第013話 装甲戦闘飛行船・クリスダガー

 ──装甲戦闘飛行船・クリスダガー。

 海軍の飛行場から離陸したその白銀の飛行船はいま、陸軍戦姫團の居城・ナルザーク城塞の上空を通過。

 高度を下げながら旋回し、再び城塞上空を通過。

 巨大な飛行船が、己の威容を見せつける威嚇行為。

 気球部前方下部に取りつけられた、鋼製のゴンドラ内部。

 その船長席に座する、肥満体の白髪の老女。

 ゾアラ・ディラクス大佐。

 軍隊内では評価が不当に低くされがちな女性の身で、上位の階級へとのし上がった叩き上げにして老醜。

 アルコール飲料の過剰摂取で土色になっている顔に似つかわしくない、真っ赤な口紅を塗った口を大きく開ける──。


「ゴーホッホッホッ! 陸軍の雌ザルどもは、このクリスダガーの威容にさぞかし怯えていることでしょう! さあ、もっともっと高度を下げなさいっ! あの忌まわしい雌ザルどもの檻、ナルザーク城塞へとねっ! ゴホホホホッ!」


 老いによる掠れ交じりの高笑いを上げたあと、潤いを求めてグラスの果実酒を飲み干すゾアラ。

 ぶはぁ……と長く息を吐いたあとに、人目をはばからない大きなゲップ。

 一連の振る舞いを、そばに立つ海軍少尉、メイジ・スコルピオは鼻で笑う。


(フン……。戦姫團の連中が雌ザルならば、あなたは老いた雌ブタ。数十年前の戦姫團入團試験に落ちて以来、延々と逆恨み。以後は海軍の上官へと体を売り、そのスキャンダルを糧に大佐のポストへとのし上がった、こっけいな海のブタ……フフッ)


 ディーナへ接触した際の黒ずくめの衣装とは異なり、海軍服に身を包んでいるメイジは、赤い唇を歪に曲げつつも、努めて冷静な表情。

 そして内心で侮蔑しているその上官へと、具申を行う。


「……大佐。内偵の者、および麓や森林の部隊からの信号がありません。戦姫團團長との接触に失敗した恐れがあります。いかがいたしますか?」


「ちっ……。揃いも揃って能無しだねぇ! おまえはさっさと、降下部隊を引き連れてお行きっ! その勧告で投降しないならば、ここら一面を爆撃……火の海だよ!」


「ハッ……! 降下部隊、ただちに出撃準備っ!」


 海軍式の敬礼をし、船内後部へとつま先を向けるメイジ。

 ゾアラはその背へ空のグラスを突きつけ、不機嫌なしゃがれ声を吐いた。


「お待ち! その前に注いでおいきっ! ったく、気が利かないねぇ!」


「ハッ! 申し訳ありません!」


 メイジは深々と頭を下げたのちにグラスを受け取り、果実酒の瓶を空いている手に取って、中身をグラスへと注いだ。

 赤黒い果実酒が渦を作りながら、グラスを満たしていく。

 メイジはその中に、先ほど遠目に見たナルザーク城塞の全容を思い描く。


(……この老醜は、戦姫團が投降しようがしまいが、私怨による爆撃を必ず行う。新生国家の先行きを信じてクーデターに参加した若人たちごと、焼き払うつもり……)


 グラスへと注ぎ終えたメイジは、無言で再敬礼。

 「ふんっ」という不機嫌な鼻息を背に受けながら、船内後方へと移動。


(しかし新生国家樹立までは、あの老獪の権力と資産は必須。多少の犠牲も、新たな国家の芽吹きにはやむを得ない。わたしの心配は……)


 ふっ……と瞳を閉じたメイジの瞼の裏。

 いくつか年下の、利発そうな眼鏡の少女の微笑が、そこに映し出される。


(……の、妹の身だけ。頼むからここへ来ないでね、わが妹……。あなたの安全を担保するためだけに、セイレーンなんていう閑職を、骨を折って用意したんだから……)


 メイジはその無言の独白ののち、次にディーナの顔を思い浮かべる。

 「わたしの妹」とむせびながら抱き着き、懐柔した少女の無垢な顔を。

 それからニヤリと、口角を不敵に上げる。


(諜報員だったころの演技力、まだまだ錆びてなかったわね……フフッ。なんていったかしらあの子? まぁ悪いことしちゃったけれど、わたしにはもう、妹は間に合ってるのよねぇ)


 メイジの足が止まる。

 開いた瞳の先には、十数人の女性兵が縦数列に並ぶ。

 その前に立ったメイジが、ニヤけを消した顔を上げ、軍人の険しい号令──。


「わが空挺部隊は、高度五〇〇……すなわち、ナルザーク城塞まで二〇〇を切ったところで、降下を開始する! 手筈は訓練通りっ!」


「「「「はっ!」」」」


「着陸後は速やかに城塞内へ潜入っ! 人質を取り、戦姫團團長、副團長、ならびに隊長職の身柄を拘束するっ! なお、人質は最低限でよしっ! 抵抗する者は……迷わず斬れっ! 撃てっ!」


「「「「はっ!」」」」


「それでは総員、はねを装着っ! かかれっ!」


 翅────。

 メイジの口からそのワードが発せられた瞬間、飛行船が旋回を開始。

 さらにその高度を下げる────。

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