第5話 吸血鬼の倒し方

 カロン助祭は、吸血鬼を見事に粉砕した最新型のいしゆみを眼前まで持ち上げると、目を細め、うーん、と唸る。


「威力はどうだった? 報告ではまずますだったらしいな」


 誰から聞いた報告だよ。アレでまずます? ターゲットは銀の杭が触れた瞬間、肉片をまき散らして大爆発したというのに。


「威力はありすぎだよ。もっと抑えたほうが安全」


 頬杖を付き、そう伝える。


 元祓魔師エクソシストだった経歴からすると、カロン助祭は結構年上な気がするのだが、三十歳を超しているようには見えない人だ。


 ボサボサの黒髪に、お前が吸血鬼なんじゃないのかというほど顔色はいつも悪いし、痩せている人だけど、ちゃんとした祭服を着た時なんかは大貴族の息子でも通りそうなくらい見栄えがする人物でもある。


 彼は教会に捨てられた孤児だと聞いている。もしかしたら貴族の婚外子かもしれない。修道院にはそういう人がたくさんいた。修道士や騎士団員にも、だ。


「なあ、カーテン開けて良い?」

「やだね、十分見えてる」


 カロンの却下に、ため息が出る。


 カロン助祭の作業部屋はいつ訪ねても暗くて深夜を思わせるから苦手だった。それに本人は否定するけど、絶対に血の臭いがする。今も暗がりに目を凝らすのは控えてるんだ。だって何が転がっているかわからないから。一体、どんな実験をしているのやら。


 助祭の仕事そっちのけで作業部屋に入りびたっているカロンは、その経歴と武器開発の才能から、支部に所属している部隊すべての顧問なのだが、討伐率一位のおれたち小隊をあからさまに贔屓していた。最新型の弩をおれに使わせているのもその一つである。


 吸血鬼を討伐するには、神聖力を込めた剣で首をはねる、または、心臓に銀の杭を打ち込む必要がある。この銀の杭も何でも良いわけじゃなく、質が悪いものだと効果がない。銀の純度、それから司祭の祈祷が必要だ。


 おれたちシアン・ド・ギャルド聖騎士団には、リュシアンのように神聖力を持つ騎士も所属しているけれど、全員がそうではなく、ほとんどは銀の杭を心臓に打ち込むことで討伐する。


 そうなると神聖力のない隊員は暴れる吸血鬼を押さえつけ、体液から感染する危険を冒しながら戦う必要が出てくるのだ。


 それに神聖力だって限界があった。人によるけど日に三体がギリギリってところだろう。リュシアンは以前、集団感染した吸血鬼三十体一人で討伐して軽く伝説になったが、その翌日は丸一日寝ていたし、その後もしばらくは体がしんどそうだった。


 というわけでカロン助祭が開発を進めているのが、肉弾戦なしで討伐できる、対吸血鬼専用のいしゆみなのだった。


「攻撃力は十分ってわけか。にしても不満顔だな?」

「だってさぁ」


 おれは頬杖を解き、だらりと作業台に突っ伏す。


「討ち取るたびに爆発してたら肉片浴びて危険すぎ。あと片付けに困るじゃん。今回は納屋を燃やせばよかったけどさ、そうじゃないときは飛び散った肉片を一つ一つ拾い集めるわけ? めんどっ」


