第011話 イザヴェラ・ヴルズガイ

 ──海軍特務部隊・セイレーンが駆る馬車。

 その中ではいま、縁薄いながらも二度共闘している、ユーノとラネットが再会。


「……ご無沙汰でした。ムコなら元気ですよ。二代目『鼻』として」


「クックックッ……そうですか。それはなによりと、言っておきましょうか」


 表情が読みにくい水平糸目ながらも、唇の形に喜びを滲ませるユーノ。

 現戦姫團團長のフィルルが受験者だった際、その従者として城塞内に潜り込み、諜報活動を行った海軍兵。

 生まれは忍者の里で、その体術と毒物の知識を駆使し、巨大昆虫「蟲」の情報を収集するべく暗躍。

 しかし、同じく体術に優れる山の放浪民族・山窩イルフの少女、ムコとの樹上戦に敗北し、捕縛される。

 以後は戦姫團側につき、ムコと共闘。

 蟲の殲滅戦では、巨蟲・タワーにとどめを刺すという大役を担った。

 令和日本の「拾体の下僕獣」との戦いでは、長崎県佐世保市の針尾無線塔の頂で、再びムコを相棒に、巨大な翼竜・歪蛮わいばーんと交戦。

 辛くも、これに勝利を収めた。

 忍にして海軍のスパイという立場ゆえに名声こそないものの、二つの世界を救った戦姫たちの一人。


「此度のクーデター一派、森林部からナルザーク城塞へと侵入する部隊があったようですが、彼女が健在ならば、いまごろ全滅でしょうねぇ。なにしろあの山窩イルフには、わたしの毒物レシピすべてを伝えてありますから。クククッ……」


「こ、怖……。ときどきシーさんと、怪しげな薬調合してたのそれかぁ……」


「そういうあなたも、蟲の親玉や巨大な海獣を一喝で黙らせた、怖いお人ではないですか。当然、あの飛行船対策で派遣されていたのでしょう?」


「えっ……?」


 きょとんとした表情を浮かべるラネット。

 顔を左右へ傾けながら、黒目を上瞼へくっつけて、しばし思案。

 それからポンと手を叩く。


「……ああ! それでまとまった休暇貰えたんだ! なるほどぉ……さすがフィルルさん、抜け目ないっ!」


「し、知らなかったのですか……。まあ、フォーフルール家のお嬢らしいやり口ですねぇ……。海軍航空基地近くの港街へ行かせておけば、飛行船はイヤでも目に入りますから。するとこの馬車は、高台へ寄り道したほうがいいですかねぇ?」


「……お願いします」


 ラネットがきりっとした精悍な表情へと切り替わり、軍人の片鱗を見せる。

 その顔つきにキュンとしたミオンが、たまらず離席。

 ラネットの左腕に抱き着いて、その頬へ頬を寄せる──。


「えっ? えっ? ラネットさんって、ひょっとしてすごいお人なんですかっ!? ユーノさんっ!?」


「まあ、敵には回したくない存在ですかねぇ。戦闘でも歌唱でも。というわけで隊長、彼女の指示がありましたら、ちょっと寄り道させてください」


 正面の席のユーノから、隊長と呼ばれた眼鏡の女性。

 眼鏡のブリッジを触りながら、ほんのわずか前傾姿勢になる。


「……彼女、陸軍研究團『声』と名乗ったな。特殊技能の集まりと聞くが、そこの彼女が、あの装甲飛行船を止められる……というのか?」


「恐らく。あれの船体部は密閉された鉄の箱ですから、内部の反響はすさまじいでしょうねぇ……クックックッ。まったく陸軍も、いい拾い物をしたものです」


「……拾い物?」


「元々は彼女、替え玉受験グループの一員だったそうで。それを当時の戦姫團團長だったエルゼルが、研究團へと推薦────」


 ──ガタッ!


