第054話 替え玉

 ──レーク海軍工廠中心部。

 リムに扮した六日見狐と、その監視役の女性兵・カリータ。

 そしてカリータの同期にして海軍特務部隊・セイレーンのイザヴェラが身を置くレンガ造りの建物は、ガスカ社の高層ビルに隣接していた。

 完成した原稿を提出し終えたカリータは、作画用のテーブルに突っ伏して安堵。


「ふうぅ……大臣に顔を合わせるのは、やはり緊張する点。だがこれで一安心……。助力、感謝するぞ……イザヴェラ」


「いえ、カリータ。自分は敬愛するリム先生へ助力したまで。助力のみならず、メインの執筆を任されるとは、思いもしませんでしたが」


 イザヴェラは軍人らしい直立で、ベッド上へ横たわるリムを飽きもせず凝視。

 そのリムが大きく脚を振ってから、反動で軽々と身を起こす。


「にょほほほっ! イザヴェラ、お主の作風、戦後日本の少年の心を躍らせた冒険活劇……こと、小沢さとる先生の画に近く、心躍るのう! リムは平成後期の画風ゆえ、この時代にはちと早すぎるからのっ! うむっ!」


「はっ! ありがたきお褒めのお言葉…………えっ? ……とは?」


「……うむ。この世界においてリムの漫画は革命的じゃが、あれはちとチートすぎる。本来お主のような描き手が、文化の萌芽を担わせねばならん。というわけで、あとの連載はお主に任せるぞいっ!」


 ──ぽんっ!


 ベッドの上で跳躍したリムが、宙で一回転。

 灰色の煙を、つむじ風に乗せて周囲に撒き散らし、その中で本性を現す。

 六日見狐──。

 五百年近く日本の歴史を傍観してきた六姉妹の妖狐、その末妹。

 リムの普段着に身を包んだ、キツネの耳と尾、太眉を有する謎の女。

 その姿にイザヴェラが一早く反応し、腰の拳銃を抜いて構えた。


「なっ……!? 貴様、リム先生の名を騙る不届き者かっ!?」


「不届き以前に、儂の変化能力に驚いてほしいが……まあよい。儂はこのクーデター騒ぎにリムを巻き込まぬよう、替え玉として連行された者。リムと言えば替え玉……じゃからな」


「……ふむ。かつてリム先生は、替え玉受験に手を染めて戦姫團の入團試験へ臨んだと聞いている。なるほど、この状況でも替え玉を用意するとは、さすがの知略振り」


「納得するのか……お主。まあというわけでじゃ、いいかげん代役も果たしたし、そろそろ失礼するかのう。儂の同僚、そしてそのリムも、そばへ来ておるようじゃし……にょほっ!」


 六日見狐の同僚、すなわち「拾体の下僕獣」の百々目鬼。

 シーの左手と一体化している百々目鬼は、同じ下僕獣として六日見狐の所在を、妖力にて検知している。

 また、六日見狐がリムの到来を察したのは、リムのスケッチブックに描かれている天音……天草四郎時貞の妖力のざんも影響していた。


「……よいか、イザヴェラ。お主はリムとはまた違う立場で、この世界の漫画界を牽引していく才媛。憧れるのもよいが、これを機に自身の画才を信じて邁進せよ! そしてカリータ、お主の懇切丁寧なカンヅメ対応には感謝するぞい! お主はよき編集者向きじゃ! 戦争なぞに加担せず、二人で漫画で食うがよいっ!」


 本性を現した六日見狐が、天井付近の窓へと跳躍で駆け上がり、米粒の粘着力で固定していた檻を蹴飛ばす。

 それから体を一回り縮め、監禁部屋から離脱の構え。

 同期二人はそれを目にして、軍人らしからぬ少女の驚きの声を、揃えて上げる。


「「あっ……!」」


「にょほほほっ! ではのちほど、お互い無事で会おうぞ! さらばじゃっ!」


 ──すっ……。


 六日見狐の姿が、窓の外へと落ちるように消えていく。

 そのとき────。


 ──パアアァンッ!


 大きめの口径と思しき銃声が、工廠の外で鳴った。

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