第020話 セイレーン参上!
──同時刻、城塞正門。
宙を舞う多数の海軍降下兵と、それを小銃で迎撃する戦姫團砲隊。
指揮を執る砲隊長・ノアも銃撃戦に参加するが、宙を高速で移動する降下兵をなかなか捉えられずにいる。
「ヌううぅ……! ハエのようにフラフラとぉ! 空から来られては、地の利を生かせぬわッ!」
城塞の周囲には芝生が広がっており、太い樹木はおろか植え込みもない。
これは外敵に攻め込まれた際、敵兵が身を隠す場所を作らぬための設計。
芝生も根の張りかたが強固な品種を植えており、敵兵による土塁や塹壕の構築を阻害している。
唯一高低差がある構造物は水路だが、現在は水が張られている。
緊急時には水源である川からの流れを堰き止めて水を抜き、立射散兵壕として戦姫團側が活用。
万一水路を奪われた場合は、再び水を流して敵兵の火器を使用不能へ陥らせる。
しかしいま迫り来る敵は、宙────。
「西棟では制空班がワイヤーを展開し、飛行と着陸を阻害。東棟周辺へと着陸させ、城内からの射撃の餌食にさせる手はずだが……。ディーナめ、銃眼の位置までも漏らしていたのかッ!?」
銃眼、屋内から銃撃を行うための小さな穴。
かつてリムたち受験者が寝泊まりした東棟一階の宿舎には、各部屋に取り外し可能な石材による銃眼が仕込まれており、ペーパーテストでは銃眼に気づいていたか否かを問う出題もあった。
降下兵たちの動きは、明らかに銃眼からの斜線を避けて、着地点を模索している。
──パンッ!
「あぐっ!」
ノアの近くで小銃を撃っていた砲兵が、低い悲鳴とともに、腹部を押さえてうずくまる。
「撃たれたかッ!? 退けっ! 衛生班っ、負傷者を収容ッ!」
ノアが負傷兵から小銃を取り上げ、退去を促す。
そして仇と言わんばかりにその小銃を空へと放つが、素早く宙を舞う降下兵にはかすりもしない。
「クソいまいましいッ! その上奴らは、飛びながらの射撃に慣れている様子ッ! 狙っても当たらぬのなら、いっそ闇雲に撃ちまくるか……。籠城戦を決め込んで、一旦奴らを地に降ろさせるか……」
──ドゴッ!
「ぐはあっ!」
打撃音のような重い響きとともに、女性兵のくぐもった悲鳴がノアの耳に届いた。
「またしてもッ!? あ、いや……悲鳴は空からっ! 損害はあちらかッ!」
ノアの前方上空で、動きが鈍っている降下兵が一人。
右頬に直径数センチ大の黒い鉄球を受け、吐血。
顎の骨をずらし、粘っこい血液とともに抜けた奥歯を垂らしている。
ノアはその降下兵目掛けて、先ほど部下が撃たれた箇所を撃ち抜く──。
「あぐっ!」
戦闘能力を失った降下兵が、枯れ葉が落ちるように左右へ振れながら墜落。
ほぼ同時に、黒い鉄球が芝生の上へと垂直に落ちた。
「あ、あの鉄球は……スリングショット! もしやッ……あのお方がっ!」
期待を色濃く帯びた、ノアの疑問。
それに答えたのは、二頭の軍馬のいななき────。
──ヒヒイイイィイインッ!
