第019話 「仮想の蟲」対「人工の蟲」
──ナルザーク城塞北側・裏門。
正門に比べて日当たりが悪く、やや湿った感触の土と、芝生に苔が混在する一帯へと、四人の降下兵が降り立つ。
対する戦姫團の布陣は、長剣を握る五人の
入團試験時に「仮想の蟲」として受験者へと立ちはだかる重鎧兵が、戦線へと投入されている。
降下兵の一人が、隊を率いる部隊長へと提言──。
「部隊長、われわれを軽装備と見ての、防御一辺倒の布陣のようです」
「だろうな。恐らくわれわれを城正面へと結集させ、武装を集中させているそこで、一気に叩く腹だろう」
「あの鎧へは、われわれの拳銃も短剣も効かぬでしょうし……。いかがいたしますか?」
「ふんっ……知れたこと。各々一つずつ、バリケード破壊用の爆雷を持っているな? それで一騎でもあの重鎧兵を吹っ飛ばせば、あとは蜘蛛の子を散らす、だ。なにせ連中、あの重い鎧。われらの翅の機動力に、恐れおののくまでよ」
「了解しました。では僭越ながらわたくしめが、手始めに一騎を吹き飛ばします」
「うむ、任せ…………いや待てっ!」
「えっ?」
──ガシャンガシャンガシャンガシャンッ!
重鎧の各パーツが擦れる金属音を鳴らしながら、ただ一騎、全身に赤い文様を施した重鎧兵が降下兵たちへと向かっていく。
赤い鎧の中にいるのは、戦姫團随一の怪力、ナホ・クック。
ディーナからの戒めを解かれたナホは、自分専用の重鎧を身に纏って後門の防衛に配されていた。
「うううう~っ! あなたたちですねっ、純粋なディーナをそそのかしたのはっ! 許さないっ! 許さない許さないっ!」
──ガシャンガシャンガシャンガシャンッ!
常軌を逸した、重鎧兵の全速力。
令和日本での戦いにて、体高四〇メートルの「重鎧巨兵ナルザーク」のパイロットとなり、ティラノサウルスがモチーフの巨獣・
その際の人知を超えた挙動と筋力を脳が記憶しており、非常時には人体のリミッターを解除して、八〇キログラムにも及ぶ厚い重鎧を身に纏いつつ、全裸でのような軽快な動きを行うことができる──。
「部隊長っ! あの赤い重鎧兵……尋常ならざる速さですっ!」
「だったらなおさら、一番に叩けっ! 爆雷、用意っ!」
「いっ……嫌ですっ! あの速さならば、爆雷を敷設中に詰め寄られて……一撃で殴り殺されますっ! ここは一旦……空中へ避難をっ!」
「う……うむ……。よし、総員一旦宙へ離脱っ! あの赤い重鎧の対策を練るっ!」
──バシュッ!
翅の機材から噴煙を地に飛ばして、後門攻略の降下兵たちが一旦上昇。
地上五メートルほどの高さを保つ。
「部隊長、見てくださいよ連中を。空に上がったわれわれを、重い体でただ見上げるだけ。まるで海鳥と海亀ですね。ははっ」
「浮かれるなバカ者っ! ガソリンが切れればわれわれは飛べない鳥……ただ食べられるだけの
「どうしました、部隊長?」
「あ、あの赤い鎧の……背中……!」
それまで上空の降下部隊を見上げていたナホが、やや前傾姿勢になる。
その重鎧の背中には、一基の機関銃が固定されている──。
「うううう~っ! 人を撃ちたくないけれど……降りてこないと撃つしかないですぅ!」
──ガチャッ! ガチャッ!
ナホが両腰にある、一対の金属製安全装置を解除。
カバー状の安全装置の下から現れた引き金を引く──。
──ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ!
半秒の間を置いて、機関銃が四発、火を噴いた。
その一発が、宙の部隊長の左翅を射抜く。
翅を構成する一番太いフレームが砕かれ、周囲の細いフレームも衝撃で破損。
部隊長が全身のバランスを崩して、左右に大きく振れながら墜落────。
──ドッ!
「ぐほあっ!」
「まずは一人っ! 捕まえましたっ! ふう……よかった。体に当たらなくって!」
「六
「えへんっ! 将来的には、両肩に一基ずつ装備する計画ですからね! これくらいで反動を受けてるようじゃ…………って、なんか変なにおいっ!」
「その計画は……実現しそうにないな……くくっ」
やや胴体を浮かせて、うつ伏せで呻いている部隊長。
その腹部から、機関銃の硝煙とは異なる火薬のにおいと、灰色の細い煙が漂う。
「……はっ!? 爆雷っ!? 自爆する気っ!?」
「その強力な武装を……国土拡大のために使わぬとは……。陸軍戦姫團……愚か……なりっ!」
うつ伏せ状態の部隊長の、海軍服の胸部。
そこには接着剤で爆雷が固定されている。
周囲数メートル四方を吹き飛ばす破壊力があり、蟲の軍勢との戦いでは、海軍のユーノが巨蟲・
「自爆なんてダメっ!」
ナホが慌てて部隊長の両腕を掴み、上半身を持ち上げる。
導火線は海軍服の内側。
ナホの怪力をもってすれば、丈夫な軍服を破ることは可能。
しかし、服を破って火を揉み消すまでの猶予があるかは、伺い知れない────。
「ごっ……ごめんなさああぁああいっ!」
ナホが勢いよく部隊長の体を振り上げて、掴んでいた両腕を離す。
翅による上昇よりも素早く宙へと飛んだ部隊長の体が、太陽を背に爆散────。
爆風を上から浴びた残りの降下兵たちが、その勢いで地に叩きつけられる。
「「「「きゃああぁああぁああーっ!」」」」
重鎧兵たちが、急ぎその身柄を確保。
拳銃と爆雷を没収する。
上官の血肉を背に浴びて地に墜ちた降下兵たちは、揃って戦意喪失。
抵抗の様子を見せない。
そしてナホもまた、人間同士の争いで初めて死者を出したことに、茫然────。
「わたしが……ころ……したの……? でも、でも……あれは自爆……。だけど、あの人を地面へ墜としたのは……わたし……。ううっ……あぐっ────」
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