第044話 集結(3)

「……ンフッ♪ 除籍者が出張ってきて、ごめんなさいね?」


 グラウンドに停車したトラックの荷台から、一番手で下りてくるロミア。

 前副團長の登場に、戦姫團兵が一気に沸き立つ──。


「ロミアさんっ!」

「ロミア様っ!」

「ふ……副團長ッ!」


 いまや映画俳優として認知されているロミアだが、ここでは偉大なる軍人の名として呼ぶ声が、連鎖的に沸き起こる。

 現副團長・ステラの隣に立ちながらも、思わず「副團長」と叫んでしまったノアが、骨ばった軍人の手で口を塞ぎ、深々と頭を下げて陳謝。


「も、申し訳ありません……副團長・ステラ様ッ!」


「いえ、気にしていませんので。どうぞ、存分に旧交を温めてきてください」


「すみません。では、失礼しますッ!」


 わっ……と戦姫團兵がロミアへと集う中、ノアが抜けて一番手で到達。

 かつての上官であるロミアの前に立ち、乙女らしく瞳を潤ませる。


「ロミア様ッ! 名女優の慰問ッ……心より感謝しま────」


 謝辞の途中でノアの巨躯が瞬時に浮き、天地を逆にする。

 電光石火のロミアの護身術が、ノアを背中からグラウンドへと叩きつけた。


「なッ──!?」


 すぐに起き上がろうとするノアの鼻先へ、いつの間にか抜かれていたロミアの長剣、その切っ先がつかず離れずの位置にある。

 ノアの全身が硬直。

 同時に、群れようとしていた戦姫團兵全員の足が止まる。

 鋼の剣を振り下ろしたロミアの顔は、美しも現役の軍人の顔────。


「ノア……? 俳優に男も女もないのヨ? それから、この闘気を慰問と見紛うようなら、あなたの修練もまだまだ……ネ。ンフフフッ♪」


「し……失礼いたしました……。俳優、ロミア・ブリッツ様。このたびの、深く感謝いたします……」


「……よろしい。ンフフフッ♪」


 ──カッ!


 瞬きよりも速く、鞘へと収まるロミアの剣。

 仰向けで四肢を大の字に広げたまま、身震いがやまないノア。

 ロミアの剣の間合いへ入ることを、ためらう戦姫團兵。

 失踪したイザヴェラの探索を諦めたミオン、軍馬の世話をしていたマヤは、かつての戦姫團副團長の技の冴えに、動きを止めて戦慄。

 その中でただ一人、團内随一の怪力を誇るナホだけが、無防備に駆け寄る。


「ロミアさんっ! その節はありがとうございましたっ!」


 令和日本での戦いにおいて、ナホは重鎧巨兵のパイロットとなり、体高四〇メートルの恐獣・烈玖珠レックスへと挑んだ。

 しかし劣勢を強いられたナホは、思わず逃走。

 その怯みを払拭すべく、生身のままで果敢に烈玖珠の足へ斬りつけたのがロミア。

 軍属を除籍してもなお後進を重んじ、強大な敵を恐れもせず立ち向かうロミアの姿が、かつて一介の村娘だったナホの魂へ火を着ける。

 カナン三姉妹の助力も得て、ナホはティラノサウルスがベースの巨大怪獣に勝利を収めた──。


「ンフフッ♪ ナホちゃんも元気そうでなによりヨ。もちろん、みんなも……ネ?」


 その柔和な言葉を受けて、戦姫團の兵が一斉にロミアを取り囲む。

 破顔する者、涙する者……の面々に囲まれて、感情のコントロールが一流である俳優のロミアも、思わず感涙、落涙。

 その間にトラックの荷台から、ルシャの兄であるログ、そしてルシャの恋人であるセリが、揃って降車。

 その姿に戦慄するは……ルシャ。


「げっ……兄貴っ! エロ眼鏡っ!」


「おーっ、わが妹よっ! てっきり道場にいると思ったがな! 早めに再会できてよかった!」


「ちっ……。こっちは兄貴の顔なんざ、見たくねーんだがよ。今朝がたまで、そっくりな親父の顔見てたんだからさぁ……」


「おいおい、ルシャ。このスマートな美青年の、どこが親父似なんだよ? 性別と剣の強さ以外は、母さん似だろ?」


「髪の色以外、全部親父の遺伝子だろっ!? あー……もうっ! 糸目女の兄貴のあとで、出てくんなよ……。恥ずかしいったらねぇぜ」


 フィルルの兄、ファルンとの落差にイライラがいっそう募るルシャ。

 それを鎮めるべく、申し訳なさそうに目を細めたセリがルシャへと寄り添った。

 相変わらずの端正な七三分け委員長顔で、張りに満ちた巨乳をルシャの左腕へと押しつける。


「すまない……ルシャ。わたしのせいで、ずいぶんと寂しい思いをさせてしまったようだな。ログさんには、正直心も揺れたが……。やはりわたしにはルシャしかいないと正直に訴え、探しにきた。無論この乳房も、おまえ以外にはさわらせては──」


