第9話 部屋割りに物申そうとしたら感じ悪い男と出くわす
部屋割りの一覧表が配られ見てみれば、隊長のリュシアンは一人部屋。他の隊員は入隊歴順に二名ずつの相部屋になっていた。
相部屋でも前任地の宿舎より広い。家具もベッドと机で終わりじゃなくて、衣装棚もある。窓は中庭に面していて、広葉樹の植栽は人目を避けつつ目に優しい。もちろん陽射しもちょうどよく当たり、快適なのだ。
でも、「だったらいいや」とは、ならないわけだ。
「どうしてお前と同室なんだよ」
「そ、そういわれましても」
歴が下から数えて二番目のおれは、新入りドニと組むことになる。でもコイツを問い詰めてもしょうがないのはわかってる。八つ当たりだ。
でも不服だ。確かに他の奴より、ドニなら幾分ゴブリン値が低い。まだまだ体が出来あがってなくて、おれと似た薄っぺらい体型をしている。
よって組んだからとて部屋が狭くなるなんて文句はいえない。さらに年齢も十六歳だっけか、それくらいで、おれより年下だ。隊員としても唯一の後輩でもあるから、少々偉ぶれる特典付きではある。実際、おれに対して、「す、すみません」なんてどもるのはドニだけなのだから。
しかしだ。背丈はおれよりあるし、まだまだ伸びるだろう。ひょろい体格だって、訓練するたび、よくなるはずだ。そして立派なゴブリンが誕生する。ええいっ、憎らしい。
まだ部隊に慣れてないからおどおどしているけれど、それだってどうだろう。来年には女を両脇に従えて自慢げに武勇伝を語るようになるかもしれない。うちの隊員はリュシアン以外そんなんばっかだから、すぐああいう風になるはずだ。ゴブリンは感染するのである。
「物申してくる」
憤然とリュシアンを探しに部屋を出た。でも彼は自室にいなくて、どうやらお偉方に呼びつけられて宿舎を出ているらしい。帰ってくるまで待ってようとドアの前で陣取っていると、わらわらと仲間が群がってくる。アルベール、ジャン、ガスパールにジェルマン。全員お揃いだ。
「ミシェル、ドニが嫌なら、おれと組もう」
「アルベールは歯ぎしりするからやめといたほうがいいよ。おれなら死体のように寝る」
「ジャンはいびきが酷いだろ。ミシェル、おれの部屋に来てみろよ。花壇のバラが良く見えるぞ。お前は花好きだろ?」
「花なんてどこからでも見えるでしょ」
「なあなあ、おれと組もう、ミシェル!」
手を引いてくるアルベールを振り払い、周りに言い渡す。
「おれはリュシアンがいいのっ。他は嫌なんだ!」
言いすぎたかな。怒り出すか? と心配したのは無駄だった。
全員、バカ揃いらしく、ニヤニヤしたり、ウフフと不気味に笑いながら互いを小突きあっている。気持ち悪いったらない。こいつら都市へ来てますます頭がおかしくなったんだろうか。お上りさんは浮かれ出すっていうからな。
と、そこへ馴染みのない声がした。気取っているというか、小ばかにした口ぶりだ。
「何を集まっているんです」
前を遮っていた仲間が全員、くるりと声の方向へ振り返って脇へ避けたので、おれの視界も開ける。そこにいるのは、やっぱり見慣れない男だった。でも着ている服は、おれたちと同じシアン・ド・ギャルドの制服。でも羽織っているのは外套ではなく、聖職者が着ているような脛まであるチュニックだ。
「あんた誰です?」
アルベールが聞いた。周りもうなずいて賛同している。男はおれたちを睥睨して見回すと、薄ら笑いを浮かべ、ぴたりとおれで視線を止める。
「君は?」
「あんたこそ誰だよ」
つい強気に言い返してから舌先を噛む。この男、態度からしてお偉方かもしれない。でも同じ隊服だから、そう上位の身分じゃないだろう。まあ下から二番目のおれがいうのもなんだけど。
