鮮血の薔薇が散る~中世吸血鬼愛憎譚~

竹神チエ

1章 吸血鬼討伐集団「シアン・ド・ギャルド」

第1話 品のない武器(12.29改稿)

 ママンはおれに言った。


「探し物は見つからなかったのでしょう?」


 幼い頃、森で迷子になり、帰りが遅くなった日のことだった。


 ママンはいつもの寝椅子に横たわり、おれを手招くと瞼に口づけした。

 冷たいキスだった。


 おれは何を探していたんだろう。

 ママンは、おれに何が聞きたかったんだろう。

 おれは何かを探して迷子になっていたんだろうか?


 憶えていない。

 でも、その日はおれが初めてラミアと会った日でもあった。


 森で迷子になった時に出会った貴婦人。

 それがラミアだ。


 白い日傘に肘まである手袋、腰の位置が絞ってあり、その下はふわりと広がるドレスの裾。幼いおれの目には、まるで妖精の女王様だった。


 ラミアは古城に住んでいた。とっても豪華な寝室に案内してくれて、木箱の中にあった真っ赤な木苺フランボワーズの飴をくれた。


「わたしのこれが大好きなの」


 だからおれも、木苺の飴が大好きになった。

 ラミアといると楽しかった。ラミアのキスは温かかった。


 だけど数年後。

 彼女の唇は血に濡れていた。


 どうして彼女は吸血鬼なのだろう。

 どうして血を飲まなくちゃいけないんだろう。


 ねえ、泣かないで。

 血を飲みたくなったら言ってよ。いくらでもあげるから。

 だからお願いだ。

 他の人間の血は一滴も飲まないで。

 

 あなたのためなら、手でも足でも切り落とすから。

 そこから噴き出す血液を、好きなだけ飲んでくれたらいいんだよ。


 彼女の渇きを満たすのは、この身体に流れる血でありたい。


 けれど思う。


 どうしておれは吸血鬼じゃないのだろう、どうして人間なんだろう。


 吸血鬼レゾンになりたい。

 そうすればあなたと手を繋ぎ、この世界で永遠に生きてゆけるから……。



 ❄️❄️❄️❄️❄️



 糸を引く唾液を垂らし、白濁した眼球が膨らんでいる吸血鬼ヴァンピールを、おれは凝視していた。手足を振り回し暴れる敵に、仲間が斬りかかる。しかし吸血鬼は跳躍し、隊員の背後へ着地するから、なかなか銀の杭を心臓に打ち込むことができないでいた。


「ちょこまか動くタイプですね、こいつ」

「誰か足を斬り落とせって」

「だったらお前がやれよ」


 古びた納屋にまで追いつめたまでは順調だった。でも激しく動き回る吸血鬼一匹に、仲間たちにも焦りが見えてくる。


 おれは黙りこくったまま動き回る敵を視界に入れ続けることに注視していた。おれは射手だ。だから最前線に斬り込むことはない。でもいつ奴がこちらに跳びかかってくるかわからないから、気が気じゃなかった。


 あの長く伸びた爪で引っかかれればひとたまりもない。噛みつかれたら最後、おれは吸血鬼になる。別の小隊だが最近も戦闘中に感染し、吸血鬼になった隊員いた。おれたちにとってはそれが日常茶飯事だ。


「ミシェル」


 隊長のリュシアンが強く肩をつかんできた。そのまま胸元まで引き寄せてくる。頬のそばにある横顔は落ち着き払っていた。仲間と獲物である吸血鬼の怒声が混じる中、穏やかな声音が耳をくすぐる。


「あの場から狙え」

 リュシアンは、顎で納屋の奥を示した。大きめの木箱が何段も積んである。

「おれたちが吸血鬼を固定する。合図したら撃つんだ」


「固定?」

「行け」


 背を押されてつんのめる。


「なあ固定ってどうするつもりなんだよ」


 指示通り木箱に向かいながらたずねる。

 だが背を向けているリュシアンからの返事はない。


 吸血鬼は跳躍を繰り返し、隊員を嘲笑うように動き回っている。あれではとても「固定」なんてできそうにない。やるなら隊員数人が突撃して覆いかぶさるしかないだろう。でもそれだと。


