第008話 親友

 ──城塞内・陸軍研究團詰所。

 研究團の面々の休憩室で、主だった備品は部屋中央のテーブルと長いすだけという簡素な部屋。

 ドアと窓が閉じられた室内には、板張りの床へ直接座る女性一人と、床に横たわる少女が一人。


「いやー……ナホちん。お互いあっさりと、捕縛されてしまいましたなー。にっしししし!」


 両腕を背後へと回されて、手首を鋼鉄製の手錠で固定されているシー。

 両腕で作られた輪は部屋の柱を囲んでおり、非力なシーは脱出不可能な状態。

 しかしシー、余裕ありげに胡坐をかいて、いつもの人を食ったような笑い。

 トレードマークの分厚い眼鏡が見下ろす先には、床へ横倒しになった女性兵。

 砲隊所属の砲兵、ナホ・クック。

 相変わらずのソバカス面の童顔に、いくつか涙の粒を垂らしながら、陸に上がった魚のようにビチビチと跳ねる。

 シー同様後ろ手を組まされ、両手両足には各二つずつの手錠。

 さらにその上から、目の粗い麻縄が幾周にもグルグル巻きにされている。


「も~! これじゃあミノムシじゃないですか~! うううう~っ!」


「まあナホちんの怪力は、皆の知るところでしからねー。その上あちらの世界で戦った者たちは、あちらでの動きや感覚を脳が記憶していて、人体のリミッターを解除した動きができますからして。彼女がそうしたのも、残念ながら当然でありますなぁ」


「でもぉ! 囚われの乙女といったら、手首と足首を縄で縛られて、部屋の隅で体育座りが定番じゃないですかぁ! こんなミノムシいやですぅ!」


「おっと、お嘆きのポイントはそこでしたか。ちなみに縄は、で縛ってあるゆえー。暴れれば暴れるほど、結び目が固くなるでしなぁ」


 もやい結び。

 船を岸の係船柱とロープで繋ぐ際に用いられる、強固かつほどきやすい結びかた。

 ただしほどきやすいというのは、正しいほどきかたを知る者がいる場合の話。


「いやー……しかし。ナホちんが、ディーナちんから背中に拳銃を突きつけられて入ってきたときは、驚いたでしなぁ」


「わ、わたしだって驚きましたっ! 砲隊長に命じられてシーさん呼びへきたら、部屋の前にディーナがいて、話し掛けたら突然銃を……」


「……うーむ。ナホちんにあちしを拘束しろと命じた以外は、終始無言でしたからなぁ。ところでナホちん、いま砲隊長に命じられて……と言ったでしな?」


「は、はい……。『耳』が正体不明の飛行物体を感知したから、シーさんに見てもらえ……って」


「……ふむふむ。となるとディーナちんの行動は、その飛行物体の正体を、あちしの眼力で早々に看破されるのを恐れて……でしかねぇ。そして、戦姫團でも教えている陸軍の捕縛術を使わず、船乗りのもやい結び……。なにやら見えてきたでしなぁ」


「み、見えてきたって……なにがですかっ!?」


「それは、この戒めを解いてから話すでし。にしっ!」


 普段のシーと変わらぬ、歯を見せたニカっとした笑い。

 それを見てナホ、わずかに気を鎮まらせる。


「で、でも……。わたしは見てのとおりのミノムシですし……。あっ、大声で助け呼びますかっ!? さるぐつわもされてませんしっ!」


「いや、それには及ばんでし。なにせあちしには、奥の手がありますからしてぇ。にっししししっ!」


「奥の手……ですか?」


「ナホちんにお見せするのは、これが初めてになりますなぁ。そしてディーナちんにも見せていなかったのが、幸いしたでし」


「あ、あの……シーさん? なにを……言って……」


「……百々目鬼どどめきちん、お願いするでし」


 ──ガギンッ!


 金属が強い力で断裂する音。

 シーに嵌められていた手錠のチェーンが、予兆なく突然破断。

 破片がカラカラと床に散らばる。

 柱から解放されたシーが、リングを両手首につけたままで大きく背伸び。

 両掌を天井へと向け、ナホには背を見せている。


「……ああ、リングはこのままでいいでし。それよりそっちの子の戒めを、解いてほしいでし」


「シーさん……? だれかと……話してるんですか?」


「紹介するでし。あちしと一心同体の親友、百々目鬼ちんでしっ!」


 ──くるっ!


 身を翻したシーが、左手を広げてナホへと向ける。

 その掌の中心には、人間の少女大の眼球が一つ。

 令和日本でシーとの眼力勝負に敗れ、百眼のうち九十九を喪失。

 最後の一つをシーに救済された、童女の妖怪。

 そして拾体の下僕獣が一体、奇獣・百々目鬼────。


「…………へ?」


 掌に眼球があることを、すぐには理解できないナホ。

 横たわったまま全身を硬直させ、ぱちぱちと瞬きをしながら呆然とする。

 それを受けて百々目鬼も、ぱちぱちと瞬きをしてから、ニッコリと瞳を湾曲。

 ナホはようやく、シーの左手にある目が作り物でないことを察した。


「ひっ……ひいいぃいいっ! ばっ……バケモノっ!」


「蟲の脚を引きちぎったり、体高四〇メートルの怪獣と殴り合ったりした子から、バケモノ呼ばわりは心外でしなぁ。この子は例の妖狐と一緒に、あちらの世界からやってきた人畜無害の女の子でしし」


「妖狐って……。アリスさんに化けていた…………あの?」


「そうそう。先代の鼻氏と入れ替わりで、こっちに来たキツネさんでし。では!」


 ──ガギンッ、ガギンッ、ガギンッ、ガギンッ……ビシビシビシッ!


 手錠が破断する音と、麻縄がちぎれる音が、一定間隔で小気味よく続く。

 百々目鬼の眼力は、物質に干渉できる念力。

 破壊する対象へと黒目を向けながら、瞬きとともに念力を放つ。

 なにが起こっているかわからないナホは固まったまま、かすれた悲鳴を上げた。


「ひっ……ひいいぃいいぃいいっ!」


「鼻氏と言えば……。二代目の鼻氏は、朝から見ていないでしなぁ?」

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