックス!」


「了解っ!」


 上半身を右へと捻りながら、即座に立ち上がるイザヴェラ。

 すぐに発電機の姿を捉え、拳銃を発砲。


 ──パアァンッ!


 イザヴェラの姿と銃声に反応し、守備隊の銃口が一斉に踊り場の二人へと向いた。

 しかしそれらの指がトリガーを引くより、一瞬早く発電機が爆発────。


 ──ドオオォオオンッ!


 轟音と激しい爆炎。

 守備兵たちが衝撃で吹き飛び、壁や作業台へと体を強打。

 火傷も負い、戦闘不能に。

 イザヴェラとカリータは上階へと向けて低く跳躍し、階段に伏せて熱風の直撃を避けた。

 うつ伏せのままでカリータが、隣で同じ姿勢のイザヴェラへと告げる。


「……見事一発で決めたな。セイレーンへ異動して、腕を上げたか?」


「いえ、外しました」


「……は?」


「外れた弾が、発電機の向こうにあったドラム缶に着弾。ガソリンが入っていたのでしょう。それが爆発して、発電機に引火しました」


「外していたとは……一歩間違えれば、わたしはハチの巣だったか。けれど外しながらも結果を出すのは、イザヴェラらしいというか……ははっ」


「それは……自分を褒めていますか?」


「ああ。狙いが外れても、なお当たる……。漫画家向きの天運だろう」


「自分は運ではなく、実力でプロの漫画家になるつもりですが」


「運も実力の内……って言いたいのさ。おまえ担当の編集者、面白そうだ。ははっ」


 発電機を失った機蟲・皇帝エンペラー

 フィルルたちに撤退の判断までさせたところで、主力兵装の電撃を失う────。

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