「あいつらまで死ぬぞ!」

「わかってる」


 何がわかってる、だ。

 おれが弩で打ち込む銀の杭は特注。吸血鬼に触れた瞬間爆発する仕様なのだ。


 リュシアンの真向かいに吸血鬼が着地する。長身で神秘的な銀髪をしている彼が剣をかまえる姿はまるで宗教画の戦士みたいだ。小柄で金髪もあってか、プサンヒヨコと揶揄されるおれとは大違いだ。でもおれにだって見せ場はある。


 弾みをつけて木箱に飛び乗り、背負っていた弩をかまえる。顧問のカロン助祭が開発した最新型だ。小型でも威力は抜群だと聞いている。


「配置に到着!」


 叫ぶとリュシアンが片手を上げて応じる。でもどうやら苦戦しているらしく、腕を振り回す吸血鬼を避けながらじりじりと後退していた。何が「固定」だ。全然計画通りじゃない——と思ったら、リュシアンが吸血鬼の肩に斬りかかった。


 片腕をなくした吸血鬼は均等を崩して膝を付く。その背を踏むリュシアン。


「続け」


 跳ねのけようと動く身体に、「了解!」と二人の隊員が覆いかぶさった。入れ替わりに足を離すリュシアン。


「隊長、ここからどうするんですか」

「首を落とすなら早くやってくださいよ」


 見上げながら問う隊員。激しく抵抗する吸血鬼はうごめく波のようだ。その背を押さえつけている二人は、遠目にもまいっているのがわかる。吸血鬼に触れるなんて布越しだとしても、おれなら勘弁だ。射手に指名されて本当に良かった。


「ミシェル、撃て」

「は!?」

「え!?」


 動揺の叫びは無視だ。なんせ隊長命令なんで。

 弩をかまえなおすと、一拍息を止め、ゆっくり吐き出す。


 狙いを固定。引き金に指を当てる。


 心臓に打ち込む必要があった旧型と違い、新型は一部でも杭が触れたら効果を発揮する、は開発者のカロン助祭談。試し撃ちなしのぶっつけ本番だ。


 集中する。周囲の音が消えた。

 まばたきをしたくなる瞬間、撃つ。


「げっ」

「神よ、お助けっ」


 光放つ視界の端。重石役の隊員二名の首根っこをつかんでいるリュシアンを見たような気がした。でもわからない。撃ってすぐ殴られるような衝撃を受けて転落していたから。後頭部をぶつけ、木箱と木箱の隙間に落ちる。


 びちゃびちゃと何かが降ってくる。げ。見るんじゃなかった。細切れになった肉片だ。肌の腐った色からして吸血鬼のものだろうが、わからない。尊い聖騎士の肉片だって混ざっている可能性は否定できないもの。


 でも這い出てみると、納屋の端に勇敢な例の二名と彼らをかばうように外套を広げているリュシアンがいるのが見えた。良かった。おれは仲間の犠牲なく討伐を終えられて安堵した。他の隊員たちも蒼白な顔して尻餅をついているが無傷らしい。リュシアンは目が合うと、こっちへ駆けてきた。


「大丈夫か。そっちまで死体が散ったみたいだな」

「まあね。でも平気」


 外套の汚れを確認しつつ、ぶるりと体を振るう。


「しっかし最悪だね。品のねぇ武器だ」


 爆発の瞬間は見てない。でも目撃した隊員によると、銀の杭を打ち込まれた吸血鬼は悲鳴を上げる間もなく飛び散ったらしい。気味の悪い肉片が納屋中のあちこちに落ちている。


「どうすんだよ、コレ。全部拾うの?」


 鼻に皺を寄せると、リュシアンは笑った。


「いや納屋ごと燃やそう。どうせ浄化の炎で清めた後でないと、誰もこの納屋に入りたがりもしないんだから」

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