第35話 おれは討伐隊の一員なんだ

 リュシアンの何があった、になかなか答えようとしないジャンとアルベール。互いにお前が話せと言う感じで小突きあっている。リュシアンがイラついているのを見て、おれは「ところで」と声を張り上げた。


「ガスパールは?」


 幹に捕まっていたジャンとアルベールだが、追跡組は三人、ガスパールが残っている。


「いやあ、それが」


 アルベールが眉をかきながらジャンを見たが、こちらは助け舟を出す気はないらしく、肩をすくめている。


「張り切って追いかけたんですよね、おれ」


 との説明から始まったアルベールの言い訳。


 慎重に追おうとするガスパールの忠告を無視し、アルベールだけ先に馬を駆けらせたのだという。


 そして荷馬車を発見し信号弾を撃つ。それを見たジャンも合流し、二人で追跡を続けたそうだ。で、荷馬車が停まったため、下馬し茂みで観察するも、しばらく待っても中から人が出てくる気配がない。だから荷台に乗り込むか、中を確認しようとアルベール近づいたところ。


「あっさり捕獲されまして、木にぐるぐる巻きですわ」


 たはは、笑うアルベール。そのアルベールを助け出そうとしてジャンも捕まったという。


「追跡がバレバレだったんですかねえ。やっぱおれって突撃が性に合ってまして。尾行は苦手ですねー」

 

「隊長、ぼくは止めたんです。ガスパールを待とう、って」

 と、ジャンが口を開く。

「でもアルベールって人の話聞かないでしょ。隊長の指示だってたまに無視する奴ですから」


「間抜け」


 リュシアンの低い声に、笑っていたアルベールは顔を引きつらせて固まってしまった。


「それで」とリュシアン。

「ガスパールは?」


「まだ合流できてなくて。どっかにいるんじゃ……」

「ここにいますよ、隊長」


 ざく、と草木を分けて現れたのはガスパールだ。手綱を引く馬にも彼にも怪我はない様子だ。


「荷馬車の目的地を見つけました。山小屋です。木箱に入った何かを運ぶところまで確認しました。どうします、突撃しますか?」


「そうだな、ここまできたら今日中に」


「やめない?」

 おれはリュシアンの袖をつかんだ。

「もう暗くなるよ? それにさ、なんか天気も怪しいし。場所がわかったんだ。また作戦練り直してからでも遅くないよ」


「おれはこのまま突撃したいです」

 アルベールがハイハイと背伸びまでして挙手する。

「追跡がバレてましたし。今日中に逃げだすかもしれないじゃないですか。その前に捕まえましょう」


「出てくるのはレゾンでしょうね」

 フォア卿が顎に手をやり、考え深げにする。

「山小屋の住人は見ましたか?」


「いいえ」

 ガスパールが応える。

「でも中に誰かいましたよ。馬車が停止するとすぐドアが開いたので」


「血の保管場所かも」


 声が大きすぎたのか、リュシアンが怪訝な顔で「ミシェル?」と眉をしかめたが、おれは気にせず続けた。


「山小屋にレゾンがいるとは限らないじゃん。山奥なんかじゃなく、普通に街で暮らしてる可能性もあるよ。森には血を保管してるだけかもね。だったら今日、無理して行かなくても良くない?」


「何だろうと行けばわかりますよ」

 

 ジャン。アルベールも「さーて行きますか」とベルトの剣を触っている。おれ以外は、今すぐ出発したそうだ。フォア卿ですら馬に乗ろうと鞍に手をかけている。


「おれは反対! 今すぐ行かなくていいって。嫌な予感がする、罠かもよ」

「だったらミシェルは帰れよ」


 突き放す態度のアルベール。イラついているのがわかるが、おれは「一人だと森で迷子になる、皆で帰ろう」と駄々をこねた。


 いつもの甘いリュシアンなら妥協してくれたかもしれない。でも今回は「山小屋に案内しろ」とガスパールに言い、騎乗してしまった。リュシアンは忙しい。それに教会支部が絡んでいる事件だ。この機会を逃すと次はないと思ったのかもしれない。


「ミシェル、行かないならアルベールとジャンに馬を貸せ。お前らの馬はどこだ?」

「あー、逃げました」


「ミシェル」


 リュシアンと目が合う。感情が読めない表情だ。怒ってる?


