6章 発覚
第28話 的打ち練習と銀の十字架
立てかけた木板の
バシュッと音を立てて杭を放つ。
間髪入れず、すぐさま次の杭をつがえ放つ。三発撃ち、的を確かめた。
「全然真ん中じゃない」
「その距離で的に当たれば十分だろ」
そう答えるのはカロン助祭だ。布を広げ、乾燥させた薬草の莢から、種を振るい落している。片手間で練習を見てくれている感が否めないが、だからといって彼が弓の名手でもないので文句はない。
「吸血鬼に当たればいいんだ、当たれば」
と、カロン助祭は、ばっさばさと薬草をはたきのように振り回す。
「当たりさえすりゃ、おれの天才的発明の成果で吸血鬼は灰と化す」
「でも」
おれは装填してない弩をかまえ、射る真似だけした。
「吸血鬼の心臓をバシュッと一発で狙えたらカッコいいじゃん」
「カッコよさより安全を取れ、安全を」
助祭は落とした種を寄せ集めると、脇に置いていた空き瓶に入れていく。
安全か。まあそれは大切だよな。
滑車とバネのおかげで杭の装填も容易くなったし、何より弩そのものがかなり小型になった。ほとんど重さは感じず、おれの腕の長さよりも短いので、持ち運びも楽だ。
元祖は重いしデカいし弦の張りは硬くてびくともしないしで文句言いまくったせいか、それともプリュイ領に来て資材が豊富になったためか、ともかく快適な武器に改良してもらえた。
「もう少し離れて撃ってみようかな」
「間違ってもおれを杭で刺すなよ」
「たぶん大丈夫」
小走りして三人分くらい距離を取り、再び狙いを定める。冗談でカロン助祭を狙うと、次の薬草の種を振るっていた彼が鞭打つみたいにビシバシ振って、薬草で的を示す。
「恩知らず。ちゃんと的を狙え」
「わかってるよー」
狙いを的に戻し、今度こそ集中する。息を吐ききったところで放つ。バシュッ。
「ちぇっ、さっきよりダメだ」
「今日は終わり、中に入るぞ」
小脇に種を落とした薬草を、開いた片手には、布と種が入った瓶を持ったカロン助祭は、顎で的を示した。
「片付けとけよ。杭も抜いて再利用な。あれだってあの形に彫るのは大変なんだぞ」
「まるで自分が彫ったみたいに言うね」
「お前が作ったわけでもないだろ」
確かに。おれは的の元まで駆けていき、足を乗せ踏ん張って杭を抜く。かなりの一苦労。助祭に手伝ってもらおうと振り返ったが、残念、彼はもう引き上げた後だった。
「なんだよぅ、的を運ぶのも重いし。おれって虚弱」
ぐちぐち文句を垂れながら何とか杭を抜き、片づけを済ませるとおれはカロン助祭の作業部屋に戻った。ここは暗い。あのきっちり閉じた分厚いカーテンのせいだ。
「開けちゃダメ?」
「いつもダメだと言ってるだろ、眩しい」
「さっきまで外にいたじゃん」
「ここには日焼けを気にしないといけない資材がたくさんあるんだよ」
「血生臭い」
「貴重な品の数々だ」
と、カロン助祭は引き出しから何か取り出すと投げてよこした。受け取るとそれは銀製の十字架だった。首飾りにできるように紐がついてある。
「何? おれ聖騎士団に所属しててこんなこと言うのもなんだけど、信仰のために祈りを捧げる習慣ないんだけどな」
「おれもねぇわ」
いやあんた助祭だろ。
「いいから身に付けとけ。杭と同じ材質で作った吸血鬼避けの十字架だ。こいつを投げつけるなり、触れさせるなりしたら、奴らは灰になる。どうだ、すごいだろ」
「なるほど」
おれはカロン助祭に近づき、頬にこの十字架を当てた。
「……おかしい、灰にならないぞ」
「吸血鬼避けだっつったろ」
荒っぽく払いのけるカロン助祭。おれは自分の頬にも十字架をぺしぺし当ててみた。もちろん何ともない。
「これほんとに効果あるの?」
