第035話 陸軍戦姫團東へ(後編)

 ──シモンジュ城塞をあとにし、東へと進軍する戦姫團とセイレーン。

 目指すは海軍最重要拠点、レーク港を擁する軍都・レーク。

 緩急あるアップダウンが続く山道を抜け、その先の農村部では農作業中の民から視線を集め、その先の草原地帯をいまはく。

 数台のトラックとオートバイが行軍を先導し、騎馬車と騎馬が続く。

 最後尾は、武器、資材、食料を積んだ荷馬車。

 背後からの敵襲はないと、フィルルとネージュが判断しての並び。

 その戦姫團とセイレーンの長は、マヤが運転するセイレーンの馬車に乗り合わせている──。


「……フィルル、もう少し進むと川がある。そこで一旦休みたい。そのほうが馬の脚を効率よく使えると、マヤが言っている」


「従いましょう。水辺は肉体だけでなく、心をも癒しますものね。フフッ」


 荷台の奥の席で向かい合い、微笑を交わす二人。

 フィルルの隣にはステラ、ネージュの隣にはイザヴェラ。

 かつてフィルルの従者も経験したユーノ、そしてミオンの姿は、ここにはない。

 会話が途切れてしばらくのち、フィルルが胸の前で両手を合わせながら、ネージュへと問い始めた。


「……ところで。セイレーンには、愛らしいマスコットキャラクターがおりますわね? その腕章に描かれているシルエットと同じ、有翼の美少女が」


「ああ、セレンのことだな。あれは、とある高名な漫画家にデザインを依頼したものだ。わが隊に、その漫画家の熱心なファンがいてな。その熱意を漫画家に買ってもらい、低予算で依頼することができた。わたしは漫画には明るくないが、セレンはわが隊のシンボルにふさわしい、美麗なキャラクターだと思っている」


「ほお……。漫画家の、熱心なファン……。それは、どなたですの?」


 ──バキッ! バキッ! バキッ!


 合わさっていたフィルルの両手が十指を絡め、車輪の音を掻き消すほどに激しく骨を鳴らした。

 上品に笑みを湛えている唇の奥では、上下の歯がギリギリと激しく擦れている。

 強烈な殺気────。

 隣のステラは一早く察知。

 わずかに遅れてネージュも気づき、即答を控えた。

 ただ一人、フィルルの圧を読めていないイザヴェラが、いすから尻が浮くほどに前のめりになって、めいいっぱい挙手をした。


「は……はいっ! 自分でありますっ! これからは漫画! 漫画の時代ですっ! ですのでセイレーンは広告塔に漫画のキャラクターを取り入れるべきと、隊長へ進言したのでありますっ!」


「ほおおおおぉ……あなたが。架空のキャラクターをプロモーションへ用いるとは、大胆な試み。わが戦姫團には、なかった発想です……」


 ──ゴバキッ! ゴバキッ! ゴバキッ!


 ますます高鳴る、フィルルの指の骨。

 ますます圧を凝縮する、フィルルの殺意。

 それらに気づくことなく、イザヴェラは自慢げにオタトークを継続。


「お褒めくださり、ありがとうございますっ! そしてその作画には、漫画の生みの親であり、自分が心から敬愛するリム・デックス先生に……と、隊長へお願いしたのでありますっ!」


「リム・デックス……。わたくしも、よぉく存じておりますわ。その名前……」


 ──ゴバゲキッ! ゴバゲキッ! ゴバゲキッ!


「おおっ! そう言われればフィルル様は、リム先生が戦姫團に落ちた際の受験者! 面識がおありでっ!?」


「魂の盟友…………ですわっ!」


 ──グワシッ!


「ほがぐげっ──!?」


 フィルルの右手の長い五指が、得意満面に喋っていたイザヴェラの顔面を正面から覆った。

 万力のごとき握力で、イザヴェラの頭蓋骨が圧迫を受ける。

 その両頬、頭部の皮膚には、マニキュア鮮やかな赤い爪が深々と食い込んだ。

 そのままフィルルが、ゆらりと立ち上がる──。


「そうですか……。あなたが、わたくしのリムさんのスケジュールを奪った張本人……。同じ馬車で……好都合でしたわ。ウフッ……ウフフフッ……」


 ──グワシッ! グワシッ!


 フィルルが右腕を掲げると、イザヴェラの体がいすから一気に離れ、全身を垂直にしても足が板張りへつかぬほどに持ち上げられる。

 仮にこの場に愛里、もしくは六日見狐がいたならば、フィルルのその鬼神のごとき振る舞いを、「鉄の爪」の異名を持つ往年の名プロレスラー、フリッツ・フォン・エリックになぞらえていただろう。


「あぐっ! はっ! ひっ……はぎっ!? リムさんの……め、盟友……?」


 フィルルの掌の腹で口と鼻を塞がれ、呼吸もままならないイザヴェラ。

 フィルルはイザヴェラを片手で軽々と持ち上げたまま、荷台の後部へと移動を始める。


「……捨てますわ。休憩場所へと近づき、馬車が速度を落とす前に……フフフッ!」


 空いている左手で幌を開けたフィルルが、イザヴェラの体を馬車外へと浮かせた。

 フィルルの怪力を目の当たりにして驚いていたネージュ、多少の暴力はいつものことと静観していたステラが、いよいよ止めに入る────。


「ま、待ってくれフィルル! なにがあったのかは知らないが、イザヴェラに非礼があったなら隊長のわたしが詫びようっ! だからその手を離さないでくれ──!」

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