第012話 同期

 ──ナルザーク城塞・武器庫。

 屋外に造られた、石積みの壁に囲われた施設。

 屋根は木材を張り巡らせたテント式で、簡便に取り外しが可能。

 軍隊の武器庫……特に弾薬を扱う施設は、四方の壁を堅牢にしつつも、屋根の構造は薄くしている。

 これは、万一武器庫内で暴発があった際、爆発の勢いを空へと逃がすため。

 周辺への延焼や、瓦礫の飛散による二次被害を生じさせないため。

 そしてナルザーク城塞の武器庫は、入團試験の際に屋根を取り外し、重鎧兵ゴーレムと受験者が剣を交える、試験会場となる。


「……………………」


 いまは武器庫として機能しているその施設の前へ、暗い顔のディーナが立つ。

 陸軍研究團の詰所で、同期のナホ、そして異能「目」を拘束したのち、ディーナの脚は、袋小路となる武器庫へと向いた──。


 ──パァンッ……ギンッ!


 拳銃の発砲で施錠を破壊。

 ディーナは悪びれる様子もなく、ドアを開けて武器庫の奥へと進む。

 入團試験時、近接武器を壁際へ固定していたチェーンを引き抜いたのち、モーニングスターの鉄球部と連結させ、即興のオリジナル武器「モーニングアンカー」を生み出し、重鎧兵に勝利したディーナ。

 あの日のように、長物が並んで立てかけてある壁の前に立ち、ディーナは震える手を壁に突く──。


「みんな……砲隊長さん……。ごめんです…………ぐすんっ」


 ──ガタッ……パタンッ!


 錠を失ったドアが、再び開閉。

 入ってきた少女が、右腰の鞘へと手を当てて抜剣の構え。

 ドアの前で足を広げ、ここから出さじという意思を表明する──。


「……女の子がめそめそ泣くには、いくぶん物騒じゃないかしら? ここ?」


「イッカ……ですか」


 ディーナと同期の入團者で、歩兵隊所属のイッカ・ゾーザリー。

 ともに蟲と戦い、ともに令和日本で戦った、同期の中でも特に情が深い間柄。

 しかしイッカは、親の仇といわんばかりにディーナを睨みつけ、剣と鞘を擦らせる音を長々と立てながら、鋼剣を抜いた。

 受けてディーナは、己の手中の銃は力なくぶら下げたまま。


「そう……ですか。つけられてた……ですか」


「修行中の尾行術、よ。ゆくゆくは諜報の任に就きたいの。さて……」


 イッカが剣を身構えて、ゆっくりと、警戒しながら、ディーナへと近づく。


「……ここ二、三日の、覇気のない様子。あなたが『目』を拘束したのちに現れた、謎の飛行船。どうやらディーナも、諜報活動中のようね」


 力強く一歩を踏み出し、ディーナを間合いへと入れるイッカ。


「ただし戦姫團とは……別口のっ!」


「……………………」


 ディーナは壁を向いて押し黙ったまま。

 しかしその開放的な性根は、同期から敵として切っ先を向けられる状態に長く耐え切れず、漏れ出るように語り始める──。


「戦姫團は…………仇を討ってくれないです」


「はぁ?」


「わたしのにいさんは……近くの国の、潜航艇に殺されたですっ! でもそれは、いまのままじゃ隠蔽されてしまうんですっ! 犯人はどこかの国で、謝りもせず堂々と生きてるんですっ! そいつらに罪を償わせるためには……いろいろ変えなきゃいけないんですっ!」


 ディーナはいまにも発砲しそうなほどに全身を力ませて、震える。

 怒りで目を見開き、わずかに漏らしていた涙を瞳の表面へとはべらせた。

 しかしその振る舞いを受けても、イッカは表情も構えも崩さない。


「…………ほーん。先日の休暇に、街中でだれかから聞かされたわけね。その話を」


「えっ……」


「……その夕からあなたの様子がおかしいんだもの、丸わかりよ、で……その数日後に、あの飛行船が来たと。できすぎでしょ、どう考えても」


 二人の頭上から、天幕越しに振ってくる飛行船の飛行音。

 太陽光を遮る巨影が、武器庫を数秒間、日陰にした。

 再び明かりが戻るのを待って、イッカが話を再開。


「試作高射砲の様子を見にいった者が、砲身に張り紙があるのに気づいたわ。そこには、『降伏の烽火のろしを上げよ。さもなくば爆撃する』……っていう文言」


 ──チャッ!


