第7話 ミシェルは人気者
酒瓶を振り回し、喚いているのはカロン助祭だ。
「この天才を引き連れての異動が左遷だと? んなもん栄転だ、栄転。プリュイ領内に入ってみろ。拍手喝采でパレードが始まるに決まっている。今から背筋伸ばして歩く練習をしておくよーにっ」
へーい、と間延びした声が上がる。
「左遷だな」「うん、左遷だ」なんてヒソヒソ声も。
「なあ、リュシアン」
おれは隣に座る彼に声をかけた。リュシアンは、火をぼんやり眺めていたようだが、顔を向けてきたので、さらに肩を寄せて小声でたずねる。
「任地が変わってもさ、おれたちの隊長なんだよね?」
「だと思うけどな。小隊ごとの異動なんだから」
良かった、と安堵。と、「知ってるか?」と大きな声がするので、そちらを見る。ユラユラしているカロン助祭を押しのけて、アルベールが立ち上がり酒瓶を振り上げていた。
「おれたちは裏で『ラパン隊』って呼ばれてたんだぜ」
「ラパン?」
「誰がウサギちゃんだよ」
不服の声。
「おれたちは精鋭部隊だぞ?」
するとアルベールは、
「誰って、わかりきっている」
ひひひ、と周囲を見回し、視線がおれで止まった。
「誰?」と聞いたのはジャン。
「うちにはミシェルちゃんがいるからだ」
うえーい、とアルベールは叫ぶと酒をラッパ飲みだ。
「あぁ、そういう」
「それなら、ヒヨコ隊じゃねえか?」
ほらほら。やっぱ、つまんねぇネタだ。
「待て待て。ラパンっつぅのは」
ニヤと笑い、また一人立ち上がる奴。
普段は無口のジェルマンだ。こいつの手にも酒。
「モテ男の美男子ぞろいってことだろ!」
「嘘だあ」
「何で?」
「ウサギは子沢山だから?」
「おぉっ」
「いやー、おれは普通にミシェルが所属してるからラパンだと思うけどな」
「いやいや、それならプサン隊だって。ミシェルは、ぼくらのヒヨコちゃんだぞ。そうでしょ、隊長?」
だがそんな話題には乗らず、リュシアンはおれを見て言う。
「で、ミシェルの疑問は、さっきので終わりか?」
「あ、えっと隊長が変わらないならいいんだ」
「おいおーいっ」
「おれたちもいるぞ、ミシェルちゃん」
こいつら、酔いすぎだろ。キモいんだよ。
本当にうるさい。へらへら歌うなよ。
なにがジュテームだ。キス投げてくんな。指笛もやめろ。
「ミッシェッルッ、はい、ミッシェッルッ」
「おれたちは常に一緒だ、ミシェル!」
「おれたちの
何なんだよ。こいつらと同じ部隊なのが恥ずかしいわ。
「あのさ」
おれは完全無視を貫き、リュシアンに話しかけた。
「実はもう一つ、気になってることがあって」
するとリュシアンじゃなく、アルベールが「諸君静粛に!」と黙らせる。
「ミシェルが何か気になることがあるらしい」
「それは大変だ」
「よし、聞こうじゃないか」
静まる場。
話しにくいだろ。
それでも聞いときたいから、がんばって言うけど。
「部屋割りはどうなるのかな、って。変わる? おれは今までみたいにリュシアンと一緒が良いんだけど。ダメかなあ」
リュシアンが一瞬カチと固まった気がした。
でも彼はすぐに返事する。
「ダメじゃないけど。向こうでは個室がもらえるかもしれない」
「ふぅん」
それなら、そのほうが良い。でも隊長の身分ならまだしも、おれが個室をもらえるだろうか。入隊歴でも下から二番目なのに。
「でも、もしもだよ。他の奴が一緒だったらどうしようか」
「どうしようか、って。個室か、おれと同室になるようにしたらいいんだろ?」
「本当? そうしてくれる?」
部屋割りは、何より重要なことだ。
睡眠の質は同室者の気品によって変わると思う。
おれはゴブリンと同室は嫌なのだ。
「ミシェル、ミシェル」
と呼んでくる声。主はカロン助祭だった。座るのも疲れたのか、助祭は横になってだらけている。
「おれがいるぞ」と自分を指す。
「リュシアンが無理だったとしても、おれがお前と一緒に寝起きしてやる。な?」
おれは黙って顔をしかめただけだったけど、聞いてた他の連中が、爆撃が降ったみたいに騒ぎ出した。
「何で助祭が、しゃしゃり出てくるんですかっ」
