第22話 ミシェル接近禁止令とカロン助祭の苦言

 おれたちの追跡は完全に失敗だった。

 待ち構えていたような襲撃にも遭い、ラパン隊、言い訳無用の完敗。


 貧民区で密かに調査しているつもりだった事柄は、大方が先方に筒抜けだったのだ。でなければあの襲撃はなんだ。たまたま森で山賊に囲まれたなんて不運より、うまく城外に連れ出されて敵に囲まれたのだと思ったほうが納得できる。


 だが一方で、仲間の誰一人致命傷を負わずにすんでいた。


 そこは各自優秀な隊員揃いなので、と言えないのが残念だ。だって状況は最悪だった。敵の人数や位置は全く把握できないまま散り散りに逃げただけ。相手が全滅を狙うつもりならできたと思う。おれたちは正直、討伐隊を名乗るのも恥ずかしいくらい気が緩んでいたのだから。


 だから相手が本気で殺しに来てなかったと考える方がすんなりいく。

 つまりあの襲撃は「警告」だったのだ、で皆の意見は一致した。


 といっても、それを恐れて追及を諦めるわけではない。でも、ひとまず保留だ。ここはより慎重に動こうということになった。


 全員、何かしらの傷を負っていた。でも打撲や矢がかすった程度の切り傷ばかり、一番酷いものでアルベールの全身打撲なのだけど、これは追跡していた荷馬車にしがみついていたところ速度に振り回されて落下、あげく馬に踏まれたからだと言うので、果たして襲撃と関係あるかどうか。


 アルベールは部屋で寝ているのだが、見舞うと普段より饒舌になるし、物もよく食べる。多少動きが慎重になっている程度ですぐ通常に戻ったのだから、何だかんだで気が抜けてしまう。


 そういう状況だから、さほど深刻な雰囲気にならなくても良いはずだったのに。


 実際はかなり不味い状況だ。


 なぜなら、おれがすぐに戻らなかったことで、一切事情に通じてなかったリュシアンにも事がバレてしまい、あげく怒り狂った彼による「ミシェル接近禁止命令」を出ているからだ。


 それでおれはカロン助祭の助手をすることになり、日中ほとんど兵舎にいなくて、また訓練も足の怪我を理由に除外。アルベールですら松葉杖を頼りに訓練場に出て基礎訓練に励んでいるというのに、である。


「リュシアン、そんなに怒ってた?」


 おれはすり鉢で何かよく分からん干上がった物体をゴリゴリすりつぶしながらカロン助祭に聞いた。カロンは拡大レンズで熱心にネズミの糞みたいなものを見ていたが、「んー」と視線を上げる。その表情はかなり歪んでいた。


「怒鳴り散らしてくれた方がマシだってくらいだったな。静かなる怒りってやつ。兵舎どころか修道院全体が極寒の地になるかと思った」


「うそだー」


 大げさ、と笑ったが、カロン助祭は真顔で「恐ろしかった。おれですら真剣に神へ救いを求めた」と助祭のくせにそんなことを言う。


「ジャンたちはなんて説明したのさ? もっと適当に誤魔化してくれたらよかったのに。リュシアンに全部白状しちゃったんだろ?」


「最初は誤魔化そうと頑張ってたがな。でもお前が暗くなっても戻らないもんだから、いよいよ怖くなったらしくてよ。まずおれにゲロった。それからおれが宴会に出ていたリュシアンにチクった——ミシェルが森で襲撃に遭って帰ってこないってよ! ……って」


 鬼気迫る声でそう言い、カロンは面白がるように短く「へへ」と笑う。


「あんたのせいじゃんかよ」

「何を言う。おれも心配したんだって」


 ぽんぽんと頭を叩いてくる。何を触ってるかわからない手だから、おれはすぐさまぶるりと頭を振るった。


「おれ、いつまで助手?」

「リュシアンの怒りが静まるまで」

「いつ?」

「さあ。お前次第だろうなあ」


 完全に面白がっている様子のカロン助祭に、おれはわざと大きくため息をついてやった。べつにおれたちは悪いことをしていたわけじゃない。裏に吸血鬼が関わっている臭いがプンプンするなら討伐隊であるおれたちが奮起して事件を探ろうとするのは当然じゃないか。