 突如、隊長の隣に座っていた少女が、無言で垂直に立ち上がる。

 それからラネットの右隣へとしゃがみ、空いている右腕を両手で掴む。


「リ……リム先生とともに、替え玉受験を行った方でありますかっ!?」


「……は? リム……先生?」


 ふたたびキョトン顔を強いられるラネット。

 その無防備な顔へ、唇が触れそうなほどに、勢いよく己の顔を寄せる少女。

 左腕に抱き着いていたミオンが、ラネットの体をわずかに引いて唇の接触を防ぐ。

 キツい目つきの少女が、やや大きめの口を開いてハキハキと話しだした。


「自分は、イザヴェラ・ヴルズガイと申しますっ! リム先生を敬愛し、リム先生の作品を愛読し、そして……自分も漫画家を志しているものでありますっ!」


「え……。でもきみって軍人だし、海軍のセイレーンって確か、活動を始めたばかりの広報部隊アイドルグループ……だよね?」


「そうでありますが、自分の本懐はリム先生のような漫画家でありますっ! それなのに、副隊長から口八丁手八丁でセイレーンへと勧誘され……。ユーノさんからは睡眠薬を盛られ、うつらうつらしているところを念書に署名させられ……うううぅ」


「副隊長……? 消去法で、馬車を運転してる人かぁ……」


「ああっ、この美貌が恨めしいっ! この、異国の血が混じった白い肌とパッチリとした顔立ちが憎いっ! 勝手に無断で許可なく成長する乳房が憎いっ! どれだけ食べても太らない体質が呪わしい……おおっ! アイドルになることを生まれながらに義務づけられたこの美しさを、自分は心底呪うっ!」


 イザヴェラが苦悶の表情を浮かべながら、掴んでいるラネットの右腕をぶんぶんと揺らした。

 左腕に抱き着いているミオンごと、ラネットの体が左右に振れる。

 その様を困惑のジト目で見ていた隊長へ、ユーノが冷酷な声色で一言。


「……イザヴェラ、捨てていきますか?」


「……捨てて馬脚を速めたいとは、一瞬思った。ラネットを拾ったことで、定員オーバーだしな。だが事が事だ。戦力を削ぐわけにもいくまい」


「……了解」


 まだぶんぶんと揺らされているラネット。

 焦点が定まらないながらも、自己否定気味に自画自賛したイザヴェラの顔を観察。

 やや白い肌。

 覗き込む者を明確に映し出す水色の瞳を内包した、切れ長の吊り目。

 鼻は一般的な女性よりも一回り小さく、そしてほんの一回り高い。

 薄い桃色の唇はやや大きく開き、きれいな薄赤色の舌を艶めかしく覗かせる。


「な、なるほど……。きみの顔立ち、ロミアさんっぽい感じだね……。ちょっと浮世離れ感のある美貌で……。あ、ロミアさんっていうのは戦姫團の前の副團長で、いまは映画俳優を──」


「知りませんっ! 自分、活動写真にはいっさい興味ありませんっ! 漫画っ! これからの世は、漫画が表現を一手に担うのでありますっ! リム先生の作品を舞台化、活動写真化する構想もあるようですが、あれは愚の極みっ! 下策も下策っ! 漫画の実写化絶対反対っ!」


「え、えーと……。それで結局、ボクになにを伝えたいのかなーと。あははは……」


「ハッ……!? そ、そうでありましたっ! 自分、リム先生の弟子になりたいのですっ! 三位一体、昵懇の間柄と囁かれる替え玉受験一味のラネットさんから、ぜひお口添えをばっ!」


 イザヴェラが勢いよく頭を下げ、所々で毛羽が立つ木板の床へ、額を擦りつけようとする。

 ラネットが慌ててその襟首を掴み、阻止──。


「わああっ! きれいな額に傷つくからやめてってばぁ! ってゆーか……弟子? アシスタント志望……ってこと?」


「いいえっ! アシスタントではなく弟子っ! 住み込みで作画を手伝い、身辺のお世話をし、狂暴なファンや弟子志願者から御身を守る……弟子ですっ!」


(えっと……。きみがその狂暴なファンや弟子志願者じゃないのかなぁ……って言ったら、ボクの身が危ういかなぁ。危ういよねぇ……うん)


「寝食をともにし、マネジメント業務をこなし、もしも夜伽を命ぜられたならば……ああっ! やはりこの美貌、あってよかったのかもしれませんっ!」


「あー……えっと。リムとはここしばらく会ってないんだけれど、紹介くらいならできると思うよ? でもほら、リムの弟子になるには、相当な画力が必要だけれど……そこは大丈夫?」


