第023話 きょうだい
──ナルザーク城塞、中庭。
イッカがディーナを詰問していた武器庫、その上空。
海軍少尉、メイジ・スコルピオが部下四人を率いて滞空中。
中庭を眼下に据える二つのテラスを、一同距離を置いて凝視。
テラスそれぞれからは、爆雷の導火線がか細い煙をくゆらせている。
──ドドーンッ!
ほぼ同時に、二つのテラスで爆雷が爆発。
主に中庭側へ爆炎を噴いた。
辺りに漂う黒煙を凝視していたメイジが、煙の隙間から城内の通路を捉え、声を上げる。
「……よしっ! バリケード破壊っ! 城内へ突入っ! 團長室にいると思われる、フィルル・フォーフルールを拘束せよっ! 多少傷つけても構わないっ!」
「少尉っ! まだ左翼右翼からの合流がありませんっ! この人数で大丈夫でしょうかっ!?」
「空からの急襲は時間勝負、行くしかないわっ! 戦姫團の防衛もザルではないということ! 城内でも油断せぬようっ!」
「「「「はっ!」」」」
爆雷による高熱の黒煙が消えきらぬまま、四人の降下兵がそれへと飛び込んで、テラスから城内へと突入。
メイジは先に部下へ様子見をさせ、己は将として宙に構える。
その頭上から、一人の飛行兵が鋼剣の輝きとともに降ってくる────。
「国賊……覚悟っ!」
「むっ!?」
明確な殺意を帯びた剣の切っ先が、真上の太陽の光を浴びてメイジを襲う。
メイジはその一撃を、降下を交えた後退で避け、腰の拳銃を抜いた。
目線を揃えて降りてきた敵の姿に、メイジの顔がひきつる──。
「……ネージュ!? どうしてここにっ!?」
メイジの正面で宙に立つのは、実の妹にしてセイレーン隊長、ネージュ。
メイジは無意識に拳銃をホルスターへと戻し、腰の反対側にある剣の鞘へと手を掛ける。
対峙するネージュの顔に、とまどいや躊躇はいっさい見受けられない。
体の真正面でしっかりと剣を構え、メイジへと突撃を開始──。
「海軍少尉……もといっ、反乱兵のメイジ・スコルピオっ! 死にたくなくば、投降せよっ!」
「くっ……!」
──ガキイイィンッ!
とっさに剣を抜き、ネージュの重い一撃を受けるメイジ。
その衝撃から、己の妹に加減も迷いもないことを悟った。
「ぬううぅ……ネージュっ! こうならないために、あなたにセイレーンという閑職を与えたのに……なぜっ!? どうしてっ!?」
「海軍特務部隊は……閑職などではないっ! 陸軍戦姫團と同じく、命を懸けて国を護り、その様を歌舞で民衆に伝える、広報部隊にして後方部隊っ! ゆえに国賊は……粛々と討つっ!」
顔の真正面で刃を擦り合わせ、粉塵と摩擦の火花を宙に散らせる姉妹。
姉であるメイジのほうが、わずかに血縁の情が濃いとまどいの表情──。
「あなたには、軍人になんてなってほしくなかったのに……。どうして……どうしてずっとずっと、わたしを困らせるのよぉ!」
「それは……立派な軍人の姉がいることが、わたしの誇りだったからっ!」
「この世に立派な軍人なんていないっ! 欺き、騙し……そして殺すっ! ときには身内にだって嘘をつくっ! それが軍属の行いっ! 散々教えたでしょっ!?」
「その常を打ち破ったのが……陸軍戦姫團っ! 彼女らは命の尊さ、争いの虚しさ、そしてその矛盾の狭間にある苦悩を、歌舞と実戦で伝え続けているっ! 同じ組織が海軍にも必要だと、わたしは散々具申したっ! 敬愛する……姉へもっ!」
陸軍戦姫團。
その歴史の発端が、平成日本に産声を上げたラーメン屋の女性店主・星ケ谷愛里であることを、この姉妹は知らない。
長崎県に生まれ育ち、歴女として成長する中で戦争と原爆を知り、同じ歴史を歩まぬようにと、この世界で二度の蟲との戦いへ尽力した女傑。
姉のメイジは、日本の戦史をなぞるかのように、軍政による他国侵略を理想と掲げ──。
妹のネージュは、子どものころから鑑賞してきた戦姫團の歌舞を通じて、戦いなき世界を目指した──。
二人の剣が、この先もずっと相容れぬかのように弾き合う────。
「……わかったわ、ネージュ。いまこのときより、あなたを妹とは思わない。手加減はおろか、正々堂々もない。目障りな邪魔者として、無慈悲に……潰す!」
「わたしはとうに、それらは捨てていましたが……。ただ一点、
「アダン……からっ!?」
「はいっ。『きみがエプロンを着けて、キッチンに立つ姿をもっと見たかった』……です。此度のクーデターを知ったあなたの夫も、侵略戦争の皮切りを嘆いていましたっ!」
「くっ……それがなにっ!? 夫婦ならば思想も同じだと思っているのなら、軍人としても女としても甘ちゃんね! そもそもアダンには、ネージュのほうがお似合いだったのよっ!」
「
──バズンッ!
二人の体の下にあった、屋外の武器庫。
その天幕を下側から突き破って、長い鎖を繋げた鉄球が急上昇する。
棘を無数に生やした鉄球が狙っているのは、メイジの体。
妹へと意識を奪われていたメイジは、その瞬時の出来事に対応しきれず、鉄球の棘を背に受け、全身とウイング・ユニットをチェーンで搦め取られた。
「ぐあっ……!? なっ……なにっ!?」
長いチェーンは、獲物を捕縛したカエルの舌のように、メイジを天幕の中へと引きずり込む────。
「わたしを……騙してたですねぇ! 許せないですっ!」
武器庫の中から、ディーナが声を張り上げた。
メイジの姿が、勢いよく天幕の穴へと飲み込まれていく────。
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