ナルザーク城塞攻防戦

戦姫の砦

第007話 派兵

 ──現在。

 全長約一五〇メートルにも及ぶ、流線形の白銀の気球。

 後方部に二基のプロペラを備える。

 前方下部に付随するは、金属製のグレーの箱舟。

 陸軍戦姫團の居城、ナルザーク城塞の屋上から、それを見つめる者が二人。

 一人は戦姫團砲隊・隊長の、ノア・グレジオ。

 屈強な体躯に熱い陸軍魂を備えた、お手本のような軍人。


「……副團長。あれが不審な飛行船です。まっすぐこちらへ向かっています」


 その左手に立つ、十六歳の小柄な少女。

 戦姫團副團長、ステラ・サテラ。

 当時十五歳で戦姫團入團試験を首位で合格し、この世界の女神・戦姫からの寵愛をも受ける、戦姫團最強の一角。


「ここからの距離、高度……かなりの大きさですね。それに、速力もあります」


 標高約三五〇メートルの頂に立つナルザーク城塞本部。

 その四階建ての屋上から見てもなお高見にある飛行船を、遠目で見る二人。

 腰近くまで伸びたステラの蒼い後ろ髪が、高所の冷たい風にサラサラとなびく。

 まだ豆粒大の飛行船を、ステラは凝視──。


「恐らくは、海軍のものです。自動車メーカーに発注しているという航空機用の試作プロペラを組み込んで、従来機以上の推進力を得ているのでしょう」


「……お詳しいですな」


「お師様の世界で航空機へ乗ったのを機に、空の乗り物へと興味が湧きました」


「……あの世界の者から見れば、飛行船など旧式も旧式といった代物でしょうが。我々にとっては、十分な脅威です」


 令和日本での戦闘経験がある二人。

 特にステラは、上空を行き交う旅客機へ目端を利かせていたため、機影から距離感を掴む感覚を手に入れていた。

 しかし二人が彼の地を振り返ったのは、ほんの一瞬。

 いま目の前にある事態から意識を切らない。


「……砲隊長。実は数日前、海軍関係者が町をうろついていると、麓の警察官から連絡がありました」


「もしや、松葉杖の警察官……ですかな?」


「はい。彼女が言うには、麓町には初顔の旅行者も目立ち、いずれも挙動に軍人の癖が見られると。いまごろ正体を現し、この城塞へ登ってきているかもしれません」


「これは穏やかではありませんなッ!? なぜそのような情報を、黙って!?」


「申し訳ありません。團長の指示により、情報共有は團長とわたしだけに留めておきました。もし城塞内に手引きをする者がおらば、こちらの動きが筒抜けになってしまいますので」


「手引きが……城塞に? まさかっ! そのような者が、ここにいるわけがッ!」


 やや狼狽した様相でステラを見下ろしつつ、強く否定するノア。

 その様をステラは、見透かしたかのような冷めた眼差しで見上げる。


「砲隊長の脳裏には、当該者の顔が浮かんでいるように見えますが?」


「……ディッ……ディーナはいまや、立派な陸軍軍人ですぞッ!」


「そのディーナが、海軍関係者と接触していた……という目撃情報も別に。件の警察官が嘘を言わぬのは、わたしよりつきあいが長い砲隊長が、よくご存じでしょう」


「グッ……!」


 ノアが悔しげに歯噛みしつつ、屋上の石畳を垂直に一蹴り。

 それから行き場のない右手拳を、自分の左掌へと叩きつける──。


「言われてみれば、ディーナの奴……。ここのところ、いつものバカ陽気さが、なりを潜めていたような……」


「彼女には見張りをつけております。無論、事情を伏せた上で。さて……」


 徐々に姿を大きくしてくる飛行船を見つめながら、ステラが左手に握っていた得物のカバーへと、右手を掛ける。

 斬撃特化の蟲・死神デスの左前脚を加工して作った、オンリーワンの武器。

 両刃の巨大鎌、死神の鎌デスサイス──。

 自身の体を囲むほどの刃渡りに鞘を誂えることは叶わず、動物の毛皮と革で作った特注のカバーが被せられている。

 内側の刃に沿って並ぶいくつものスナップボタンを、あたかも飛行船到達までのカウントダウンのように一つずつ外していきながら、ステラは言葉を続ける。


「……この状況、團長とわたしの見解は、各地で一斉蜂起のクーデター。飛行船を投入してきたということは、爆撃をちらつかせての武装解除勧告。その後、麓の海軍兵が城塞入りし、わたしたちを捕縛……といったところでしょう」


「たッ、ただちに対策……迎撃をッ! 当然、試作高射砲の使用許可は出るんでしょうなッ!?」


「もちろんです。ですが絶対に、先に手を出さないでください。相手が海軍ならば、軍同士の内紛。先に手を出したほうが国賊となります。ゆえに専守防衛、です」


「専守……防衛……」


 ──専守防衛。

 戦姫團関係者が、令和日本から持ち帰った教訓の一つ。

 手酷い敗戦から復興した国が抱く矜持。


「もっとも、手は出せないかもしれませんが」


「なんですと?」


「内通者が砲隊内にいるのならば、対空砲の存在は筒抜けですから。砲になんらかの細工を施されている可能性もあります」


「あッ…………ぐぬううッ! おいどちらかッ! 至急武器庫へ行き、試作砲の状態を見よッ! 異常なければ、城塞正面に展開ッ!」


 ノアが振り向き、背後に待機させていた部下二人へ、怒号のような命令。

 思わず二人とも同時に駆けだすが、先んじた一人が階下へのドアをくぐった。


「砲隊長、それから。対空砲の存在を承知で飛行船を運用するということは、射程を把握されていて、より高度を飛行。ないし、それなりの防御機構を備えているかと。試作の砲一基では、墜とせない可能性大でしょう」


「む……。な、ならばどうせよ……と?」


「前もって、研究團の『声』を派兵しています」


「……は? はァ?」


「『耳』、聞いてのとおりです。ラネットを数日留守にさせてしまい、申し訳ありませんでした」


 ステラの右斜め後方、数メートル。

 城塞屋上に造られた円筒状の集音施設・聴音壕から、陸軍研究團・異能「耳」のトーンが、モグラのようにひょっこりと顔を出す。

 前髪を顔の前面に垂らした独特の風貌は、相変わらず。


「ラネットに……休暇あげたの……。そのため…………」


「万一の際、よう言づけてあります。彼女の声をキャッチできるよう、備えておいてください」


「うん……わかった」


「安心してください。あなたはこの城塞の切り札。命を賭して護ります──」


 ──カチッ…………ぱさっ。


 死神の鎌デスサイスのカバー、その最後のスナップボタンが外れ、石畳に落ちる。

 両刃の鎌という独特の形状が、太陽光を浴びてギラギラと鋭利に輝く。

 隣に立っていたノアは、思わず顔を引きつらせて数歩退いた。


「な、なるほど……『声』ですか。そう言えば、『目』は一向に来ませんな。副團長と併せて、呼びに行かせたのですが……」


「平時でも、なかなか捕まらぬ人ですから。それにもう、『目』の眼力に頼らなくともよいでしょう」


 ナルザーク城塞へと迫り来る海軍の飛行船は、その船影を豆粒大から拳大へと変えていた────。

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