第009話 松葉杖の警察官

 ──ナルザーク城塞・麓。

 かつてリムたち受験者が集い、シーから本人確認の筆跡鑑定を受けた、城塞へと続くつづら折りの登山口。

 そこを目指す、海軍服に身を包んだ海軍兵たち。

 その数、十数人。

 うち半数ほどが、長身の海軍銃を体の前に携えた男性兵。

 あとは鋼鉄製の剣と拳銃を腰に提げている女性兵。

 先頭に立つ男性兵が、気炎を上げる──。


「これよりわれわれはァ! ナルザーク城塞へと侵攻ォ! 突撃ィ! 内部の者をォ、根こそぎ捕縛するゥ! なお、敵はすべて女性兵だが……油断は禁物ゥ!」


「「「「はっ!」」」」


 ──パチ、パチ、パチ、パチ。


 登山道に背を向けて号令を発する男性兵。

 その背後から、小馬鹿にしたニュアンスを含んだ、間延びした拍手が起こった。

 男性兵がとっさに横移動しつつ銃を構え、体を反転。

 回避と同時に構えを行う、こなれた軍人の挙動。


「ぬッ……!? なに奴っ!?」


「旅行者の皆さん、ここから先は陸軍所轄地だ。散策はご遠慮願おうか」


 白い制服に長身を包んだ、二十代半ばの女性警察官。

 左腕に松葉杖を携え、左脚の故障を伺わせる風体。

 金と銀の光沢が織り交ざり、見る角度によって髪の色が変わるウルフカット。

 陸軍戦姫團先代團長、いまは麓町の巡査、エルゼル・ジェンドリー。

 指揮を執る男性兵が銃を構えたままで、いぶかしげにエルゼルを見る。


「その衣服ゥ……警察官かッ! おまえたち行政の番犬は、新生国家の産声を黙ってわきで聞いておれェ!」


「暴力で権力を得ようとする連中の、新生国家……か。さぞ、おぞましい産声を上げるのだろうな。聞く気はない」


「やかましいわッ! 黙って道を空けるか、この戦い最初のかばねとなるか……。どっちかを選べェ!」


 ──チャッ!


 男性兵が銃を構え直し、銃口をエルゼルの胸部へと向ける。

 しかしエルゼルに恐れる様子はなく、松葉杖を握る左手へと力を込める。


「フッ……。あいにくと、選択肢の外から攻めるきらいがあってな!」


 ──パンッ!


 短い発砲音。

 のけ反ったのは、男性兵。

 海軍銃の銃身を撃たれ、その衝撃で姿勢を崩す。

 エルゼルは目にもとまらぬ動作で、松葉杖に仕込まれていた銃を発砲。


「銃口を向けられ、投降か死かを選ばされる……。ゆえにいまのは正当防衛。専守防衛……だな」


 杖の石突が開いて銃口となり、硝煙を発する。

 そのギミックと、瞬間的なエルゼルの早撃ち。

 一瞬あぜんとした海軍兵たちだが、すぐにいっせいに横並びし、銃を構えた。

 しかしその銃口の先に、エルゼルはもういない──。


「──秘剣・銀狼牙ッ!」


 横一列に並ぶ男性兵たちの前を、金銀織り交ざる閃光が一直線に走った。

 左脇腹に激痛を覚えた男性兵たちが、ドミノ倒しのように順繰りに地に伏す。

 最後の男性兵が地に膝を着いたとき、松葉杖を空へ掲げたエルゼルの姿が現れた。

 その両足は、しっかりと大地を踏みしめている。


「フフッ、安心しろ。真剣ではなく、この杖による打撃だ。とは言っても満足に動けぬよう、各人一、二本ずつ、肋骨は折らせてもらったがな」


 今度はエルゼル、松葉杖の上辺のカバーを取り外し、ゴム製のバンドを露見。

 令和日本で披露した、松葉杖の形状を利用しての、スリングショットのギミック。

 腰のベルトに嵌め込んでいた鉄球を次々と手にして放ち、男性兵たちが手にしている海軍銃の銃身をへし折っていく。

 指揮を取っていた男性兵が、片膝をついた姿勢で恨みがましく呻く──。


「き……貴様ァ……。怪我人の振りとは、卑怯なァ……」


「……ふむ。その点は詫びよう。ご覧のとおり膝は完治しているのだが、この松葉杖、すっかり愛用の武器になってしまってな。フフッ」


 左膝を軽く曲げて、トントンとつま先で地を叩いてみせるエルゼル。

 蟲の軍勢との戦いにおいて、膝に過度の負担を強いる瞬足の斬撃技、秘剣・銀狼牙を乱発したために故障した左膝。

 いまではすっかり回復している。

 その余裕しゃくしゃくのエルゼルへ、今度は女性兵たちの拳銃が一斉に向いた。

 居並ぶ女性兵の中央を陣取る険しい表情の女が、震えた声を上げる──。


「や……やはりあなたは、膝の故障で退役前に舞台を降りた、エルゼル様っ!」


「……ほう? わたしを知っているか?」


「海軍所属という立場ながら、あなたの引退の挨拶を、客席で涙ながらに聞いていた者ですっ! ですが……これがあなたの第二幕というのならば、いまここで緞帳を下ろさせていただきますっ!」


