謀略の軍港

関都・シモンジュ

第033話 関都・シモンジュ

 ──かん・シモンジュ。

 西都・ナルザークと軍都・レークの中間に位置する、陸路のボトルネック地帯。

 南北を海に挟まれた細長い土地が随所にあり、それらを繋ぐのは硬い岩盤を基礎とするなだらかな丘陵地。

 岩盤を掘削して陸路を確保した切り通しの数々では、離合できない行商人の荷馬車が立ち往生しては、どちらが道を譲るかの小競り合いが頻発。

 しかしこの道の狭さは国土防衛上で重要な意味を持つため、国および軍はあえて拡幅工事を行わず、ボトルネック地帯の東端に陸軍のシモンジュ城塞を置いた。

 岩盤の切り出しによる石積み、粉砕した岩盤で製造したセメントを利用して構築された城壁を有する、堅牢な城塞。

 それはいま、海軍クーデター派の侵攻を受け、籠城を強いられていた。

 三階建ての角ばった城、その最上階にある執務室の窓から、壮年の男性中佐が外の様子を伺う。

 海、断崖、潮風に削られて凹凸を並べる岩盤の地面。

 城塞の周囲にまともな平地はほぼなく、クーデター軍の布陣は極めて歪。

 十人前後の小隊を限られた平地に分散させて、陸軍側が打って出てくるのを待っての、ゲリラ戦の様相を見せている。


「……遠見から、敵艦船確認の報告はないのだな?」


 そばに直立する若手の兵が、きびきびとした発声で返答。


「はっ! 十時十五分時点の報告では、小型船の確認もありません!」


「……ふむ。わが城塞に鉄壁の撃船場げきせんじょうがあるとは言え、この海に挟まれた土地で艦船を出してこぬのは不自然。きゃつらはレーク港を押さえているというのに」


 角ばった顔の壮年中佐が、黒々とした太い眉を右から左へ親指で撫でた。

 眉間に生じていた不機嫌な皴が、それによって均される。


「……気に入らんな。城を囲っている連中は、ただの足止め。わが城塞は眼中にあらずと言っているようなものではないか」


「女だらけのナルザーク城塞ですら、飛行船を向かわせていますからね」


「戦姫團はプロパガンダに使えるからな。だがそれでも、われらが女の後回しになるのは我慢ならん」


「……いっそ、打って出ますか?」


「そうだな……。奴らは海のプロフェッショナル。このまま冷たい潮風に晒させたところで、疲弊はすまい。地形に慣れる前に、勝負に出るのも策……か。よし、十一時に会議室へ部隊長を──」


 ──バタンッ!


 中佐の発言を遮って、荒々しくドアが開く。

 飛び込んできたのは見張り兵の一人。

 下士官のノックのない入室に、直立していた兵が叱責しようとするが、それよりも早く見張り兵が声を上げた。


「不躾な入室、申し訳ありませんっ! 城塞西、第二切り通しで戦闘が始まりましたっ!」


「戦闘だとっ!? それも……第二切り通しでっ!?」


 シモンジュ城塞西側、ナルザーク方面へと続く陸路。

 第二切り通しは、城塞側から数えて二つ目の切り通し。

 岩盤を削って造られた、幅三メートルに至らないの細い道。

 現在第二切り通し、第一切り通しはクーデター派によってバリケードが敷かれ、通行不能になっていた。

 上官の厳しい視線に及び腰になりながらも、見張り兵が報告を続ける。


「はっ、間違いなく! 西側から進軍してきた戦姫團と、第二切り通しを封鎖している海軍兵が交戦っ! ナルザーク城塞は防衛戦に勝利を収め、これよりわが城塞へ加勢するとのことですっ!」


「バカなっ! 歌って踊るしか能のないあの女どもが、海軍虎の子の飛行船を墜としたというのかっ!? そもそも第二切り通しからここまで、どうやって伝令を──」


 ラネットの人並外れた大声による、シモンジュ城塞へのダイレクトな伝令。

 見張り兵がそれを説明する言葉を選んでいるうちに、新たな見張り兵が部屋へと飛び込んでくる。


「伝令っ! 陸軍戦姫團……第一切り通しを突破! ただいまわが城塞正門へと……到達っ! 敵主力部隊と交戦に入りましたっ!」


「なんだとっ!?」


 激しい息継ぎをして飛び込んできた見張り兵二人の緊迫した表情に嘘はない。

 中佐は早歩きで、再び窓際へと寄った。


「なっ…………!?」


 眼下に映る光景。

 それは、物陰に分散していた海軍の小隊群を、統率された戦姫團の兵が次々と打ち据える様だった。

 オートバイによる機動部隊が先陣を切り──。

 騎馬隊、歩兵隊、砲隊がそれに続き──。

 物資を運ぶ兵站部隊の馬車が、離れた位置で物陰に潜み──。

 そして、宙を舞う謎の兵たちが、華麗に舞って彼女たちを掩護した────。

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