「吸血鬼にはな。この前言ってたろ。人間には害のない武器が欲しいって」
「杭の改良かと思った」
「それは難しすぎるから、こいつで我慢しなさい」
ふーん、と言いつつ、もう一度カロン助祭に十字架を当てる。今度は肩だ。
「これって服の上からでも効果ある?」
「ない。皮膚に当てる必要がある」
「結構な難題だね」
肩から助祭の頭に当てると、「髪でも可」と返事。
「おかしい、灰にならない。ねえ、助祭ってやっぱり人間なの?」
「まさかおれに吸血鬼の嫌疑がかかってたなんて」
心底ショックを受けたらしく、おれから距離をとろうとするので、「だってさあ」と明るく説明した。
「暗い場所が好きだし、顔色はいつも悪いし、部屋は血の臭いがするんだもん。それにいつも手袋してるしさ」
「それは肌が弱いからだ」
「なあんだ。あっ、でも年のわりに若く見えるよね?」
「若い? おれをいくつだと思ってるんだ」
「四十……五?」
「……」
「五十?」
「……」
「あっ、もっと上?」
カロンは黙ってしまった。どうしようもない子を見る目でおれを見ている。
「冗談だよ。でもレゾンだと年取らないんだよね? 吸血鬼になった年齢で止まるって」
「そのようだな。おれも実物は見たことないから知らん」
「で、助祭って何歳?」
「お前の十歳上くらいだよ」
「えー、それはないでしょ、おれ十九だもん」
「年齢が何だってんだ!」
怒り出す助祭に、おれは話題を変えようと、首に十字架をかけ、胸を張って見せる。
「似合う?」
「まあまあ」
「皆の分も作る?」
「おいおいな」
まだ機嫌が悪いらしい。返事がそっけない。カロン、カロン、と呼びながらまとわりつくと、少しは機嫌を直したらしく、むっつりと下がっていた口角が少し上がった。
「ところでお前。この前、フォア卿とやりやったらしいな?」
「リュシアンから聞いたの? まあやりやったのはおれよりリュシアンのほうかな。殴りかかるかと思った」
「ほう、それは物陰から見学したかったな」
「おれはびくびくしちゃった」
作業台に腰かけ、足をぶらぶらさせる。カロン助祭は「貴重なものを落とすなよ」と視線を寄こしから、棚から取り出したものをおれのそばに置く。
「何そのトンボの羽根の巨大版みたいなやつ」
「小型の魔獣についてる羽根」
「羽根は羽根なのか」
手に取ろうとしてやっぱり不気味だとやめる。この距離でも、もわりと獣臭がしたから。
「そういうのばっかりだから、この部屋はいつも生臭いんだね」
「血を使うこともあるからな」
「カロンが飲むの?」
「おうよ」
やけくそ気味に応じた助祭は、「フォア卿なんかと揉めるのはよせ」と苦言してくる。
「でもあいつ」
おれは口に出すか一瞬悩んでから言った。
「おれが男色で、助祭とリュシアンで、二股してるっていうんだもん。ひどくない?」
シーン、としたので、おれは小首を傾げて助祭を見やった。彼はあんぐり口を開けている。
「だ、男色?」
「うん、そう言った。べつに咎めないんだって、男色でも。だけど、おれに興味があるからって手をつかんできてさ」
「手をつかんだ?」
「こう、手首をぐいって」
自分で自分の手首をつかみ引っ張る恰好をすると、助祭は「イイイイイッ」と奇声を上げる。
「何、どうしちゃったの」
「おれの忍耐が振動したんだ。あのスパイめ、とんだ下衆野郎だな。リュシアンが駆けつけて良かったな」
「うん、助かった」
「吸血鬼対策じゃなく、変態対策も必要だな」
「これは効かないよね」
おれは首から下げた十字架を掲げる。
「残念ながら人間には意味がない」
助祭は心から悔しそうだった。
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