第24話 森に住む女性とお茶して会話を楽しむ
愛想よく迎え入れてもらい、持ってきた菓子や果物、生地の束などを手渡すと、彼女は大喜びして受け取ってくれた。
ドアをノックする直前まで、拒絶されたらどうしよう、彼女とは似ても似つかない女性が出てきたらどうしよう、とびくびくしていた。たくさんの手土産だって、張り切ってあれこれ選んで買ってきたものの、いくら傷の手当てをしてくれたお礼だとしても大げさすぎると思われるかもしれないと不安だった。
とても受け取れないわ、と突き返される光景がまざまざと浮かんだ。
舞い上がり先走り、相手がひどく冷静すぎて傷つく自分、そんな姿が出来上がり、早くも心の中で泣いていた。
でもそんな懸念は吹き飛んだ。彼女は終始笑顔だった。また会えて嬉しいと言った。今日はどこも怪我してないわね、と大げさに上体を曲げて足元を見る仕草で笑いを誘った。
あまりに順調すぎて正直警戒してしまった。おれの都合の良い妄想がそのまま芝居として演じられているような感覚だ。合図の音がしたその瞬間、冷たい現実が突き付けられるのじゃないか、そんな疑念が常にまとわりついた。
それでも表面上は穏やかに進んで行く時間。
お茶を入れてくれて買ってきた焼き菓子を早速食べようと言ってくれた。古びた丸いテーブルに向かい合って座った。会話も楽しんだ。彼女は普段森で過ごし、食料もそこで調達していると教えてくれた。街に出るのは年に数回、でも今年は「あなたが上質な生地をくれたから出かけなくて良くなった」と微笑んだ。
服は繕いながら何年も着るし、食べ物も木の実や山菜、キノコ、森になる果物もたくさんあるから何も困らない。鳥やウサギを捕まえて食べる日もあるそうだ。彼女の語り口は、もう何年も森に住んでいる人のものだった——見た目はおれより若く見えるというのに。
「あなたの話をして」
肘をつき乗り出して聞いてくる彼女は無邪気だ。
こっちの素性は手当をしてくれた時からわかっていたようである。隊服にはしっかりと聖騎士団の紋章が描いてあるし、彼女はそれが示す団体を知っていたからだ。彼女は「シアン・ド・ギャルドの人と森で会うなんて思わなかったわ」とにっこりした。少しからかっているような、男を弄ぶ女の笑い方に見えたのが少し気にかかったけど、気分を害すほどじゃなかった。
「あなたに見つけてもらわなかったら、ぼくは森で迷子になっていたでしょうね」
「そうね、運よく発見できてよかったわ」
「ここまで運ぶのに苦労しませんでしたか?」
「少しね。でもこう見えて力持ちなの」
腕をぐっと曲げる仕草をして片目を閉じるようにして笑う。釣られて笑みを返したが、おれは緊張で心臓が口から出そうだった。会話が固くなりかけるのを必死で取り繕う。
なるべく気楽に話せる話題だけにして緊張感を消そうとした。騎士団仲間の話、リュシアン隊長の横暴、カロン助祭の変人ぶり、新しく着任した副隊長がどれほど陰険で大嫌いか。
「ぼくは剣士じゃなくて射手なんだよ。まだ騎士の爵位も持ってないしね」
「この前、背負っていたのがそうよね?」
「うん。カロン助祭が開発した聖武器」
と、おれは口が滑ったと思い、すぐさま話題を変えた。
「こう見えてもね、ぼく貴族の跡取りなんだよ」
「そう見えるわよ?」
「ほんと?」
「綺麗な髪してるもの。瞳も澄んでるし」
頬杖をして見上げる視線に、おれは首筋が熱くなった。
「綺麗な髪と貴族が関係ある?」
無理して笑ってみた。彼女は内心を見透かしたように微笑んだ。
「あるわ。そんな輝いた髪をした奴隷は見たことないもの、瞳も健康的」
「リュシアンはもっと髪が輝いてるし、瞳も綺麗だよ」
彼女の微笑が深まるのを見て、おれは慌てて付けたした。
「あなたも綺麗だよ、もちろん。とっても」
「リュシアンって人は」
彼女は頬杖を解き、椅子の背にゆったり体重をかけた。まるで年配の女性みたいな余裕がある。一方、おれは叱られるガキの気分。
「とても素敵な人なのね、その隊長さん。あなた、大好きみたいだわ」
「そ、そう、そうかも。尊敬してるんだ、すごく。頼りになるし、才能もあるし、見た目も、背が高くて。おれ、ちびだから。ああいう男になったら人生楽しそうだ」
「あなたは今、楽しくないの?」
「楽しいよ」
視線を外して茶をすする。あんまり残ってなくて、すぐ空になってしまった。彼女が招くような仕草をするからカップを突き出す。ポットを傾け、湯気の立つお茶を注いでくれた。このティーカップのセットは失礼な言い方だが、この家とは不釣り合いに高価な品に見えた。滑らかな陶磁器に繊細な薔薇が描いてある。
じっと考え深げにそれを見ていたら、彼女の凛とした声でびくっと情けなく反応して、顔を上げてしまった。
「あなたは背が高いほうじゃない?」
「え?」
「わたしは背が高い方よ。同じくらいでしょう?」
「あなたは女性じゃないか」
笑い交じりに言うと、彼女は数秒黙っていたが、
「そうね」
静かにカップに口を付け、ゆっくり飲んでいく。長く目を伏せているように見えたが、過ぎたのは数秒だったかもしれない。
「そろそろ帰った方がいいかもしれないわ。楽しく過ごしてると、森はすぐ暗くなっちゃうの」
窓に目を向ける。まだ眩しい陽射したっぷりだったが。
「では」と席を立つ。
「また来るよ、菓子でも持って」
「ええ」
馬は道順を覚えていた。それとも何か不思議な力がこの馬を導いているのかもしれない、そんな考えが浮かんでは否定する。結局、一度も彼女の名前は聞けなかったし、おれも自分の名前は言わずに終わってしまった。
ともかくおれはまだ陽が高いうちに修道院に戻り、こっそり戻ったつもりの裏庭で、棍棒片手に仁王立ちしているカロン助祭の出迎えを受けた。
「黙って逃げるとは、おれが甘すぎたようだ。感謝しろ、リュシアンにはまだ報告してない」
棍棒で殴られるのかと怯えたが、魔獣の皮をなめすのに使っていただけらしい。放り投げてくるので、胸で受け止める。ずしりと重く太い棍棒だ。それからすぐ重くて分厚い、臭い皮を投げてよこす。
「凹凸が消えるまで叩け、終わったら食堂に行って良し」
月が輝く時刻になってやっと合格をもらった。腕がぱんぱんでいつもの二倍くらいに膨れ上がっているようだ。まあ見た目には全然変化なく相変わらず貧弱って言葉がお似合いだったけれど。
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