「あんた聖職者だろ。ミシェルと同室なんて無理に決まってんだ」
「そうです、騎士団と助祭じゃ、宿舎が違うでしょう」
と、これに対して、カロン助祭は起き上がり、くわっと反論しかける、その前にだ。
おれは大声で言った。
「おれはリュシアンが良いのっ!」
「何でだよぅ」
「おれたちじゃ部屋が臭くなるってか、え、そうなのか」
「おれは清潔だああああ!」
「隊長ばっかりズルいですー」
「おれだってミシェルと同じ部屋が良いな」
「部屋割りはクジ引きしましょう」
「どうでしょう。ここは、いっそ騎士らしく決闘で決めますか」
「バカ野郎、それだと隊長一人勝ちだろうが。死にてぇのか、アルベール!」
「現実を見ろぉ、おれたち全員で挑んでも即死なんだよぅ」
泣いてる。何だ、こいつら。酔っ払いにも程があるぞ。
まあ確かにおれと同室になりたがるのもわかるけど。
だって一番小柄だしな。うん。
おれと一緒なら部屋が広く見えるもの。他の奴らは無駄にムキムキしてて大きいから、そこにいるだけで室温が上がる気がするし、天井が低くなったように感じる。
「リュシアン」
おれは不安になってリュシアンの袖を引いた。手を合わせて頼む。
「おれ、リュシアンが良いんだよぅ」
「わかってるから、心配するな」
でもリュシアンは目をそらした。何てことだ。こいつらが騒ぐせいで、気が変わろうとしてる。大変だ。おれはぐいぐい袖を引いて、こちらを向かせようとした。
「なあ、おれ、リュシアンと一緒じゃないと、いやらんらよ」
「……ミシェル、いつの間に酒を飲んだんよ」
「のむもんら、よっぱらいは、あいつりゃだ」
怒ってゴブリンの群れを指差すが、奴らは「あちゃー、飲んでる」「酔ってるぞ、ミシェルちゃん」と不届きな発言ばかり。
「りゅりあんっ」
「誰だよ、こいつに酒飲ましたのっ」
「ごめん、おれだわ。でも軽く一杯だけよ?」
「助祭っ!!」
ホワホワする中、やんやんとうるさい声がしている。
でもこれだけは言っておきたい。絶対、同部屋はリュシアンが良いのだ。
リュシアンは酒もあまり飲まないから夜中に酔っぱらって騒ぐなんてこともない。彼はゴブリンではない、素晴らしい!
ゴブリンの前で寝てみろ。何をされるかわかったもんじゃないんだ。
新入りのドニに、こいつらがした所業を知らないとでも思っているのか。寝ている顔に、炭で太眉描いて遊んでたんだぞ。なんてふざけた奴らだ。ゴブリン大嫌い!
「るりあん、おねがいらよ。いっしょ、ね、いっしょらお?」
ぎゅっ、と袖をにぎって見上げると、リュシアンは片手で顔を覆って隠していた。こちら側からでは表情がよく見えない。なんとなく赤い気がする。ワガママ野郎だと怒ったんだろうか。
「ごめんらさーい、おこらなーで」
生存をかけた一大事とはいえ、甘えすぎたようだ。
必死で「ごめんらー、ごめんらー」と謝罪していると、ざわつく小声が周囲から聞こえてくる。
「おれたちは何を聞かされてるんだ」
「聞こえないふりをすべきなのかな?」
「おれはガンガン聞くね」
「酔っ払いミシェル貴重だよな?」
と、ハァと頭痛がしている様子のリュシアンが顔を隠していた手をどけた。
「ミシェル」
その顔は怒っているようでなくて安心した。でもやっぱり顔が赤いから、怒りを抑えているだけなのかもしれない。
「他が信用できないバカ揃いだから、おれと同室がいいんだよな?」
「おれ、ゴブリンきらいら」
「何でだっ、おれたちを信頼しろよ、ミシェルぅぅぅ」
「ムリ」
「おれたちは命を預け合う同志だろう!」
「シンヨウ、デキナイ」
「おれたちのこの深い愛が、お前には微塵も伝わってないのか!」
「チットモ」
愛を信じろっ、とおんおん泣き出すゴブリンと「泣くな、あいつは可愛い顔して非道なんだ」と慰めるゴブリン。ゴブリンがいっぱいだ。全員、弩でぶっ放したい。
カロン助祭が、「リュシアン、悪かった。ミシェルは酒禁止だったわ、一杯でもダメだったわ」と謝っているが、ホワホワが限界で、おれはくらっと眠ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます