第6話 移動中、村を襲う吸血鬼を急遽討伐

 アルベールが斬り落としたので、吸血鬼は片腕だけになっていた。


「もう一撃で倒すから。銀の杭、用意しといてよ」


 そう叫んでジャンが踏み込む。だが、吸血鬼は屋根の上まで跳躍して逃げてしまった。


「うわあ、めっちゃ跳ぶじゃん」

「腕より足斬りゃあ良かったな」


 屋根伝いに逃げていく吸血鬼を見上げているジャンとアルベール。


「危ないっ、後ろ」


 おれの声に反応してアルベールが動く。


 彼の背に飛びかかろうとしているのは、屋根に跳んだのとは別個体の吸血鬼だ。こっちは四肢そろっていたが、皮膚が腐っていて、あちこちから骨が覗いている。滴る唾液を顔面に被りそうになったアルベールは、尻餅をつく恰好でからくも避け、そこへジャンが水平に剣を振るう。刃は首を捕らえたのだが。


「ダメだ、こいつ骨固い」

「隊長、応援要請っす。助けて」


 けど隊長のリュシアンはリュシアンで、四方を囲んでくる吸血鬼と対峙していて身動きできないでいる。正直、彼の実力なら神聖力たっぷりの斬撃で吹き飛ばせそうなのだが、それをすると周囲の民家まで消し飛んでしまうので加減しているのだろう。


「耐えろ」とリュシアン。


「無理っ」

「剣が負ける」


 窮地のアルベールとジャンである。


 そんな光景を、カロン助祭と後方で見ていたおれは、いよいよ出番かと張り切って弩をかまえた。しかしだ。助け出してやろうとしているのに、アルベールとジャンが吠えてくる。


「ミシェル、やめろ」

「お前は待機つったろ!」

「撃つな、撃つなよ!!」

「絶対撃つな!」


 それは撃てということか、と視線の位置まで上げて引き金を触るが、馬上にいるカロンから「あれは振りじゃないぞ。本当に撃ったら怒られるぞ」と止められる。


「つまんね」

「おれは見学だけでもスリリングだ」

「助祭って、ほんとに祓魔師エクソシストだったの?」


 絶対に聞こえたはずなのにカロンは無視して、がんばれ戦え、と気だるげに声援を送っている。


 吸血鬼の襲撃に涙目だったアルベールだが、腹を蹴飛ばして下から抜けだし、後方に倒れた吸血鬼の胸へ、ジャンが銀の杭を打ち込む連係プレーを見せた。


 おれは、かまえていた弩を下ろした。


 ——戦闘が始まる前。


「おれたちって栄転だよな?」

「左遷じゃないのか?」

「嘘だろ、こんなに優秀で美男子ぞろいの英雄ばかりなのに?」


 そんな会話をしながら南方に向け移動していたおれたち七名の小隊+カロン助祭一行。


 天候は良く、周囲は草原が広がる一本道。


 馬での移動だが負担を軽減するため、手綱を握り、徒歩で気ままに進んでいた。もっともカロン助祭だけは、「十歩以上歩くと死ぬ病にかかっている」と言い張って、ずっと馬上にいたけど。


 と、そこへだ。


「助けてください!」


 林から飛び出してきた若者に出くわし、村に吸血鬼が出たと言うので、急遽駆けつけ、現在に至る。吸血鬼は数体いるし、村人の避難は遅れているし、でめちゃくちゃ。


 すでに何体か討伐完了したものの、路地や家屋から次々と吸血鬼が飛び出してくる。


 とはいえ周囲を気にしての戦闘で苦労しているだけで、そう力で押されているわけでもない。攻撃はリュシアンとジャン、アルベールだけで行い、あとは村人の退避と討伐した死体収集に奔走していた。でも。