「逃げた馬を探してきてくれ。もう一人、ジャン、手伝いにお前が残るか?」

「追跡が苦手なアルベールが残ったほうがいいのでは?」

「そうか。なら、アルベール」

「えーっ、レゾンはおれが狩るんです!」


「わかった」おれは抵抗を諦めた。

「おれも行く」


 アルベールが乗ろうとするのを押しのけて、鐙に足を掛ける。


「あ、ミシェルっ、おれも乗せてくれ」

「重量オーバー」


「フォア卿、お願いします」


 ジャンが鞍に飛びつくと、「ええ、まあ」と渋々だが応じるフォア卿。


 ガスパールが先頭になり出発だ。アルベールが「ミシェールッ」と叫んだが、おれはリュシアンのすぐ後ろについて馬を駆けらせた。結局、アルベールは馬に頼らず自力で移動したのだけど、山小屋までそれなりの距離があり、到着した時の彼は今から戦うなんて無理な状態だった。


「死ぬ。ゼェゼェ、全員、冷たすぎる」

「鍛錬が足らんのじゃないか」

「ガスパールに賛成だな」

「良い運動になったじゃないですか」


 フォア卿をひとにらみしたアルベールは、今度はおれに、


「ミシェルがこんなにも薄情だとは」


 胡散臭い泣き真似をしている。


「だって後ろに乗られるの嫌だし」

 おれは山小屋の方を見ながら言う。

「お前の息がかかるのも嫌だし腰に触られるのも嫌だ」


「そんな、仲間を変態みたいに」

「ミシェル」


 リュシアンが呼んでいる。アルベールは、おれの肩にすがろうとしていたが、両手を上げた状態で止まった。


「何?」

「お前とフォア卿は待機だ。残りはおれと行く」


 へーい、と間の抜けた返事のアルベール。でも表情は引き締まっている。ジャンとガスパールも集中している様子だ。その緊迫した空気に、おれは反論できなくて「了解」と小さく返事した。


 山小屋からは何の音も聞こえてこない。リュシアンがジャンに耳打ちし、彼だけ茂みから先に出る。向かったのは正面に停まる荷馬車だ。荷台の扉をゆっくり開けると、ジャンは振り返り、頭上でバツ印を作った。


「中はカラのようですね」


 フォア卿がつぶやく。リュシアンが無言でうなずいた。おれは背から弩を下ろして抱えた。相手がレゾンなら——おれは討伐隊の一員だ。命を託し分け合う仲間の一人だ——おれはポシェットから銀の杭を取り出して静かにセットする。


「出るぞ」


 剣を抜いたリュシアンが足音を立てず茂みから出ていく。後ろにアルベール、それからガスパールが続き、荷馬車を確認したジャンも合流した。


「我々は裏に回りましょう」

「そうですね」


 おれが先に動いた。茂み沿いに移動して、山小屋の裏に向かった。


「レゾンを見たことありますか、ミシェル?」

「いいえ。腐った吸血鬼ばかり見てきてます」

「あなたの奥さんは——」

「今その話します?」


 立ち止まり振り返ると、あとを来ていたフォア卿は両手を上げていた。


「撃たないでくださいよ」

「ああ、すみません」


 おれは弩を下げる。


「ぴりぴりしてるもんで」

「そのようですね」


 裏口が見えてきた。よく知っている。裏には薪が積んであって、軒に渡したロープには収穫したばかりの薬草を乾かしてある。あの薬草は森で収穫したもので、「蕾の時が一番に薬効が出るのよ」とラミアが教えてくれたっけ。


 瞼がチカチカする。この山小屋はラミアの住まいだ。ラミアの家だ。おれが通い詰めた森にある小さなお家。


 今日、彼女が着ているブラウスはおれがあげた麻の生地を仕立てたものかもしれない。この前、もうすぐ完成しそうと、あとは襟を付けるだけになっていたブラウスを見せてくれたから。


 ギャザーをたくさん寄せてふらりとした袖で「贅沢よね」と笑っていた、あのブラウスを着ているのかもしれない。その白い胸におれが銀の杭を打ち込んだらどうだろう。彼女の血は何色か、黒か紫か緑か、何を言ってるんだ、吸血鬼も人と同じ、その鮮血は紅に散る薔薇なのだ。


「声が」


 茂みの裏で体勢を低めていたフォア卿が中腰程まで上体を伸ばす。

 裏口の戸が開く。おれは真っすぐに立った。腹に力を込め、弩をかまえる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る