「わたしはフォア卿だ。エルマン・ド・フォア」
名前を強調するように区切って発音すると、男は、偉そうに胸を張った。でも、おれからすると「だから誰?」に変わりない。「ド」がついていることから貴族の血筋なんだろうが、おれだってこう見えて「ド」が付く貴族である。
やるのか、とにらみ返していたが、「あっ」と驚く声に、少し肩透かしにあった。ジェルマンが部屋割りの一覧表を確認し、フォア卿に目を向ける。
「もしかして新任の副隊長殿ですか」
「いかにも」
うわ、マジかよ。そういえば一覧に知らない名前があるとは思っていた。副隊長はずっと空席だったけど、この感じ悪いのが仲間になるのか。うげーうげー。他も同じらしく、吐き真似している者が二名いる——ジャンとアルベールだ。
「それはよろしくお願いします。お名前を確認した時から、どのような方がいらっしゃるのか楽しみにしていましたよ」
そう丁重に——でも慇懃無礼かも——会釈したのは、騎士団への入隊歴でいうなら一番長くいるガスパールだ。
大方の序列は隊歴で決まるのだが、リュシアンみたいに神聖力があると隊長や副隊長に早くから抜擢される。で、この大先輩はというと神聖力がないわけだが、でも、もしも副隊長に誰か着任するなら、みんなガスパールが適任だと思っていた。
だから、このフォア卿の登場は、なかなか認めがたいものがある。
「君は」
とフォア卿の視線がおれから先輩ガスパールに移った。おれは対峙に強張っていた肩が楽になる。が、すぐフォア卿の視線はおれに戻った。
「隊歴が長そうだね。しかしこの少年は、なぜ隊長の部屋の前にいるんだ」
「……用事があるからです」
「用事とは?」
顎を上げ、見下してくる視線。気に入らない。ただでさえ小柄なおれでは見上げる格好になるのに、さらに偉ぶるなんて。こいつが副隊長? そんな話、全然聞いてない。尊敬申し上げるのは無理。たとえ莫大な神聖力を持っていたとしても、人格が嫌い。
「べつに良いでしょ」
「はい?」
う、怖い。
「だ、だから。ちょっと部屋割りに不満というか」
「不満?」
「そのー、だって、えっと」
まごついて周囲に助けを求めると、ささっとジャンとアルベールがおれの前に立って、フォア卿の視線を防いでくれた。なんたる仲間思いの奴らなんだ。アホばっかと罵倒してて悪かった、ごめん。夕食にプディングが出たら半分あげる。
「副隊長ってどこ出身ですかね? おれたち、隊員が増えるなんて全然聞いてなかったもんで、興味津々ですわ。というか、いきなり来てずいぶん高圧的ですね」
そうそう、もっと言ってやって欲しい。おれたち、お前みたいな副隊長、いらないから。
でも、ギロッとにらんだフォア卿に、後ずさりしてくる盾二人のせいで、おれはドアの間で潰されそうになる。
「ちょっ、もっとがんばれ」
「ミシェル、おれたちだって膝がガクブルなんだ。これでもがんばってんだぞ」
「ふっ、副隊長殿っ」
さらにがんばったジャンの声は甲高く裏返っている。
「何だ」
「おれたちの部隊って精鋭部隊で有名だったんですよ。もしかして副隊長は神聖力を持ってるのかな。もし、そうでないなら、いきなり来て副隊長を名乗ってもらっても——」
「わたしは治癒系の神聖力を持っている」
持ってんのかよ。でも治癒系?
司祭じゃあるまいし、討伐隊の騎士がそれでいばんなよ、必要なのは攻撃系の神聖力だ、と思ったけど声には出せず、びびって下がる一方の盾二人の背中を押し返そうと奮闘する。いやほんとこれ以上下がるなって。潰れてペッタンコになるから!
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