皇帝 -EMPEROR-

第070話 電撃

 ──機蟲・皇帝エンペラー

 電撃を用いる人造の蟲。

 地面に埋設されている金属製のレールへ高圧電流を流し、團長のフィルル、副團長のステラ以下戦姫團兵を、一気に感電死させようとした。

 飛行武装「ウイング・ユニット」を駆るセイレーンの面々によって、からくも感電を逃れたフィルルたちだが、初撃を回避できたにすぎない。

 ステラに引き上げられているフィルルが、鮮やかな口紅の奥で歯噛み──。


「くっ……電撃とは小癪なっ! ですが言い換えれば、電力の供給元を断てばただの木偶っ! 副團長、奴の背後に回り込めますっ!?」


「……正直、難しい。奴の背後の倉庫内に、発電機の類があると見ますが……。敵もそれを承知で、倉庫の前から離れない。それに……」


「それに……なんですのっ!?」


「戦況が戦況だけに、社交辞令は省きます。フィルル、あなたは重い。こうして抱え上げたままでは、小回りが利きません」


「わ……わたくしは決して、重くなどありませんっ! ただ長身なだけですわっ!」


「わかっています。それから当然ながら、倉庫内にもケーブルや発電装置の守備兵がいるでしょう。電源を断つ戦いであれば、だれかを二階から侵入させての挟撃を行うべき…………はっ!?」


 フィルルをぶら下げたまま、倉庫の二階外壁沿いに一周しようとしたステラ。

 その進路に、機蟲の左肩から鏃が射出される──。


 ──ビュッン!


「危ないっ!」


 ステラは己へ向けて射出されたと瞬時に判断。

 垂直の急上昇で緊急回避。

 ウイング・ユニットのエンジンの排ガスが、フィルル自慢の巻き髪を直撃。


「……あつっ! ちょっとステラっ! 下げている人間のことも考えてっ!」


「考えています。黒焦げになるよりはいいでしょう」


「えっ……?」


 光る軌跡を描いて放たれた鏃が、向かいの建物のコンクリート壁に深々と刺さる。

 しかし軌跡は宙から消えない。

 軌跡の正体は、幾本もの銅線を縒って作られた、強固なワイヤー。

 愛里か六日見狐がこの場にいれば、「テーザー銃」と呼んだ武器──。


 ──バチバチバチバチッ!


 その初弾を皮切りに、機蟲の左右の肩から三本ずつ、計六本の鏃が射出。

 周囲の上空が、電流を帯びたクモの巣に囲まれたようになる。


 ──バチバチバチバチッ!

 ──バチバチバチバチッ!


 さながら花火のように、上空を跳ねる火花。

 ステラたちの左右の動きは、完全に封じられた。


「わたしたちが、蟲の飛翔を防ぐために展開する制空ワイヤー……。それを蟲から使われるとは、皮肉なものです」


 愛里か六日見狐がこの場にいれば、「電流爆破デスマッチ」と呼んだ状況。

 たまらずネージュがステラたちに並び、撤退を促した──。


「一旦退こうっ、フィルル! あれは明らかに、対ウイング・ユニットの兵装! いまのわれわれには、正面からの撃破は無理だっ!」


「……ですわねっ! それに空を飛べるあなたたちには、航空母艦とやらに乗り込んでいただかないとっ!」


「うむっ!」


 現在三カ所で同時に進行している、機蟲との戦い。

 フィルルたちには、機蟲がすべて目の前の皇帝エンペラーだという思い込みがある。

 クーデター一派の拠点、ガスカ社の支社ビル攻略は至難と見る。

 フィルルはやや下方からネージュを見上げながら、悔しげに眉を潜ませた。


「……わたくしの助太刀、アサギの忍者軍団。それに山窩イルフのムコによる建造物潜入。それから現状の布陣を一旦整え、ガスカ社ビルの包囲網を敷きましょう。あなたたちは一足先に、ドックへと向かっていただき────」


 ──パアァンッ!

 ──ドオオォオオンッ!


 まるでフィルルの案を却下するかのように、倉庫内から一発の銃声と爆発音。

 直後、機蟲が展開していたワイヤーから、放電の気配が消える────。

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