「あーあ、なんでおれは待機なの?」


「死体を運ぶ腕力がないから役立たず。退避もあれで荷物を運んだり混乱する村人を誘導したりで力仕事だから、お前の力じゃ足手まとい」


 カロン助祭が気づかいゼロで言う。さらにこうも付け加えた。


「以前、逃げる住人の山に埋もれていたところをリュシアンに助け出してもらったことがあったろ。全員、あの教訓を得て適材適所という言葉を覚えたのさ」


「悲しくなってきた。でもこの弩があったなら、おれだって……」

「そいつをぶっ放したら、あとで肉片拾うのが大変だろ」


 自分でそういう仕様にしたくせに。

 誰が吸血鬼を爆発させたいなんて言ったよ。


「納屋の時みたいにはできないのか」

「当たり前だろ。お前は村ごと燃やす気か」

「そうじゃないけど」


 でも結局この村は廃村すると思う。こうも大量の吸血鬼が出没した場所は不吉だと言って人が住み続けたりしないから。


「村人の被害は出てる?」


 ちょうどドニが近くに来たのでたずねる。彼は汗を拭きながら首を振った。


「いえ、今のところは確認できていません。怖がってはいますけど」

「そりゃこの数が出たらね」


 正気を失う吸血鬼は単独行動してそうなのだが、意外と集団で襲ってくることがある。瘴気が仲間を呼び寄せるのかもしれない。


「討伐隊員なのに一体も討伐できないなんて、つまんない」

「おれは楽しい」


 馬上のカロンをにらみ上げる。というかこの人、いい加減、馬から下りたらいいのに。


「カロンが武器を改良してくれなかったせいだ」

「滑車はつけてやったろ」


 確かに、そのおかげでリュシアンの手を借りなくても、何とか、本当に何とか、杭を一人で装着できるようになってはいる。でもまだ改良の余地ありだ。あんなの引き金を引く前に、杭をつがえただけで精根尽きる。


「一発だけでも撃ちたい」

「木製の杭に変えたら許可が出るんじゃないか?」

「そうかな?」


 大喜びで嬉々と銀の杭を外して、ポシェットから木製の杭を取り出していると、再び目ざとく気づいたジャンとアルベールが声を張り上げ止めてくる。


「ミシェルは待機!」

「こっちは任せて。何かしたいなら死体の首でも切り離しててよ」


 吸血鬼の死体は銀の杭を刺した後でも、首をねる習わしだ。

 でも。


「おれの力じゃ首落とせない!」

「悲しいな、ミシェル」


 カロンの同情がしみる。


「ごめん、忘れてた」

「やっぱりミシェルは待機!」


 あの二人、ずいぶん活躍してるじゃないか。でも、おれだって射手としてなら負けないはずなんだ。


「木製なら大丈夫。爆発しないもん」

「おれは止めたからな」


 カロンの忠告を無視して、弩に杭をつがえる。ちょうど屋根を飛び回っていた吸血鬼がジャンの背後に着地したので、そいつめがけて撃った。


「ひょっ」と叫んだのはアルベールだった。


 ぐさりと彼の足元に木の杭が刺さる。ジャンは振り向きざまに吸血鬼を斬り、アルベールのすくんだ姿を目にして言った。


「ミシェル、撃っちゃダメだって」

「串刺しに遭うところだった」とアルベール。


「ちょこまか動くからだよ。狙いは良かったのに」


 ね? とカロンを見上げたが、馬上にいるこの助祭は、「おれは止めたぞ」とまた言うだけだ。


 結局、長引く戦闘にしびれを切らしたカロン助祭が、やっと馬上から下りると、この村の代表者と相談し、村ごと吹っ飛ばすことで合意した。


 どうやら別の村に移住する話合いが進んでいたようだが、「皆さんご安心ください。わたしの部隊には神聖力を持つ隊員が所属しているのです。彼の力で村全体を浄化しましょう(ただし家屋はすべて崩壊する)」と持ち掛け、了承を得たらしい。


 というわけで、リュシアンが力を制御せず活躍したおかげで吸血鬼は消え、家屋も消えた。避難していた村人たちは、「神を見た」とか「村全体が祝福を受けた」とか感動し泣いていた。わかる。人智超えた力だもんな。でもよく見て。故郷が更地になってるよ。


 さすがのリュシアンも、ここまで盛大にやると疲労困憊したらしく、他の隊員だって疲れていたので、今夜はこの場で野宿し、翌朝に出発することになった。


 そして食事をとりつつ火を囲んでいたのだが、話題は再び「左遷なのか栄転なのか」になった。


「おれが一緒なんだぞ。栄転に決まってる」


 立ち上がり頬を染めているのはカロン助祭だ。手には酒瓶がある。

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