「おおっ! 自分の漫画を見てくださるのですかっ!? こういうこともあろうかと、軍用リュックへ常に自作を忍ばせているのでありますっ! 外革を二重構造にして、その隙間へ隠匿っ! なにしろ私物を持ち歩いているのがバレれば、自分だけでなく隊の連帯責任! セイレーン解体もあり得ますからっ!」


「え゛っ? ボクが漫画見るっていうの……話の流れ的におかしくない?」


 いそいそと自分のリュックを開け始めるイザヴェラ。

 その背を再び、ジト目で見る隊長と、まっすぐにピンと伸びた糸目で見るユーノ。


「……やはり捨てるか」


「あと一失点あれば捨てましょう」


 そんな物騒なやり取りも知らず、喜々とした表情のイザヴェラが、茶封筒をラネットへと差し出す。

 ラネットはいかにも「しぶしぶ」と言った表情ながらも、漫画の原稿に手の脂をつけぬよう細心の注意を払って、爪の先で封筒を開け、原稿を取り出した。


「……………………」


 しぶしぶ顔のまま、言葉を失うラネット。

 その原稿に描かれているのは、日本の漫画黎明期の作風。

 一ぺージに六コマの折り目正しいコマ割りで、その中に全身を収めた簡素な絵柄のキャラたちが、話を進めている。

 大胆な構図やポーズもなく、起伏が緩い起承転結で一エピソードが終わる。

 もしこの場に愛里か六日見狐がいたならば、「ロボット三等兵」か「のらくろ」かとツッコミを入れたところ。

 しかしラネットには、当然その知識はない。

 平成晩期の絵柄を有するリムとのギャップに、ただただ押し黙る。


「どっ……どうでありますかっ! 自分の漫画はっ!?」


「う、うーん……。キャラもかわいいし、しっかり全身も描けてて、堅実な画力じゃないかなぁ……。リムの弟子を目指すなら、トレンドや派手な構図を、もっと取り入れる必要があると思うけど……。子どもやお年寄りには優しいタッチだって、ボクは思うかなぁ……。あはっ……あはははっ……」


 苦しくも的確で、かつ肯定的なラネットの評。

 イザヴェラの吊り目が大きく見開いて、水色の瞳がキラキラと輝いた。


「おおおおーっ! さ……さすがリム先生の同胞っ! ダメ出ししかしないセイレーンのみんなと違って、慧眼をお持ちでっ! で……ではっ、このクーデターを鎮圧後には、リム先生へご紹介いただけるのでしょうかっ!?」


「あー……。クーデターが鎮圧できたなら…………紹介だけなら……ね? 紹介だけだよ? 紹介オンリー。本当に紹介しかしないけれど……それでもいい?」


 「紹介のみ」を、しこたま強調するラネット。

 それにも関わらず、イザヴェラは瞳の端から熱い涙をボロボロこぼして感無量。


「ぐすっ……あっ……ありがとうございますっ! なんという懐の深さっ! 軍人にあるまじき情の厚さっ! 戦姫團の城塞の者たちは、そのような広いお心をお持ちなのでしょうかっ!?」


「えーと……。仮にも軍隊だから、甘いところはないけれど……。でも基本、みんないい人かな~?」


「ああ……。自分いま、海軍を志したことを海より深く悔いておりますっ! 周りからは二年後の戦姫團入團試験を勧められましたが、この美貌では一発合格してしまい、漫画を描く時間がなくなるからと、あえて海軍を志望……。芽吹く見込みの薄い海軍特務部隊・セイレーンという閑職で不遇を囲いながらも、余暇で漫画を描いておりましたっ! その努力がいま結実したかと思うと、涙を抑えられ────」


「「────捨てる」」


 いよいよ席を立った隊長とユーノが、イザヴェラの腕を左右から掴み、馬車後部から外へと投げ捨てる構え。

 そのイザヴェラの両足を脇に抱えて、ラネットが必死に抵抗。


「あっ……あのっ! この先の右手に、丘陵地ありますからっ! ボクそこで降りますから、早まらないでくださいっ! 国の一大事ですからっ、仲間割れはやめてくださーいっ!」

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