 でも、こっちに来てから干されたも同然の扱いを受ける討伐隊の立場もはっきりしてくる。リュシアンとカロン助祭。この二人だけが忙しい——副隊長のエルマンも忙しそうだがあれは除外する、内部調査員らしいから。


 周囲からも才能を認められているリュシアンとカロン。リュシアンはその莫大な神聖力と剣技の腕前。カロンは助祭としての能力はおれにはよくわからないけど、神獣や魔獣を材料に聖具や聖武器を開発することにかけては天才だ。


 この二人のどちらか、あるいは両方が引き抜きにあい、小隊ごとの移動でないと了解しなかったから、おまけでおれたち隊員がくっついてきたのが実情だろう。用なしなんだ、おれたち平隊員は。そんな奴らがコソコソ何か探り出そうとしたから警告に遭った、そう理解している。


「なあカロン。今回の件に教会が関わってると思う?」


 真面目にすり鉢と向き合う気になれず、だらだらと作業を続けながら問う。カロンはまたレンズで糞みたいなものを拡大して見ていて、今回は顔を上げずにそのまま返事した。


「どうだろうなあ」

「真剣に考えて」こん、とすり鉢の淵をすりこ木で叩く。

「どうだろうなあ」とまたカロン。でも考えているのか、「んー」とうなっている。


「お前らの行動がバレてたんなら身内に情報を探ってる奴がいたのかもしれんし、お前らの行動がバレて当然の間抜けの集合体だったのなら、教会の連中は無関係だろ」


「血を抜いてたんだ」


 おれは作業台をすりこ木で強く叩いた。カロンがちらとこっちを見たがまたレンズに戻る。


「血が欲しいのは吸血鬼だろ。長期間抜きまくってる。長く血液を摂取したがるのはレゾンだ。危険なレゾンがのさばってるのに、討伐隊の仕事がゼロなんて、こんなのシアン・ド・ギャルドが機能してないに等しい。つまり教会支部の奴らは全員ぐるだっ!」


 どんどんどん、と続けざまに作業台を叩くと、「揺れる」とカロン。駄々っ子を見る目でこっちを見る。


「で、お前らに何ができるんだ。警告を無視して調査続行して何になる?」

「本部に連絡する」

「本部がお前ら平隊員の言い分と支部長の言い分、どっちを信じると思う?」

「カロン助祭とリュシアンも協力してくれるだろ?」


 荒ぶる気持ちを落ちつかせ、両手を合わせてねだってみると、カロンは「それリュシアンにやるなよ」と口を歪めた。


「おれは本部に目を付けられたくもないし、支部長の怒りをかって助祭の仕事をするように言われるのは嫌だ。おれは自由に好き勝手に自分のやりたい研究をしてたい。よって、今の環境に満足してるから文句はない、以上」


「カローォン」


「そんな声出してリュシアンにねだるなよ。トチ狂ったらおれまで巻き添えをくいかねんからな。いいか、ミシェルちゃんよ。もっと低い声出しなさい、甘えないの、わかったあ?」


 しっしっ、とあしらうカロンに、おれは下唇を出して「ぶー」とした。


「あの子たちがかわいそうだ。小さいのに血を抜かれてる、黙って見れらんないよ」

「お前なあ」


 やけに真剣な態度で真向かうので、おれはカロンを真正面から見た。


「貧民区にいる住人してみると血を引き換えに食料をもらえる手段を得るのは、そう悪くない条件だと思ってるかもしれんだろ」


「でも」


「気にかかるなら裏を暴こうとせず、真正面から貧民区の環境改善に取り組め。修道院で過ごしてるんだ、慈善活動にはもってこいの職場だろ」


 それからカロンは、「研究の邪魔をするな、新武器が欲しかったら大人しくすること!」と厳命して、作業に没頭し始めた。


 不満だ。でもカロン助祭の言い分も納得できる。貧民区の人たちを引き合いに出して救いたいようなことを言ったが、その実、本音はレゾンっていう大物を狩りたいだけの見栄っぱり根性がないとはとても言えないのだから。


「おれ、暇だなあ」

「暇じゃないだろ、作業しろよ。ちゃんとすり潰せ、粉々にするんだ、さらっさらの粉にしないとダメなんだぞ」


 見もせずに怒るカロンに、「ちゃんとやってるよ」と言い返すと、おれは怠けを取り戻そうと、そこからは熱心に何だか分からない干上がったものを粉にしていった。

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