第015話 克服

「……こちら、防火帯。城塞右翼の森の中を侵攻していた海軍クーデター一個隊は、研究團『鼻』の手により、森林内で全員投降。現在捕縛作業中──」


 事務的な声色でそう発したのは、トランティニャン三姉妹の長女・イクサ。

 矢による毒物投与で痙攣中の海軍兵を縛り上げながら、状況を独白。

 この独白は、いま城塞の屋上にいる三つ子の末っ子、カナンの脳へと即座に伝達される。

 三つ子であるトランティニャン三姉妹は、長女のイクサ、二女のシャロムの思考を、末っ子のカナンへと一方通行で伝達させることができる異能。

 入團試験を突破し、いまや戦姫團の伝令兵、カナン。

 そして研究團・異能「念」として登用されたイクサ&シャロムは、こうした非常時には欠かせない戦力となっていた。

 麓街の外れからは、二女のシャロムが状況を伝達──。


「……こちら~軍用道の登り口だよ~。旅行者に扮して~攻め入ろうとした~悪いクーデター一個隊はぁ……。エルゼルさんとルシャさんが~片づけてくれてました~。ルシャさんの~抱き心地は~。相変わらずカナンちゃんと~そっくりですね~」


「ああっ! その間延びしたしゃべりかたで思い出したぜ、おめーのこと! オレを止まり木代わりにした、三つ子のうちの二人の一人かぁ! 手伝わねーんなら、離れて見てろっつーの!」


 警官隊に混じってクーデター軍の捕縛を手伝っているルシャに、シャロムが横から抱き着いている。

 トランティニャン三姉妹は軍登用前、アイドルグループとして活動していた。

 ステージ上では、奇跡の声色を持つカナンをセンターに、左右に姉二人が展開するフォーメーション。

 姉二人はセンター不在だと不安を覚えることがあり、近い抱き心地の少女を止まり木にして安堵を得る習性があった。

 その様子をカナンは、シャロムの安心感とともに受信──。


「……んー。シャロムちゃんはまだ、カナン不在だとダメなんだぁ。イクサちゃんは蟲と戦ったあと、カナン欠乏症克服してるのにぃ」


 トテトテトテ……と足音を立てながら、カナンが屋上北側から南側へと移動。

 周辺の状況を、戦姫像頭頂部そばに立つ副團長・ステラへと報告する。

 その様子を聴音壕から顔を出して見ていたトーンが、独り言のようにぼそり。


「カナン……あまり走り回らないで……。あなたの足音……独特の音がして……気が散る……。聴音活動の……邪魔……」


「あーっ! トーンちゃんってば、まだカナンを目の敵にしてる~! カナンからラネットちゃん奪ったくせにぃ!」


「奪おうとしてるのは……そっち……。この前も……お店の厨房で……。ラネットを……誘惑……してた」


「エヘヘー……あれはね。ラネットちゃんも、カナン欠乏症になってないかな~って、思って…………って! あれも聞かれてたのぉ!? もぉトーンちゃんってば、耳よすぎっ!」


 飛行船が旋回を続ける下で、ややコイバナ寄りの話につい熱を入れる二人。

 その小柄な体へ、三度巨影が差し掛かった。

 あたかも、小魚を丸のみにするクジラのように──。

 いよいよ間近に迫った空気を割く轟音に、カナンが両耳を塞ぐ。


「もぉ、うるさーい! 城塞に近づきすぎぃ! トーンちゃんってばそんなにお耳いいのに、うるさくないのぉ!?」


「わたしの耳は……音の取捨選択や、音量調節が……でき────」


 言葉の途中で、トーンの全身が一瞬石のように硬直。

 それが解けたのち、トーンは慌ててはしごを下りて聴音壕の底へ行き、体育座りになって背を内壁へとピタリと押しつける。

 驚異的な聴力を持つトーンが、聴音活動を行う際のスタイル。


「この……音…………。まさ……か…………」


「どうしたの? トーンちゃん?」


「この音は…………は……おと……。おと……蟲の羽ばたきっ!」


「ええっ!? むっ……蟲いいぃっ!?」


「副團長っ! 飛行船内部に翅の音多数っ! 恐らく……降下してくるっ!」


 トーンの伝令を受け、ステラが身構えて空を見上げる。

 飛行船前方下部に付属する、金属製の箱船。

 その両サイドにあるドアが開き、宙に人影が舞う。

 等間隔で一人、また一人……と人影が続き、それらが左右に散開しながら下降。

 海軍クーデター一派が擁する、拠点急襲用の降下部隊──。


 ──パサパサパサパサッ!


「……っ!」


 トーンの頬がわずかにひきつる。

 人間を捕食し、また交尾の相手にも見なす、異形の生物・蟲────。

 その蟲に故郷を襲われ、母親を捕食されたトーンの耳に、トラウマとして深く刻み込まれていた蟲の翅音。

 以前はこの音がフラッシュバックするたびに激しい不安と頭痛に襲われ、ときには発作や過呼吸を起こしていたトーン。

 しかし、この屋上でラネットともに蟲の統率者・女帝エンプレスに一矢報いた経験から、そのトラウマを克服しつつあった。

 現にいまも、頬をわずかに歪ませただけで、すぐに冷静さを取り戻した。


「……副團長、訂正っ! これは蟲の翅音じゃ……ないっ!」


「では、なんでしょう?」


「金属音……それに自動車のエンジン音が、含まれてるっ! 蟲の翅を模した……人工物の可能性大っ!」


「蟲の翅を模した人工物……。パラシュートではなく……翅による降下部隊っ! 海軍は、蟲の情報を手に入れていのですかっ!?」


 空に散らばった十数人の急襲部隊。

 それらが前後左右へと、高速で無尽に展開。

 その背中には、金属による翅脈フレームと、特殊繊維による半透明の膜を有した、翅を装備していた────。

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