第051話 陸と海の戦姫(1)

 ──レーク海軍工廠。

 軍都レークの軍港の護岸に広がる、広大な工廠地帯。

 居並ぶ造船施設はいずれも海へとせり出し、建造中、修理中の艦船も多々。

 横並びの施設群の中心で威容を誇るのは、一体化への改修が終わりかけている戦艦・ヴァジュラⅠとヴァジュラⅡの二隻。

 造船施設の隣の並びは、艦船を構成する大型パーツの製造工場エリア。

 さらにその隣の並びの西側が、小型パーツの製造工場エリア

 東側は砲弾、魚雷の製造施設群で、このエリアだけは誘爆を防ぐための土壁に囲まれている。

 そして工廠地帯中心部には、各企業の支社、事務所があり、その中心に改国派の黒幕の一角、ガスカ社のビルが一際高くそびえる。

 戦姫團とセイレーン一行は、片道一車線の道路を挟んだ家屋や下請け工場の並び、その裏側で隊列を成し、一時待機。

 隊列の正面に立つフィルルとネージュ、代表してフィルルが指示を出す──。


「工廠側の建物は、砲隊守備部隊のトーチカ。その向かいの建物東側は、衛生班が詰める救護施設。西側の建物を弾薬倉庫とします。救護施設と弾薬倉庫の間は、数棟空けること。この工廠地帯の区割りを、参考にいたしましょう……フフッ。では、陣地構築開始っ!」


 ──ハ……ハァ……。


 フィルルの号令に、隊列は固まったままで生返事。

 足をもぞもぞと動かすも、その場から移動せぬ者多々。

 周りが動かないために自身も動けず、連鎖的に動きを止める者も出る。

 皆、世のため人のため、いまの戦いに命を賭している。

 その自分たちが、人家を乗っ取るという侵略行為に出てもいいものか──。

 動く前にそれをフィルルに確認したくとも、下士官は自分が言うのは出すぎていると上官に期待し、上官も上官で、同じ理由で副團長のステラか、セイレーンのネージュの反応に期待する。


 ──ザンッ…………ドドンッ!


 突如、隊列の背後から鳴る斬撃音と打撃音。

 一同がビクンッと身を震わせながらゆっくり振り向くと、死神の鎌デスサイスを抜いたステラの後ろ姿。

 石造りの立派な邸宅、その外壁にある両開きの木製ドア。

 それをまとめて斜めに両断に蹴破ったステラが、蒼い髪をふわりとたなびかせながら振り向いた。


「なにをしていますっ!? 頑丈な建物を選び、速やかに陣営構築をっ! ここは戦場の目前っ! 上官の命令を、ただちに実行するのですっ!」


「「「「「はっ……はいっ!」」」」」


 普段は落ち着いた言動を崩さない、クールビューティーのステラ。

 そのステラが怒号を発し、巨大な鎌の両刃をギラリと光らせる──。


「恐らくここらの住人は、すべて避難済みでしょう。無断で借りたもの、壊したものは、あとで弁済すればよきこと! ですが国家間戦争が始まれば……取り返しがつきませんっ!」


「「「「「……はっ!」」」」」


 工廠側への建物群には実働部隊、向かいの建物群には衛生兵、ラネットたち研究團、流れで合流しているリム、ルシャとその兄、セリ、ロミアたちが移動。

 迷いなく施錠されている玄関を壊し、主亡き家屋へと入っていく。

 銃を持つ守備隊は石造りの頑丈な建物を選んで入り、タンス等の家具を移動させて窓を塞いで、簡易なトーチカとした。

 歩兵たちは複数ある下請け工場の作業場へと部隊ごとに分散し、下りていたシャッターを半分ほど開けて、正面の工廠地帯を伺う。

 衛生兵は先ほどステラが玄関を壊した大邸宅を野戦病院と定め、寝室のベッドのほか、リビングのソファーにシーツを掛けた簡易ベッド、厨房のテーブルにシーツを掛けた簡易の手術台を準備。

 医療器具、薬品を並べて適所に並べ、シンクや浴槽に水を張り、すぐにでも応急処置ができる状態を作る。

 リムたち合流組はその隣家に入り、軽傷者の応急処置施設を構築。


「……まさか、蟲との戦いに続いて義勇兵になるとは、思いもしませんでした。それにしても見狐さん、無事だといいんですけど……」


 さらにその隣りの家では、長期戦を案じたラネットたちが簡易の食事場を設営。

 現役ラーメン屋の予備役兵であるラネットが手際よく、多人数が食事を行えるようテーブルやいすを配膳の見据えて並べる。


「……ふう、とりあえずこんなもんかな。食料は隣近所から集めて、ここに集約しておいたほうがいいよね?」


「はいっ! ちなみにラネットさん? 海軍では烹炊所、烹炊場……って呼ぶんですよ?」


「うわあ……ミオンっ!? トーンに聞いたつもりだったのに……。っていうか、セイレーンで固まってなくって、いいの?」


「えーっと、いいんじゃないですか? 副隊長もユーノさんも、別行動取ってますし。いま集まったら、わたしがイザヴェラさん止められなかったのに、バレちゃいますし……アハハッ!」


「そ、それならいいんだけど……。トーンはしばらく、ボクとここにいて。布陣敷き終わるまで、伝令兵の出番なさそうだし」


「だよねっ、ラネットちゃん! 伝令兵の出番来るまで、カナンたちは出しゃばらない出しゃばらないっ♪ アハハハッ♪」


「ああ、カナンもいたんだ……。えーと、じゃあ……トーンはどこかなぁ~っと?」


 そのときラネットの右こめかみへ、チクリと刺すような視線。

 そこには長い前髪を左右へ分け、髪留めで固定しているトーンの姿。

 普段は前髪を顔全体を隠しているが、いまは顔のパーツすべてを露に。

 普段は髪の毛の隙間からほの見える碧眼が、上目遣いでラネットを見据える。


「あ、あれっ……トーン? 髪……留めてるんだ? 珍しいね?」


「ラネットを、よーく見ておかないと……。浮気……しそうだから……」


「は、はは……あ、そう……。意外と信用ないのかなー……ボクって。あはははー」


「その姿……信用ゼロ……」


 両脇からミオンとカナンに抱き着かれている、頬ゆるゆるのラネット。

 小柄な左右の二人を力任せに振り払うわけにもいかず、赤い顔を上げてただただ苦笑い。


「ま、まいったなぁ……。でも一番は、絶対にトーンだからねっ!」


「いま、……って、言った。だったら、二番や三番も……いるの?」


「あ…………」


……って、言ってくれなかった……。ラネット……嫌い。フン……」


 頬を膨らませて、ぷいっとそっぽを向くトーン。

 慌てて近寄ろうとするラネットを、左右の二人が胸を押しつけながら抱き着いて固定────。


「はいはーいっ! カナンは二番でもお妾さんでも、全然オッケーだよっ、ラネットちゃん! チュッ!」


「わたしは新顔だから、まずは三番で……。でも一番の座、諦めませんからっ! チュッ!」


 二人同時につま先立ちをして、ラネットへの頬へとキス。

 その音を拾ったトーン。

 完全なる後ろ姿を見せて、無言ですたすたと部屋を出る──。


「あ、ああ……。トーンのシカト攻撃、一番効くんだよなぁ……。これは一カ月コースかなぁ……とほほ……」

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