第049話 イマウンド社
──ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
工廠地帯に向けて進軍する戦姫團とセイレーン一行が、激しく闘気を放つ。
それはこれからの戦いに向けて……が半分。
もう半分は、隊列先頭の馬上のフィルルと、並走する馬車に向けて。
運転席と荷台の間にある
フィルルの兄・ファルンと、その恋人の一人であるシノ・イマウンド。
長く艶やかな黒髪、白肌、睫毛が繁る伏せ糸目を持ち揃える、心は乙女の美青年。
シノは一身に向けられる、軍人による殺意染みた嫉妬の視線に戦々恐々──。
「あ、あの……フィルルさん? わたくしが男であること……公にしておいたほうが、よくありませんか?」
「オーッホッホッホッ! これから向かう先は死地! あれくらい覇気があるほうがよしというもの。それにしてもシノさんまでお越しとは、意外でしたわ」
「……はい。此度のクーデターにガスカ社が関与していることは、当家イマウンド社が一早く掴んでおりましたので。フィルルさんが当社の暴走を止めてくださらなければ……この先にある企業は、イマウンド社であったかもしれません」
イマウンド社。
令和日本で言うところのコンタクトレンズを、研究半ばの粗悪な状態で陸軍へ納品し、近視が理由で徴兵を免れる者を一人でも減らそうと企んだ軍需企業。
装着すれば失明の恐れがあるその粗悪な商品「インナーグラス」を非人道兵器と断じたフォーフルール家は、フィルルとファルンに命じて研究所の一つを壊滅させた。
そのことがマスコミで報道されて以降、イマウンド社は軍と距離を置くこととなる。
「それでシノさん? インナーグラスの完成は、成し遂げましたの?」
「まだまだ道半ば……です。レンズ単体の原価こそ、小銭にも満たないのですが……。いま以上の小ささと薄さ、そして抗菌コーティングを実現させねば、眼球へのダメージは抑えられません」
「そうですか……。かの世界では普通に出回っている技術にも、積年の研究と投資があったのでしょうね」
「かの……世界?」
「あら……オホホホッ! 漫画の話ですわ! 忘れてくださいなっ!」
「は、はあ……」
令和四年の日本へと転移の経験があるフィルル。
そこではコンタクトレンズが当たり前のように流通しているのは知っている。
しかしその経験を打ち明けられる相手は、信頼が置ける者に限られている。
兄・ファルンの恋人の一人にすぎないシノへは、その事実は教えられない────。
「にっしししししっ! こちらの麗しきご令嬢は、かのイマウンド社のご息女でありましたか! にししししっ!」
「キャッ……!?」
いつの間にかフィルルの後ろに座っていた陸軍研究團・異能「目」ことシー。
フィルルの細い腰に両腕を回して、会話に無理くり加わってくる。
「そうでしか、まだ研究途上でしか。まあ仮に完成していたとしても、この戦いが終わるまでは内密にしておくべきでしなー。にしししっ!」
「あ、あの……。その眼鏡のレンズの厚さ。失礼ながら、相当な近視と察します。よろしければ交戦の前に、より軽量の眼鏡をご紹介しましょうか? 当社の新製品を、いくつか持参しておりますので……」
「にししっ、ご厚意感謝するでし。しかしながらあちしは、裸眼で八・〇の視力の持ち主でしてー。この眼鏡は、四・〇程度まで引き下げる特注品なんでしし。見えすぎると脳に負担が大きく、人間関係も破綻しやすいんでしよー。にししっ!」
上下の歯を合わせてニカッと笑ってみせるシー。
裸眼視力八・〇というにわかに信じがたい話へ、シノは糸目をわずかに開いたが、それが本当であると証明するようにフィルルが深く頷いた。
その頷きを抱き着いている背中から察して、シーが話を継続。
「ところでそのインナーグラスでしが……。試製品などいま、お持ちではないでしか?」
「あ、はい……。最新版を持ってはいますが、人間の目へ嵌めるにはまだまだサイズも負担も大きく、試用はお断りいたします」
「人間の目には不向き……でしか。まあのちほど、行軍が止まったときに見せてほしいですね。にしししっ!」
「は、はあ……」
シーがフィルルの腹部へ回している両腕。
軽めに閉じている左掌の中で、奇獣・百々目鬼の瞳……シーの第三の目が開眼。
いまの会話をシーの耳を通して聴き、パチパチと瞬きをする────。
そのころ、行軍の馬車の一台の中には、ラネットとトーンの恋人同士、その隙をつけ狙うカナンとミオンの四人が同乗。
幌の中が緊迫のムードに満ちるはず……だったが、ミオンが暗い面持ちで、両膝を抱き抱えてこじんまりとした着席を崩さない。
たまらず正面のラネットが、その理由を問うた。
「……どうしたの、ミオン? さっきから、なんだか暗いね?」
「あ……はい……。これから向かう先に、血縁の……叔父さんの、会社があるので」
「叔父さんの……会社かぁ。じゃあいま工廠の中で、クーデター兵に銃を突きつけられて、無理やり武器を造らされたりしてるんだ……?」
「……違うんです。どうやら叔父さんが勤めている会社が、クーデターを主導しているようなんです。まだ確証はないんですけど……」
「「「ええええ~っ!?」」」
「それどころかわたし……。あの『羽』を通じて、艦載機の発艦に必要なデータを集めていたみたいなんですっ! わたしのお父さんも、風の流れを読むのが得意で……。
「……なに?」
「もしこの戦いで……その風読機を、見つけたら……。粉々に壊してくださいっ! お父さんが生きていたら、軍事利用なんて……絶対させなかったんですっ! でも、でも……それは……」
涙ながらに、言葉を詰まらせるミオン。
たまらずラネットの胸へと飛び込み、発生を続けるための勇気を分けてもらう。
「それは……風読みが上手なわたしが手伝って、お父さんと一緒に完成させた、思い出ある形見っ! 自分で壊せるか……わからないんですっ! だから壊すのは、大好きなラネットさんに…………ンアアァアアァアアンッ!」
ラネットはその小さな体を、優しく真正面から受け止め、二度と離さない……という頑なさ、優しさで、ミオンの全身を抑え込むように包んだ。
複雑な生い立ちを持つミオンに、正妻のトーン、側室のカナンからは物言いなし。
ミオンの頭を優しく撫でながら、ラネットが耳元で囁く──。
「……わかった。ボクは伝令兵だから、前線には立たないけれど……。もしボクがその機械を見つけたら、ぶっ壊しておくね」
──戦争。
ミオンがこの戦いで落命しない保証は、いっさいない。
件の機器が改国派から奪還できても、再び軍事利用される可能性は大。
それを内々に破壊する使命を、自身の万一の際を考えて、ミオンはラネットへと託した────。
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