 女性兵が涙を滲ませた瞳を歪め、引き金を遊びの分だけきっちりと引く。

 同様のしぐさの者が、ほかに数人。

 エルゼルはたまらず、困惑の表情。


「かつてのファン……か。討つのは忍びないが、わたしもここで討たれるわけにはいかぬ。さて────」


「────だったらオレに任せなっ!」


 女性兵たちの列の向こうから上がった、エルゼルに聞き覚えのある声。

 直後。

 エルゼルから向かって左端の女性兵の体が、脇腹から「く」の字に折れ曲がる。


 ──ゴッ……ドドドドッ!


「「「「きゃああぁああっ!?」」」」


 左端の女性兵が、背後から右脇腹へ、強烈な水平の蹴りを受けた。

 またしてもドミノ倒しのように、女性兵の列が端から体勢を崩す。

 蹴りを放った者が正面へと瞬時に回り込み、宙に曲線の剣跡を描く。

 木剣で叩き落した拳銃を、蹴りで遠くへと放る──。

 その器用な動作を、連続でやってのける一陣の赤い風。

 飛行船を追ってこの場へとやってきた、ルシャ。

 再び女性兵たちの背後へと一瞬で回り、その背中を蹴り倒しながら、木剣で打ち据えていく────。


「へへっ! ご無沙汰だな、元團長さんよぉ!」


「フフッ……そういうきみは、元替え玉受験者か。かつてのファンをこの手で叩き伏せるのは、心苦しかった。ご協力感謝する」


「なぁーに! こっちは替え玉受験見逃してもらってるしな! お互い様さ!」


 エルゼルとルシャ。

 蟲の軍勢との戦いでは直接的な接点こそなかったものの、戦場を共にした。

 令和日本への遠征では、蟲獣・安楽女に苦戦するエルゼルへ、いまのように加勢に現れている。

 エルゼルは構えていた松葉杖を地に突かせ、ルシャを観察。


「……一人か?」


「ああぁん!? ひっ……一人だよ! それがどうしたっ!?」


「いや。眼鏡の相棒がいたと、記憶していたのでな。ところで……この先へと、進む気か?」


「まーな。いまのじゃ全然暴れ足りなかったし」


「……そういう軽い気持ちの者に、このつづら折りを登る資格はない。この先にあるのは、人と人との命の奪い合い。蟲や獣との戦いとは完全に別物。その心構えを日夜叩き込まれている軍人ときみには、雲泥の差がある」


「ほーん。まるで現役の軍人みてーな口ぶりじゃねぇか。そういうアンタも、城塞行きたくてウズウズしてんじゃねーの?」


「それはない。退役して間もないわたしが出張れば、指揮系統が乱れる。民間人のきみも、保護対象となって手を煩わせるだけだ。わたしが言うのだから間違いない」


「ま、まあ……。元團長のあんたが言うんなら、そうなんだろうけどよ……」


「それに……だ。仮にがここにおらば、同じ説諭をしただろうし、それでも聞かなくばきみを張り倒しただろう」


「師匠……か。そういやオレが、二次試験へ進みたいって言ったときは、前に立ち塞がったっけ……」


 戦姫團入團試験、その一次試験突破まで進みたいと願った少女三人。

 ルシャ、リム、ラネット。

 合格を望まないある種の慎ましさを受けて、替え玉受験作戦を提示した、令和日本からやって来た三十路の戦姫、星ケ谷愛里ことメグリ。

 しかし三人が一次試験突破後に、やはり二次試験まで進みたいと願い出るや否や、悪鬼羅刹、もしくはトリックスターとして、三人の前に立ち塞がった。

 エルゼルをも軽く捻った異世界の武人を相手に、ルシャはなす術もなく敗れる。

 当時を振り返ったルシャは、その強くも人間くさい師に二度と会えないことを思い、血気を抑えた。

 そしてそばにいた、うつ伏せになって呻く男性兵の頭を、つま先で小突く。


「……ところでこいつら、どうやってここまで来たんだ? 軍の車や馬車は見なかったぜ? 飛行船から降ってきたわけでもねーし……」


「旅行者を装って、数日前から分散して街に入っていたようだな。周囲の繁みで着替えたのちに、集合したのだろう」


「あーん? だったらこいつらだけじゃなくって、旅人とか行商人に化けた連中が、森経由で城に向かってんじゃねーか?」


「すぐにそこへ気が回るとは、勝負勘がいいな。もっと勉学に勤しんでいれば、いまごろ城塞にいただろうに。フフッ」


「うっ……うっせーな! よけいなお世話だっつーの!」

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