「派手さの欠点はそこか。威力は控えよう。で、他に要望は?」

「何より重大な欠点がある」

「聞こう」


「弦を張る力が重すぎる。ひとりじゃ杭を装着できない」

「ほう。で、今回はどうした?」

「仕方ないので、リュシアン隊長にやってもらいましたぁ」


 軽く敬礼のポーズを取ると、「それは屈辱でしたな」カロンは、おれの頭をくしゃりとなでる。


「わかったなら、もっと軽くしてくれ。一人でも装着できるように」

「よかろう。滑車をつけてみるかな」


 カロンはまた弩を眼前まで持ち上げると、水平にして弦の状態を見る。

 おれはカロンより先に言った。


「ボロボロでしょ。弦を毎回張り替える必要があるなら、実践向きじゃないよ」


「だな」と、彼は嘆息して作業台に弩を置いた。


「飛距離を短くする方法はとりたくないな。やっぱりユニコーンのたてがみが必要だ。それなら何倍にも頑丈になる」


「そのユニコーンはどこにいるのさ」

「おれの頭の中」

「ダメじゃん」


 笑うと、カロンはへなへなと座り、おれと同じように台へ突っ伏した。


「バカ貴族のせいでよぅ」


 カロンは低い声で毒づく。


「ユニコーンの生息数がうんと減ってしまった。そのせいで吸血鬼討伐に支障が出るってんなら、まずは貴族どもから吸血鬼に感染し、先頭切っておれたちに抹殺されるべきだ、そうだろ?」


「さあ」


 肩をすくめてその話には乗っからない。


 でもカロンは「貴族の大バカ野郎が」と罵りが止まらない。ユニコーンは昔、森にたくさん生息していたそうだ。人間を怖がるからあまり見かけない馬だったらしいけど、実在したという。


 でも半世紀くらい前、ユニコーンの角で作った杯で飲むと不老不死の効果があると噂が広がり、そんな迷信を信じたカロンのいう「バカども」のせいで、生息数が激減。今では真偽不明の角やたてがみが、裏ルートで売買されているだけになっている。


「それより」


 おれは、貴族の一人や二人が、本当に呪われたんじゃないかと思うほど熱心に呪詛っているカロンを励まそうと、話題を変えた。


「異動の話、聞いた? 助祭もおれたちと一緒に行くんだよね」

「あの話か」


 ちっ、と舌打ちするカロン。


「せっかく最高の作業部屋を設えたってのに、異動とは無念だ。しかしお前らに去られるのはもっと無念だからな。共に行こうぞ」


「感謝してます。おれ射手、気に入ってるんだ。そのいしゆみはおれ専用にする」

「剣よりやっぱりこっちがいいだろ?」


 嬉しそうなカロン。にやっと笑うので、おれも微笑み返す。


 普通、騎士は射手を見下す。剣こそ最高の武器、遠くから撃つ射手は臆病者というわけだ。でもおれは剣でぶつかり合うより、狙いを定めて一撃食らわすほうが良い。


 特に対吸血鬼の戦闘ならなおのこと。あの瘴気を放つ肉体に近づき斬り込むより、ぶっ放したほうがスカッとする。だいたいおれには剣術の才能がない。頑張ってもガキが「やーやー」元気にやってるみたいになるのがオチだから嫌なのだ。でも弩を使って杭を放てば、今日みたいに華々しく活躍できる。


「おれを射手に指名してくれてありがとう、カロン助祭」


「そうだろそうだろ。おれは見る目があるんだ。ミシェルなら冷静だし、練習熱心だし、力任せに剣をぶん回すだけの能無しとは違う。狭い場所も高い場所も、ちょこまか移動できるのも利点だ」


「ちょこまか?」


 むっときた。でも饒舌になってるカロンは気づいてない。


 というか、この人も剣術の才能がないらしいから、騎士への妬みが弩開発の情熱に向かっていそうなんだよな。


 だって、上層部からは神聖力がなくても討伐できるよう、聖剣の開発に力を注げと言われているのに、「剣は古い、時代は飛び道具です」と突っぱねてるから。


「ミシェルよ、お前なら、他の隊員の上に担ぎ上げてもらって見晴らしの良い位置から撃つこともできるじゃないか。それにな、小柄な青年が一番強いっていうのがツボなんだ、おれは」


 へへ、と笑っているが、正直気色悪い


「うちで一番強いのは、リュシアンだよ。おれは二番手になる」


「はいはい、そうだったな。けどリュシアンは別格だろ。あの神聖力はちょっと卑怯だぞ。あいつ一人いりゃもう十分じゃん」

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