第016話 射撃訓練

 ──徐々に肉眼でも、人の姿として捉えられるようになってくる降下兵。

 それを冷静に観察しているステラの背後で、ノアが血気盛んに声を荒らげる。


「副團長ッ! あれは明確な敵襲ですぞッ! 即刻迎撃態勢へッ!」


「……いえ、まだです。海軍式のデモンストレーションだった……などの言い訳を許す状況です。刃や銃口を向けられるまでは、手出しできません」


「ですがすでに別動隊が、麓から攻め入ってきておりますぞッ!」


「跳ねっ返りが集まった無関係な部隊、あるいは、それらを討伐しにきた部隊……と言い逃れるかもしれません。あの飛行船は空爆を行う可能性大です。ここは慎重を要します。ですので────」


「……ですので?」


「こちらも、歓迎の準備をします。射撃訓練を披露する体で、警戒態勢に入りましょう」


「な、なるほど……歓迎の射撃訓練、ですかッ! ではさっそく!」


「わたしがここから号令を下すまで、くれぐれも手出し禁止でお願いします」


「はッ! しかしこの非常時に、團長が陣頭指揮を執らぬとはなッ!」


「非常時だからこそ、です。連中が最も欲するのは、團長の身柄。立場もですが、彼女の生家は陸海軍や軍需産業に通じている豪族ですから。奥に引っ込んでいてもらいましょう」


「つまり團長の無事が、空爆を抑制すると……承知! では、わたしは砲隊を指揮しますッ!」


「歩兵隊へも、訓練どおりの警戒行動を取るようお伝えください。それから制空班へは、ワイヤー展開をすぐにできるようにと」


「はッ! 失礼しますッ!」


 荒々しい足音を立てて、ノアが城塞内へと駆け降りる。

 屋上に残るのは、ステラ、カナン、トーンの小柄な三人に、数人の警備兵。

 ステラは空から視線を切らず、背中越しに今度はカナンへと命令。


「──カナン」


「なぁに?」


「トーンとのコンビネーションアタックの準備、お願いします」


「了解っ! トーンちゃん、集音よろしくねーっ!」


 緊迫感のないカナンが、聴音壕から顔だけを出しているトーンへウインク。

 それから垂直にピョンっと軽く跳ねたあと、軽快な足音を鳴らしながら屋上北端へと駆けていく。

 トーンはその小さくなっていく後ろ姿を見ながら、小さな溜め息。


「うぇ……。アレは、わたしとラネットだけの……技のはずなのにぃ……」


「事態が事態ですから、ご協力願います。歓迎の歌という言い訳も立ちますので」


「ううぅ……。了解……」


 いかにも気が進まないといったふうのトーンが、はしごを下りて聴音壕の底へ。

 ステラは降下を進める上空の部隊を警戒続行。

 自身の蒼い髪が、風に流されて左頬を撫でてくるのを受けて風向きを読む。


「……明らかに、風に逆らって移動している者がいます。やはりパラシュートの類ではなく、推進力を生み出す機材を背負っているようです」


 降下部隊が空中で、明確な意思のある動きにて、十字状に編隊を組む。

 ステラはその意図を一見で察した。


「城塞の前後左右、そしてこの屋上に着地……ですか。問題は、すなおに降りてくるか、攻撃を伴うか……。機材の操作で両手が塞がっているか否か……ですね」


「副團長殿っ! 遅れてすまんでしっ!」


「待ちかねました、『目』。すぐに目視の偵察を──」


 背後から浴びせられた声に、これまで不動だったステラがいよいよ振り返る。

 その先では、先ほどまで手錠で拘束されていたシーが、萌え袖を鳥の羽のようにばたつかせながら駆けてきていた。


「砲隊長殿から、すれ違いに聞いたでしっ! 敵は蟲の翅を使っているでしかっ!?」


「恐らく人工の……ですが。視認お願いします」


「任せるでしっ! ふむふむ……」


 シーがステラの隣に立ち、天を仰ぐ。

 人並外れた驚異的な視力を有する異眼の持ち主、シー。

 分厚いレンズの奥の瞳には、はるか上空の降下兵の顔、装備がくっきりと見える。


「……ふむふむ。彼ら……いや、男の姿が見当たらぬゆえ、彼女ら……でしな。彼女らが背負っているなんらかの機材から、左右へ人工の翅が生えているでしな。蟲と同じく、前翅と後翅の四枚組。背中の向こうの装備は、下からはわからんでしが……。噴煙のようなもの……そして、陽炎のようなゆらめきが確認できるでし」


「恐らくは、航空機のエンジンの技術を流用したものでしょう。機材と背中の間には、高性能の断熱材があるかと」


「それっぽいでしなぁ。降下時の水平移動のみか、飛行能力があるかは、降りてくるまではわからんでしが……。仮に蟲がベースならば、飛行能力はあってもそう高くはなさそうでしな」


「蟲の情報が、流出していた……ということでしょうか?」


「それはなんとも。まず蟲という生物が先にあっての、戦姫團設立でししー。その後の軍の隠蔽工作で、記録の類が抹消、上書きされておりますゆえー。口伝や個人の日記を漁っている一部の昆虫学者では、薄々知られているようでし。あとムコちんの例のように、山窩イルフの間では把握されているでしょうしし。情報流出を疑うのは、後回しでしな」


「はい。捕縛した敵兵から、なにか聞き出せるかもしれませんし」


「そう言えば……。投獄中の昆虫学者が脱獄したという情報が、少し前にあったでしな…………っと。いまは戦いに集中でしな! 頼むでし、百々目鬼ちん!」


 降下兵はいまや、ステラの肉眼で顔を捉えられるまでに迫っていた──。

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