第052話 陸と海の戦姫(2)
──無人の家屋内を、各々の使命に合わせてカスタマイズしていく兵たち。
その様子を見回しながら、フィルルがステラへと向けて強めの笑み。
笑み糸目の地顔のフィルルが見せるこの表情、少々の嫌味を含んでいる。
「ステラ? あなたがあそこで、ああも強めな態度に出るとは予想外でしたわ。
「重責ならば、常に抱いています。あの状況、わたしが強めに動いてこそ、効果があると判断したまで。そうして團長に『予想外』と言わしめる行動だからこそ、皆が動き出したわけです」
「……それは、あなたの師の教え?」
「あなたの師……とは、フィルルもまだ團長の重責を担えていませんね。あのお方は戦姫團の始祖にして、歴々の戦姫團全員の師。つまりあなたの師でもあります。履修が足りません」
「あらあら……。それは失礼いたしました」
「もっとも、お師様直々に弟子と認められたのは……わたしを含め、わずか五人。うち一人はあちらの住人。かつ戦姫團へ入團できたのはわたし一人ですから、実質的な愛弟子はわたし一人……。フフッ……フフフフッ……」
ステラがフィルルを「團長」ではなく名前で呼ぶときは、同期としての反応。
最後にこそ独占欲に満ちた不気味な笑みを漏らしたものの、いまのは愛里を軽んじたフィルルへの、ステラからの猛抗議。
ステラは愛里の、
前團長のエルゼルはそこを見抜いて、フィルルへと次期團長の座を託した──。
「……なるほど。ステラ・サテラ、噂通りの
ネージュが眼鏡のブリッジを中指で正しながら、ステラへと体を向ける。
革製のカバーに刃を収めた
セイレーン内で最も小柄なミオンよりも小さな体で、それを振り回している事実にあらためて驚いた。
「その煌めく蒼い髪……。海……わがセイレーンとの相性が抜群。無礼を承知で、引き抜き交渉を持ち掛けたくなる美貌だ」
「さすがにその話は、お師様の命令でもなければ聞けません。あ、いえ……」
ステラがちらりと瞳の端でフィルルを見上げ、ほんのわずかに首を左右へ。
蒼髪の端々で瞬く光沢のみが、きらきらと宙へと飛散。
「……たとえお師様の命令でも、それは断ります。あの頂の城塞が、わたしの居場所です」
ステラの脳裏に長崎市の稲佐山公園、その芝生広場が思い浮かぶ。
ナルザーク城塞の地形によく似た一帯。
愛里のラーメン店付近も視界に入る眺望の良さ。
そして苦楽をともにした、戦姫團の同期たち────。
入團試験時はほぼ無感情、その後もクールな性分を持ち続けていたステラの中に、少しずつ思春期の熱が宿り始めていた。
ネージュは眼鏡のブリッジを押さえながら俯き、苦く笑う。
「……ふぅ。どうやらセイレーンは想像以上に長く、きみたちの背を追うことになりそうだ」
「ですが条件次第では、ゲスト出演しないこともありません」
「……ほう?」
「ウイング・ユニットに、予備はありませんか? この戦いでわたしに貸してもらえるならば、対価としてゲストに呼ばれましょう」
「む……羽か」
「航空機に興味がありまして。あの機器を、一度使ってみたいのです」
令和日本で旅客機に乗り、霊峰・富士を見下ろしたことがあるステラ。
冠雪をわずかに残したその威容を思い出しては、それすらも断つ勢いと思いで、鎌の修練に励んできている。
ステラはウイング・ユニットを手繰ることで、鎌の冴えが一段上がる予感を覚えていた──。
「……どうでしょうか?」
「あれは重量がそこそこある上、先日の戦闘で故障が相次いだからな。われらセイレーン五人分きっちりしか、輸送していない。こちらとしても残念なところだが……無理、だな。それに羽の操縦には、相当の修練を要する」
「そうですか。それは残念。ではわたしは、人の居ぬ場所で鎌の刃を磨いて────」
──キキイイィイイッ……ゴォンッ!
タイヤが地面を激しく擦る音。
その後に続く、金属の響き主体の激しい衝突音。
一台のパトカーが、正面から石壁に激しく激突。
潰れたバンパーに、曲がったドアのフレーム。
変形した運転席側のドアを蹴飛ばして、白い制服の女性警察官が一人降りてくる。
「……フフッ。開幕に、ギリギリ間に合ったようだな」
「「前團長っ!」」
「エルゼル様っ!」
見ればパトカーは、全体に無数のへこみ。
運転席以外の窓にはすべて、くっきりとした亀裂。
サイドミラーは両方ともなく、タイヤはすべて限界まで摩耗。
長距離運転と、その道中の凄まじさを物語っている。
「……引退公演では、左脚をひきずっての端役だったからな。この大舞台へ、特別出演させてもらっても構わんだろう? 團長殿?」
「え、ええ……。ところで前團長? まさかナルザークから、運転なさってきたのですか?」
「ああ。道中で一台、廃車になったのでな。シモンジュ警察署からこれを借りてきた。ハハッ」
「乗り換えて、これ……ですの……」
フィルルは思い出した。
エルゼルは車の運転が下手の極みで、城塞麓の派出所のパトカーすべてをスクラップにしていることを。
運転免許取得も、コネと名声と運によるものだと、まことしやかに囁かれている。
令和日本では、市民から借り受けた軽自動車を運転。
自動ブレーキングシステムに何度も助けられたと、後部座席に乗せられたルシャとセリが、のちに述懐している────。
「さあ~いま~ゆ~かん~♪ あの
戦姫團の團歌の一節を勇ましく歌い上げながら、エルゼルがふらふらと千鳥足。
そのまま花がしおれるように、車道へと横になった。
「ハ……ハハ……。いささか、体を打ちすぎたよう……だ……。ハハ……」
「……ふぅ。いましがた救護所を開設したところですわ。まずはそちらで、休んでくださいな────」
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