第055話 口火

 レーク海軍工廠東端。

 輸送用トラックの舗装路が網目状に走る敷地内。

 それらが主要幹線道路に面する箇所には、丸太と鉄条網の組み合わせによるバリケードが構築され、長銃を携えたクーデター兵が周囲の建物陰に潜んでいる。

 道路を挟んだ下請け業者の工場に布陣を構えた戦姫團の兵は、同じく建物に身を潜めて睨み合い。

 その均衡を破るのは、砲隊の新米にして怪力の持ち主、ナホ・クック。

 全身を赤い重鎧で覆い、背に積んだ六ミリ機関銃の銃口を天へと向ける──。


「團長っ! 砲隊重鎧兵、ナホ・クック……いつでもいけますっ!」


 ヘルメットを被り、網目状の金属製防具越しに強い視線を向けるナホ。

 細い笑み糸目で同期の決意を受け取った戦姫團團長フィルルに、迷いはない。


「異世界の巨大怪獣にも怯まなかった、あなたの軍人魂……。頼りにしていますわ」


「はいっ!」


 ガシャガシャと鎧の関節部が擦れ合う音を響かせながら、ナホが単身ゆっくりと、クーデター派が構築したバリケードへと歩む。

 見るからに重そうな鋼の鎧を纏いながらも、軽々と移動するその威容。

 焦りを覚えたクーデター兵の一人が、先手を打って銃撃──。


 ──パァンッ……ギンッ!


 発砲音とほぼ同時に鳴った金属音。

 銃弾は厚い重鎧に弾かれ、跳弾として斜めの軌道でクーデター陣営へと跳ね返る。

 何事もない様子で数歩前進したナホが、上半身を屈め、両手と両膝を地に着けた。


「……この重鎧は、跳弾しやすい蟲のフォルムを取り入れた最新型ですっ! 下手に撃てば、自分の弾で仲間を撃っちゃいますよっ!」


 四つん這いの姿勢となった重鎧。

 背負った六ミリ機関銃が、バリケードを狙う────。


「せええぇええーいっ!」


 ──パアアァンッ! パアアァンッ!


 短い間隔を置いて放たれる、

 有刺鉄線をはべらせた丸太のバリケードが、次々と粉みじんになる。

 それを受けて建物陰のクーデター兵たち、ナホへと本格的な迎撃を開始。

 しかし銃弾を逸らす構造の重鎧は、それらをすべて跳弾と化させ、敵の射線を読み切ったナホの反撃が、その発射地点を襲う────。


 ──パアアァンッ! パアアァンッ!


 粉塵を撒き散らしながら壊れる、レンガ造り、コンクリート造りの建造物群。

 クーデター兵たちはたまらず銃撃を一旦中断。

 遮蔽物の奥へと退き、戦慄────。


「な……なんだあの重鎧兵っ! あの重さで普通に歩いてくるぞっ!」

「さらに機関銃を積む……だとっ!? まるで陸上の駆逐艦じゃないかっ!」

「……なあに。あのバリケードの先には埋設爆雷……地雷がある。それを踏みゃあ重鎧でも持たねぇだろ」


 ──ピクンッ!


 戦姫團側にある、コンクリート製金属加工工場。

 その二階の一室で、異能「耳」・トーンがいまのクーデター兵たちの会話を傍受。


「……バリケードの先一帯に、地雷……あり。ラネット、お願い」


「了解! すううぅ……進軍待たれしっ! 進路に地雷敷設の可能性ありっ! これより異能『目』による目視……並びに除去を開始っ! 繰り返す────」


 同室にいた異能「声」・ラネットが、布陣全体へ伝令。

 敵側へと声が及ばぬよう、声量を調節しつつ繰り返した。

 同じく室内にいた異能「目」・シーが窓の端から状況を視認。

 ナホの前方にある工廠内の未舗装の道を、厚いレンズの眼鏡越しに視認。


「……ふむふむ。土の色合いが違うところ……すなわち掘り返した痕跡がひーふーみー……九カ所でしか。ではでは撤去作業といきますか、百々目鬼ちんっ!」


 ニカッと笑ったシーが、己の左手に宿る単眼……奇獣・百々目鬼と目を合わせる。

 百々目鬼はパチッと大きく瞬きしてみせたあと、目つきをキリッと厳しくした。

 一心同体の一人と一体、総計三つの瞳が地雷の埋設地帯を捉える。

 そして百々目鬼が瞬きを連続────。


 ──ドオオォンッ!

 ──ドオオォンッ!

 ──ドオオォンッ!


 三つの目で目標を補足し、シーが地雷の構造を百々目鬼と共有。

 百々目鬼の念動力が、土中に潜む地雷を次々と起動……爆発させていく。

 シーの特性を知らぬ一部の戦姫團兵、およびセイレーンはその様子に唖然。

 さらにクーデター兵たちは、謎の現象を見てパニックを起こした。


「地雷が……次々暴発しているっ! なぜだっ!?」

「スナイパーが地雷を狙い撃って、起動させているのかっ!?」

「バカなっ! 土中の小さな的を……銃声も立てずに────うっ!」


 ──バタッ!


 喋りを途中で止めた男性兵が、前のめりに勢いよく倒れる。

 うつ伏せになったその兵は、耳やうなじ付近から露出してる肌が見る見る血色を失っていき、全身の痙攣が始まる。

 そして背中には、一本の毒矢。

 そばの建物の屋上からそれを放ったのは、異能「鼻」二代目・ムコ。

 地雷の爆発音に紛れ、本隊より一足先に工廠内へと侵入していた。


「陸軍と海軍の火薬の匂いの差。それを硝煙から嗅ぎ取り、隠れた敵の位置を把握。加えて山風と海風の、性質の違い……。ようやく嗅ぎ分けがものになりそうです。アリス師匠」


 二の矢を番えていたムコは、そのままの姿勢で制止し、先代「鼻」にしていまや令和日本の住人、アリスへと思いを馳せた。

 残る男性兵二人は、二の矢を放つ前にすでに毒を受けていた──。


「クックックッ……山窩イルフさん? 風下で匂いを嗅ぎ取ったのは結構ですが、日差しには考えが及ばなかったようですねぇ。その位置では、己の影が地面に落ちていますよ。われわれ忍は、そこまで気を回すんですがねぇ……アサギさん?」


 男性兵一人を仕留めたのは、セイレーン隊員にして忍の里出身のユーノ。

 得意の小弓による毒針で、男性兵の首筋から神経毒を注入している。

 嫌味交じりにムコへと話しつつ、背後のアサギへと同意を求めた。

 フィルルへ恩義があるゆえに、配下の老若男女の忍者八人を連れて馳せ参じた、くノ一のアサギ。

 残る男性兵の肩の関節へ、毒を塗った苦無を放っていた。


「……だが彼女は、われらイガ忍コウガ忍より先に動いた。われらの忍里では山窩イルフを第三の忍者と呼ぶほどに警戒していたが、さすがの体術だ」


 工廠地帯に多い灰色のビル。

 その色に合わせた忍び装束を身に纏った、アサギ以下八人。

 陣地構築中の短時間で、着衣をこの地で最も目立たない色に染めていた────。

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