「はあっ? こっちは全然寂しくねーしっ! 気ままな旅で派手に暴れ回ったし、新しい女だって…………おっと!?」


 兄のログ相手に、頭に血が上ってしまっていたルシャ。

 セリの話を聞こうともせず、つい、マヤの存在を口にしてしまう。

 タイミングを見計らったかのように、マヤがルシャの右腕を掴んで抱き寄せた。


「……どちら様ですか? ルシャはわたしの彼女なんですけどー?」


 攻撃的な語りと、太眉を吊り上げた瞳で、マヤがセリを挑発。

 セリもまた、ぼんやりとしか視認できないマヤの顔に向けて、眼鏡越しにガンを飛ばす──。


「それはおかしいな。ルシャはわたしと、将来を誓い合った仲なのだが……?」


「へ~。だったらどうして、ルシャは一人っきりの旅をしていたんでしょうねぇ? 意地悪なから、逃げ出していたんじゃないですか~?」


「失礼な、わたしは現カノだっ! ルシャの下腹部に二つ並んだ、ホクロの存在も知っている!」


「それって初級問題でしょ? 【検閲】の右側をめくったところにある、赤っぽいホクロ、把握できてました~?」


「ぬっ……!? そ、それは……。だっ……だがしかしっ、ルシャの一番弱いところまでは知るまいっ! わたしの左人差し指が、ルシャの【検閲】の【検閲】へとぴったり届く長さだとっ!」


「そこ、弄られすぎて感度弱くなってるみたいよ? きのう抱いたルシャは、わたしの右人差し指を【検閲】に第二関節まで入れたところで、いっぱい悦んでくれたわ。わたしの名前を何度も呼びながら……ね。フフンッ」


「き……きのうだとっ!?」


 直情的に語気を荒げるセリに、嫌味交じりに冷静に切り返すマヤ。

 この状況で一番の被害者は、言うまでもなく肉体の恥部を赤裸々にされるルシャ。


「あーもうっ! おまえら人の体のことバラしまくってんじゃねーっ! すべての元凶は、このバカ兄貴だろうがっ!」


 恥辱と怒りにまみれたルシャが、顔の色を赤髪と同化させる。

 サッと飛び退いてログから間合いを取り、腰の木剣を兄へと向けた。

 その切っ先に敵意がまったくないことを見抜いているログは、落ち着いたもの。


「あ……? この状況で俺に振るか?」


「……ああっと、そうだ。兄貴の嫁さん、もう決まったからな! 親父と母ちゃんにも紹介済みで、がっつり気に入られてっから! このクーデター騒動が終わったら、速攻祝言だからっ!」


「え……。な、なにを言ってるんだ……おまえは……?」


「さあ、頼んだぜ姉弟子っ! こいつに首輪、しっかり嵌めておいてくれよなっ!」


 現役戦姫團兵で、ルシャの剣術道場出身の、顔に刃物傷を持つ大柄の女性兵。

 シモンジュ城塞攻防戦において、敵男性兵から眼鏡を強奪し、着用している。

 その女性兵が、おずおずとログの真正面へと立った。


「あの、憶えておいででしょうか……? 師範に稽古をつけていただいていた、ヒュウ……ですが……」


「ヒュウ……? ええっと、ああ……角の酒屋の娘か! 親父が酒代のツケを棒引きにする代わりに、うちに入門した!」


「は……はいっ! 実はわたし、師範のことを……そ、その……好きでして。なんとかお近づきになろうと、道場主の父上へ銘酒をツケでじゃんじゃん買わせたのです。師範のご両親も、わたしをよく覚えておいてくださいまして……。わたしの剣筋を確認したあとで、除籍後は嫁に欲しい……と、お墨付きをいただきました」


「な、なんだあ……そりゃあ。ほぼほぼ政略結婚じゃねーか……。でも、まあ、しかし……うーむ」


 ログが顎の固い無精髭を指で撫でながら、値踏みするような細い目つきで、ヒュウの顔に走る幾本もの傷跡を追った。

 屈強な体つきのヒュウは、少しでも自分を細く見せようと、両肩を体の前へせり出させて、身をすぼめる。

 しばし思案したログの口から、出た言葉は──。


「うーむ……。実は俺、眼鏡の女が好きなんだが……。傷がある女も、同じくらい好きなんだなぁ」


「えっ……?」


「刃物傷は、男の勲章だが……。女にとっては、自分の操を守るために負った、純潔の証……。だからそれは美しいものだって、母さんから教わってる」


「で、では……っ!」


「結局セリさんも、ルシャのが恋しかったみたいだしな。まあ当面は、師弟関係ってことで頼むわ。ははっ!」


「は、はい……っ!」


 トントン拍子に縮まる、大柄な男女の間柄。

 呆気にとられる、トラブルを期待していたルシャ。

 その背後では、トラックの荷台から最後の乗員が降りてくる。


「ん……えっと……。よいしょっ……と」


 これまで身を披露してきた者たちとは異なり、ヒップを車外に向けての、足先から降りる慎重な挙動。

 六日見狐囚われの地へと、いよいよ辿り着いたリム────。

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