車輪の音とともに、一台の馬車が城塞正門に現れる。
その幌の先端に腰掛け、松葉杖に仕込まれたスリングショットを構えているのはエルゼル。
「だッ……團長ッ!」
「フフッ。戦姫團砲隊長は、相変わらずの懐古主義のようだな。わたしはとうに一警察官だと、あちらの世界でも言っただろう」
「す、すみませんッ! して、そちらの馬車はっ!?」
「頼もしい援軍だ! 海軍からのなッ!」
「かッ……海軍ですとおッ!?」
「左腕にオレンジの腕章を着けている者は、本物の海軍兵だ! きみたちの味方ゆえ、決して手出しはせぬようッ!」
そのエルゼルの叫びをきっかけに、セイレーン一同が降車。
この場にいないユーノを除く四人が、ざっと横に並ぶ。
隊員、ミオン・ガスカッチャ。
隊員、イザヴェラ・ブルズガイ。
副隊長、マヤ・ミミック。
隊長、ネージュ・スコルピオ。
ネージュが腰の鋼剣を抜き、切っ先を大空へと掲げる────。
「われらは海軍特務部隊・セイレーン! 海軍を騙る海賊どもを、成敗しに来ましたっ! 陸軍戦姫團の皆さん、共闘をお願いしますっ!」
同じ海軍服を着た者たちの出現、からの宣戦布告に、わずかに降下兵たちの動きが止まる。
その隙をネージュは見逃さない。
「マヤ、ミオンっ! あの墜落している負傷兵から、われらの羽を奪還っ! ただちに戦闘に移れっ!」
「「はっ!」」
命令を受け、同時に駆け出すマヤとミオン。
しかしあっという間に、マヤがミオンの先を行く。
いままで自身が操っていた二頭の軍馬に、勝るとも劣らない俊足。
長い栗毛色のポニーテールが、戦場の中で水平にたなびく。
マヤは先ほど墜落した降下兵のそばでしゃがみ、翅を身体へ固定しているベルトを手際よく解除する。
「……よしっ、どこも壊れてないっ! ミオン、頼んだわよっ!」
「はいっ!」
翅を抱え上げて、踵を返すマヤ。
それへと一直線に駆け出すミオン。
二人の少女がすれ違った、わずか一瞬────。
翅がミオンの背中へと、備わった。
ミオンはくるくると軽やかに身を回しながら、翅の固定ベルトを即座に装着。
トン────と、つま先で軽く跳躍したのを機に、その体を地から離れさせる。
翅の癖を見る試験飛行を兼ねた、曲線を描く優雅な飛翔。
そのまま降下兵たちのさらに上空へと躍り出て、太陽を背に短銃を構える。
「────ミオン・ガスカッチャ、ただいま参上っ!」
わずか十秒にも満たないその出来事に、セイレーン以外の者たちは呆気。
その反応を受けて、ネージュがほくそ笑んだ。
「フフフッ。もともとあの羽は、わたしたちセイレーンのもの。戦姫團へと追いつくための秘策。海原の上での公演を可能にする飛行装置……ウイング・ユニット!」
幌の上から、エルゼルがつられ笑いで反応。
「それをクーデター一派に転用された……か。フフッ、きみたちが頭角を現す前に、戦姫團を引退できて幸いだったな」
「あなたとの共演も、目標の一つでしたので……。セイレーン設立が遅れて叶わなくなったのは、こちらとしては残念でした。ハハハッ」
──パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
上空で、短銃の発砲音が軽やかに続いた。
ミオンがくるくると身を捻りながら、自由自在に宙を舞う。
散らばっている降下兵の間を縫いつつ背後を取り、ウイング・ユニットの燃料缶だけを的確に狙い撃つ。
時には天地を逆にし、時には真上から、時には真下からの銃撃で、百発百中。
撃たれたウイング・ユニットは火を噴き、たちまち高熱を帯びる───。
「ぐわああっ! ふっ……不時着っ! あの水路へ……不時着ううぅ!」
黒煙の糸を垂直に引きながら、一帯の降下兵が次々と水路目掛けて墜ちていく。
上空では、ミオンが太腿をきゅっと引き締めながら笑顔を浮かべる。
「エヘヘヘッ♪ いまの活躍、ラネットさんに見てもらいたかったなぁ~♪」
半人半鳥の女性のシルエットを模した、セイレーンのエンブレム。
それが施されているオレンジの腕章が、山風を受けてはたはたと揺れた────。
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