第018話 専守防衛

 ──海軍クーデター一派・降下部隊。

 翅の羽ばたきに滑空を交えながら、六つの集団に分かれる。

 城塞の東西南北、屋上、そして中庭。

 最も早く降下完了する屋上の一群、その先陣を切る降下兵が拳銃を発砲。


 ──パァン!

 ──ギンッ!


 発砲音と折り重なる、金属の衝突音。

 狙い撃たれたステラが、死神の鎌デスサイスの刃で弾を防いだ。

 両刃に隠した顔で、ステラが叫ぶ────。


「上空より襲来っ! 迎撃っ! 反撃っ! 専守防衛ーっ!」


 ──おおおおっ!


 城塞の四方に緊急配備されていた戦姫團の兵の唸りが、城塞正面、左右、背後へとすぐさま伝播。

 対空砲火のように、頭上の降下兵たちへと覇気をぶつける。

 しかし降下兵たちは臆さず、それぞれが課せられている着地点を目指す。

 ステラへ発砲した降下兵が、第二撃の構え──。


「あのバカでかい鎌は副團長っ! 團長は捕獲するゆえ、実質最上の兜首っ!」


 滑空しながら、両手で銃を構える降下兵。

 背負う翅の機材は、ベルトによって両肩に固定されており、両手は自由。

 それを視認したステラは、降下兵の拳銃の照準器サイトから、瞬時に姿を消した──。


「──なにっ!?」


「殺処分可とは、わたしも安く見られたものです」


「バカなっ!? 後ろっ……!?」


 蒼い閃光と化したステラの身は、高々とした跳躍ですでに宙。

 瞬間的な移動のあとを追って響く、金属の重く鈍い断裂音。


 ──ガギギィンッ!


 降下兵の翅、その右翼が中ほどから落とされる。

 ステラによる瞬く間の斬撃。

 バランスを失った降下兵が、残る左翼を下にして屋上へと墜ちていく。


「うわああぁあぁああっ!」


 ──ドッ……ガッ……ガガガガッ!


 屋上の石畳に叩きつけられてもなお、エンジンの推進力によって低いバウンドを繰り返す降下兵。

 その左翼と拳銃を、ステラが刃先で破断。

 入團試験時からこれまで、幾度となくステラが見せつけてきた、物理法則を無視した動き。

 降下兵は不時着による衝撃で戦闘不能に陥り、突っ伏して低い呻きを上げるのみ。

 ステラが鎌を構え直し、上空へと睨みを利かせる──。


「この鎌は、本物の蟲からの接収品。造り物に負ける道理がありません」


 いまの様子を見下ろしていた降下兵が、ステラから距離を置いて着陸しようと、大きく水平移動。

 ステラはそれを追わず、代わりに声を上げる──。


「カナンっ!」


了解りょーっ!」


 屋上北端にいたカナンが、いつものアイドルスマイルで応答。

 両足を大きく広げ、小さな胸に空気をめいいっぱい吸う────。


「~~~~~~~~♪」


 この状況においての、カナンのアイドルソング歌唱。

 老若男女を問わず魅了する、ふわふわとして柔らかな歌声が、城塞上空に響く。

 その歌声を、屋上南側の聴音壕でトーンが集音────。


「うううぅ……。やはり雑音……異音……。嫌いな食べ物で……胃を満たされたような不快感……。ある意味……蟲の翅音より……苦手…………」


 本来、異能「耳」のトーン有する集音能力と、異能「声」のラネット有する破壊的声量が成す、ツープラトンの音響攻撃。

 しかし類稀なスイートボイスの持ち主であるカナンが、ラネットの代役を果たせることも最近になって判明。

 威力はラネットに比べてかなり落ちるものの、昏倒、幻覚、意識障害を引き起こすカナンの甘い声色は、敵兵の捕獲に適していた。

 事実、残る屋上の降下兵は、殺虫剤を浴びせられたカやハエのごとく、ふらふらと左右へ当てなく揺れたのち、次々と屋上へと不時着──。


 ──ドッ!

 ──ガッ!

 ──ゴッ!

 ──ガガガッ!


 頭頂部、胸、腹部、膝……。

 それらの部位から不時着した降下兵たちは、衝撃に耐えきれず昏倒、失神。

 屋上の見張り兵に、無抵抗で捕縛されていく。

 その様子を見ていたカナンが、右手を天に突き上げながら軽やかに跳躍。

 横たわる降下兵たちの間を駆けて、聴音壕を覗き込む。


「キャハハッ♪ カナンすごーいっ! どーお、トーンちゃん? カナンの声だって、ラネットちゃんに負けないくらい魅力的でしょ?」


「イチゴジャムを……塗りたくったシイタケで……喉から腸までを……埋め尽くされたかのよう……。は、吐き……そう……うっぷ……うぐぐぐっ!」


 長い前髪のわずかな隙間から、苦虫を嚙み潰した表情を覗かせるトーン。

 カナンは目と口を丸く開け、さも不思議そうな顔つきでそれを見返した。


「えーっ!? トーンちゃんってば、シイタケ嫌いなのぉ!? あ~んなに味が濃くて美味しいものをぉ!」


「……やはりカナンとは、あらゆる面で……相性が……悪い……。うううぅ……」


 捕縛が完了した一人の降下兵。

 ステラはその背中の翅を固定するベルトを、鎌の先端で切断。

 ざっと構造を分析──。


「翅は蟲の感触と、かなり異なる。合成繊維……ですか。翅脈は金属製のフレーム。恐らく百パーセントの人工物。蟲そのものを加工したものではなさそうです。こちらの金属製の筒は、内部に液体の感触……燃料タンクですか。量から見て、長時間の運用はできぬようですね」


 捕縛作業が進む中、人手が足りず手付かずだった一人の降下兵。

 拳銃は取り上げられているが、翅は背中に背負ったまま。

 不時着時の衝撃で両脚を骨折し、身を丸めてうずくまっていたが、にわかに目を見開いて、翅を駆動させる。


「……道連れだっ! 共に墜ちろおおぉおおっ!」


 折れた足をぶらぶらと石畳へ擦らせながらの、高速の低空飛行。

 ステラへと抱き着き、そのまま屋上から飛び降りての、心中の覚悟──。


 ──バギャンッ!

 ──ガギャンッ!


 しかしその体は、ステラへと達する遥か手前で再び墜落。

 根元から折られた両翅と一緒に落ち、石畳の表面で全身を擦過する。


「ひぎぐううぅううっ!」


 一対の翅をへし折ったのは、降下兵の真横に立つシー。

 その左手に宿る百々目鬼の眼力……念力。


「にっししし! さすがでしなぁ、百々目鬼ちんの眼力は。そのお目々がかつて百個あったかと思うと、空恐ろしくもあるでしがね。にしっ!」


 自身の左手中央にあるあどけない単眼を見て、シーがほくそ笑む。

 百々目鬼も、言葉を発する代わりににっこりと目を細める。

 降下兵は墜とされて身を転がされる最中で、百々目鬼の瞳を見た──。


「手……手に目……だとぉ……。翅よりも、速く跳ぶ女に……。歌で意識を奪ってくる……女……。この城塞は……化け物の住み家……か…………ごふっ……」


 我慢の限界を超える痛み、そして多大な精神的ショック。

 その降下兵は突っ伏したままで意識を失なった。

 屋上から城内への侵入を企てた部隊は、令和日本帰りの戦姫たちの前に、あえなく全滅した────。

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