「うるさいですっ! 黙るですっ! そしてここから……すぐに出ていくですっ!」


 緊張に耐えられなくなった様子で、声を張り上げるディーナ。

 いよいよ銃口を、イッカへと向ける。

 イッカは怯まず、ジト目をディーナの目と合わせ続ける。


「……で、仮に。この張り紙を書いた主が、『工作は成功させたいが、戦姫團にも傷ついてほしくない』……という立ち位置だったら? 答は明白。自分で勝手に烽火を上げる。フィルル……團長は負けず嫌いな気性だから、『徹底抗戦ですわ!』と、言いかねないものね」


「な……なにを言ってる……です?」


「ところがあなたは、見たところ発煙筒や信号弾の類を持っていない。ここへ探しに来た……とも考えられるけれど、あたしの推察はこう。この武器庫そのものを……烽火にする」


「ですからっ! なにを言ってるですっ!」


「火薬や弾薬の保管施設は、爆発の衝撃を空へ逃がす構造になってる。頑丈な石の壁に囲まれた、ここのようにね。爆炎は派手な烽火となり、裏切り者はそこで自決。大方……あなたの部屋の机の中に、遺書でもあるんじゃない? 高射砲の張り紙と、同じ筆跡の」


「うっ…………ぐ……」


「そうそう。あたしたちが異世界へ召喚されたとき、あなた……。魚雷を扱う施設の中へ呼び出された……って、言ってたわよね。あの出来事の強い印象から、この武器庫を烽火にする発想を得たんじゃない? ねえ?」


 令和日本での、拾体の下僕獣との戦い。

 ディーナは長崎県東彼杵郡川棚町に遺る、片島魚雷発射試験場跡の圧縮ポンプ室内に召喚されている。

 約百年前の建造物群が令和日本にも遺っているのは、魚雷を扱う施設につき、厚い壁に四方を囲まれた構造になっているゆえであった。

 異世界の海軍施設跡に召喚され、海上で巨大な海獣と戦った記憶は、いまもなおディーナの記憶に新しい。

 イッカの推察を聞き終えたディーナが、構えていた拳銃を力なく下げた。


「フ……フフ……。さすが、情報戦巧者のイッカです……。まるで全部見てきたかのような、推理です……」


「ふふっ、それほどでも」


「きっと、立派な諜報員になるです……。ですから……ですからここをっ、早く出てくださいですっ!」


 ──チャッ!


 再び銃を構えるディーナ。

 歯をめいいっぱい食いしばり、両目の端から涙をぼろぼろとこぼす。

 それから発砲のしぐさを見せるように、銃身を軽く上下に振ってみせる。

 しかしイッカは、怯まない。


「そもそもね。お兄さんの情報の精査が先でしょ? 信憑性高いの? あたしも勉強しだしてから驚きの連続だけれど、軍の諜報員による捏造や情報操作って、相当エグいわよ?」


「うるさいですっ! イッカはお姉さんと妹さんが元気だから、わたしの気持ちなんてわからないですっ!」


「……そうね、わからないわ。でも、あたしが死んだなら、キッカ姉さんもリッカも、ディーナの気持ちをよーくわかってくれるわね。でしょ?」


「あっ…………」


「そしてディーナ・デルダインという女は、自分と同じ境遇の者を増やしたくない……という性分。まして相手が、苦楽をともにした同期ならね。ここまでが、あたしの推察……読み。これが外れたならば、死んでもしかたないわ。ふぅ」


「うるさいうるさいですっ! ンああぁああぁああーっ!」


 ──パァンッ!


 乾いた銃声が、武器庫内で激しい残響を立てた──。

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