2章 交易都市プリュイ領
第8話 認知度低い聖騎士団とお菓子が嬉しいミシェル
宿屋と野宿を繰り返し、新任地プリュイ領に入ったのは、教会支部を出てから二十日後のことだった。
プリュイ領には南北を分けるように運河が流れていて、陸路だけでなく航路も使えた。でもカロン助祭が「船酔いする、絶対に陸路だ」と言い張るものだから、五日程度、長くかかってしまった。まあ天候にも恵まれて比較的順調な旅路だったと思う。
森を抜けると跳ね橋があり、向こう側には、石を積み上げた立派な城壁がそびえたっていた。
リュシアンが門衛に通行書を見せると、討伐隊は難なく通過した。でも最後に通ろうとしていたカロン助祭だけは服装が違ったためか、呼び止められてひと悶着起こる。
そのまま無視して城壁の外に置き去りにしても良かったんだけど、
「貴様ら全員に天罰が下るよう全力で祈るからな、おれの力を見くびるなよ!」
ってカロンが絶叫するから、結局、先頭にいたリュシアンが最後尾まで戻って連れて来ることになった。
「お前ら、あの門衛の名前は覚えたか? このおれを誰だと思ってんだろうな、ふっざけやがって。何が通行書を見せてください、ないなら入れません、だ。カロン助祭つったら、本部でも天才で有名だぞ、なあっ!」
まだ熱くなっているカロンに、皆がボソボソと意見する。
「有能な門衛じゃないですか」
「助祭は見るからに怪しいですもんね。聖職者らしさが微塵もないですよ」
「浮浪者だと思われたんじゃないですか?」
何だとぅっ、と馬上から転がり落ちそうなほど身を乗り出すから、全員がそそくさと馬をせかして進む。
さて。
おれは母方の親戚が領主のため、幼少期をこのプリュイで過ごしていたけれど、記憶にあるのは鬱蒼とした森と、ママンと暮らした古びた邸宅だけだ。
だからなんとなくプリュイは広大な土地が広がる田舎だと思っていたのだが、実際には交易都市で、おれが知っているのは、領主の本城がある農耕地帯で北部のみ。新任地の教会支部があるのは、南部の商業の中心地だったから、がらりと印象が変わる。
潮の匂いに帆船、荒っぽい風貌の男たちがいる一方で、見るからに金持ちの紳士淑女が闊歩している。露店には香辛料や異国の生地などが無造作に積んであって、それをついばむ海鳥たち、さらにそいつらを狙う猫や犬の姿まであった。
旅の道中、カロン助祭は何度も、「大歓迎を受けるぞ」と活気づいていた。でも都市の街道に入っても、道行く人が拍手で、なんて様子はまるでなかった。むしろ、馬に乗る黒い外套を着た体格の良い男たちの登場に、警戒し距離を取りながら、コソコソ話をしている。たまに指差す子どももいるけど、親らしき大人に目をふさがれていた。
「おれたちって人気ないね」
「ミシェル、わかってただろ。
隣にいたアルベールがそう言い、「実力者が誰かわかってないんだぜ」と嘆く。
グロワール聖騎士団は教会の警備や大司教たちの護衛を務めている、いかにも聖なる軍団って風貌の気品ある騎士団なのだ。おれたちと違って、制服は白地に金の刺繍。実戦を担っている討伐隊からすると、お飾り集団だと野次を飛ばしたくなるのだが、民からの人気は圧倒的にこっちなんだよな。
だってシアン・ド・ギャルドは、一見すると盗賊団、あるいは人間の服着たゴブリンだもん。ほらまたあっちでも子どもを背に隠してる人いるし。
「悲しいぜ」
「期待なんてしてなかったさ」
あちこちから寂しい溜息が聞こえてくる。おれは、ゴブリンでも聖騎士なんだと認識してほしくて、さりげなぁく背中にある刺繍の紋章を見せようと体をひねった。剣とそれに絡まる白百合。地面に刺さる構図は十字架を示しているのだ。
でも知名度が低いらしく、誰も憧れの目で見ちゃくれない。
「吸血鬼でも出たら、あの人たちの見る目も変わるんだけどな」
ぼやくとリュシアンに聞こえたらしい。物騒なこというな、とたしなめられてしまった。ちぇっ、冗談がすぎたか。でもやっぱり悔しい。ゴブリン兵は置いとくとして、リュシアンが神聖力をまとって剣を振るう姿を見たら、誰だって見入るはずなのに。どいつもこいつも視線をそらしてばかり。もったいないことしてる、って思う。
そんなよそ者扱いたっぷりのまま街の中心部まで進んだが、騎士団の教会支部がある修道院では、やっとそれなりの歓迎を受けた。君たちが来てくれて嬉しい、頼もしいよ、と修道院長は笑顔満点。陰気でガリガリと相場と決まっている修道士たちも愛想が良く握手までしてきた。
この修道院は前より規模は小さく、敷地内にあるのはハーブ園程度で田畑はないが——自家栽培しなくても市場ですぐ買えるからだそうだ——今まで見てきた修道院がどれだけ古臭く時代遅れだったのか思い知るほど、荘厳で頑丈な造りをしていた。
それに設備だって完璧文句なし。最初に討伐隊の宿舎を見せてもらったのだが、なんと桶風呂とシャワーがあるのだ。工房の熱を利用した湯が好きな時間に使えるらしい。さらには、リュシアンが小突いて教えてくれたのだが、礼拝所に併設してある談話室には、常に飴が入った瓶が「ご自由に」と置いてあるという。
「飴って貴重じゃないの!?」
興奮していると、敷地を案内してくれていた侍祭が、笑いをかみ殺しながら教えてくれた。
「プリュイ領は交易が盛んですから砂糖が手に入りやすいんですよ。この礼拝所は一般の方にも開放しておりますから、その方々に振舞っているのですよ」
……なるほど。
よく鈍いといわれるおれにだって、この説明の裏はわかった。
一般の方というのは聖職者以外ってことだろ。つまり貴族や金持ちの商人なわけだ。なあんだ。寄付をがっぽり払ってくれる信者には飴くらいご自由にどうぞ、ってことかよ。
もしも、おれがちょいちょい食べてたら、懲罰房に入れられるのかな。騎士団に入ってから今日まで、夜のお祈りすらしてないし、小銭一枚寄付したことないから。
でもリュシアンが、
「砂糖が手に入りやすいってことは菓子店も充実してるはずだ。落ちついたら街を見て回ろう」
と言ってくれた。
「菓子店! 焼き菓子とかもあるかなあ」
「あるだろ、絶対」
きゃーっ、と思わずリュシアンに抱きつきそうになっていると、そこへ咳払いと、うるさいヤジが飛んでくる。
「見ろ。隊長がプサンを餌付けてるぞ」
「ああやって信頼を得るとは卑怯な」
「ミシェルミシェル。おれだって菓子の詰め合わせくらい買ってあげるよ」
へんっ、お前らに買ってもらわなくても自分で買うやいっ!
でもそっか、うふふ。交易都市なら見たことない菓子だって、たくさんあるかも。果物だってそうだろうし、魚介類も新鮮だろうな。
キラキラしたものがたくさん手に入ると考えると、思わず笑みが出てしまう。
でも鼻歌気分もそこまでだった。
部屋割りを見て絶望したんだ。
「どうして、リュシアンと一緒じゃないんだよっ」
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