第2話 納屋を燃やそう
シアン・ド・ギャルド。
番犬の意味を持つこの聖騎士団は、吸血鬼討伐を目的に教会が設立した戦闘集団で、大陸の各地の修道院に支部がある組織だ。支部には、十から二十の小隊が在籍する。おれはその一員で、騎士団に入団したのは、十五歳だったから、冬が来ればもう四年になる。
それなりに経験を積んできたつもりだが、小柄な体躯と髭の生えない女顔のせいで、しょっちゅう隊員からバカにされている。プサンなんてヒヨコ呼びも、すっかり馴染んでしまっているが、よくよく考えたら十九の青年のあだ名にしたら変なのだ。
だからおれ、怒ってもいいと思うんだ。
でも。
「ミシェル、この
「おれたちごと爆破するつもりだったろ、あんまりだぞ」
納屋から出ると見えていたはずの月は姿を消していて、こっくりとした闇夜が広がっていた。おれを納屋の壁面に追い詰めてくるのは、さっき標的と一緒に討伐しかけたジャンとアルベールである。
「文句があるならリュシアンに言えって」
おれは顎をあげて虚勢を張る。
「隊長の指示に泣く泣くしたがっただけなんだ」
長身二人——というか部隊の男たちは全員バカでかい奴しかいない——に見下ろされていると、遊び半分でからかわれているとわかっていても肩に力が入る。足を踏ん張り、負けじと張り合おうとするが、自分でも頑張れば頑張るほど滑稽に映るのがわかるだけにイライラしてきた。と、大の男二人が、「ギャッ」と尻尾を踏まれた犬のような悲鳴を上げた。
「やめろ、バカども」
リュシアンだ。ジャンとアルベールの頭を叩くと、おれと彼らの間に割って入る。木炭色の外套の背に描かれている剣と百合の紋章が眼前に迫って、一気に視界が狭くなった。
「隊長ぅ、そりゃないっすよ」
「いくら隊長の
すぱんっ、すぱんっ、と盛大で小気味いい音が鳴る。バカどもがまた頭を叩かれたらしい。おれはリュシアンの背を押して脇から二人の泣きっ面を拝んでやろうとしたが、彼は岩みたいにちっとも動かないでいやがる。
「リュシアン、ねえ、リュシアン隊長殿!」
「何だよ」
低い声で返事したリュシアンだが、視線はこっちを向かない。おれは肩甲骨あたりを強く殴った。
「どけよ、隊長。まだ任務は完了してないだろ」
「わかってるさ」
わずかに身じろぎしたから、前からどくのかと思えば、皿で油を燃やしたランプを片手に突っ立っている隊員に指示を出す。隊で一番下っ端のドニだ。
「中にある藁に火を点けろ、納屋を焼く」
それからやっと振り返り、
「お前は離れた場所で休んでろ」
とかいうもんだから、またジャンとアルベールが不平を垂れるわけだ。
「ズルいぞ、ミシェル」
「おれたちなんてお前のせいで死にかけ——」
と、剣を抜いたリュシアンに、二人ともピタと口を閉じる。
「お前らは無傷だろ、ドニを手伝え」
そのドニは、こっちをちらちら見ながら、束ねた藁に火を点けようと火打石を鳴らしているのだけど、さっきから失敗ばかりしている。アルベールがドニとリュシアンの剣を見比べてから、勇敢にもさらに不平を述べだ。
「隊長隊長、おれたちが無傷ならミシェルだってそうでしょ」
「そうそう」
ジャンも追随する。でも用心深く後ずさりしているけど。
「ミシェル」
リュシアンが肩越しに視線を向けてきた。
「ん?」
「最新型の
「うーん」おれは肩をすくめた。
「杭の装着に改良の余地あり、かな」
「撃って何ともないか? 衝撃は」
今度はしっかり向き合ってたずねてくる。しかも少し屈んで視線を合わせてくる仕草まで追加だ。こういうことするから、ドニの入隊で下っ端を卒業したのに、「プティ」だの「プサン」だの言われるんだ。
でもここは正直に伝えた。そのほうが得だから。
「衝撃で肩が痛い、あと手が痺れる」
手袋のした両手を突き出して左右に振ると、リュシアンは納得した、って感じでうなずいた。
「だ、そうだ」
くるりと背を向け、ジャンとアルベールに言う。アルベールの口角がだらりと下がったが、一方ジャンは、「ドニ、そんなんじゃ朝が来ちまうぜ」と切り替えが早く、藁を点火しに加勢しに向かった。
「アルベール、どこか怪我したの?」
リュシアンの脇から顔を出して問うと、ますますアルベールの口角が下がった。というか目尻まで泣きそうに下がっている、いや泣いてんのか?
「ミシェル。おれはお前がうらやましいぜ、モン・プサンちゃんよぅ」
その言い草におれが顔をしかめると、
「くだらねぇこと言ってねぇで」
と、リュシアンが凄みつつ、アルベールににじり寄る。
と、その威勢を削ぐように一声。
「隊長、火が点きましたよー」
ジャンだ。点火した藁を頭上で左右に振っている。
「納屋に点けていいですよね? おーい、アルベールも手伝え」
「承知承知!」
リュシアンの前から助かった、という顔で逃げていくアルベール。新しく点火した藁の束を受け取っている。この二人、仲が良いんだよな。入隊も同期なんだっけ。
「四隅に移動しろ、合図は待たなくていい」
リュシアンの指示で、納屋への点火が始まる。
でも木造とはいえ火の勢いはかんばしくない。おれは少し離れた場所にあったミモザの木に寄りかかって見学していたのだが、じっとしていると、逆に体の痛みを敏感に感じていけなかった。
元々、吸血鬼には独特の瘴気があって、数時間前にその場に吸血鬼がいただけでも存在を察知できるほどだ。特に討伐隊は訓練と経験もあり、瘴気に敏感になっている。だからただでさえ気が滅入ってくるのだが、今回は新型の弩を使ったこともあって精神的だけじゃなく肉体的にも結構きていた。
特に手が痺れた感覚が抜けると今度はヒリヒリしてきていた。手袋を外して確認してみたいが、ひどく肉片が飛んだあの状況の後だ。浄化前に手袋ひとつだとしても、外してしまうのはためらわれる。
まあそもそも、ここからの距離じゃ、納屋からの火だけでは、確認しようにもよく見えないだろう。
「リュシアン」
おれは声を張り上げた。
「その火の勢いじゃ時間がかかりすぎる。おれ、早く帰って浄化したい」
リュシアンはちらとこっちを見ただけだった。でも彼は剣をかまえると、刃に神聖力を溜めていく。青白い光が剣と彼を照らした。
「隊長、ズバッとやっちゃって下さい」
アルベールが調子良く言い、他の隊員からも声援があがる。
リュシアンが剣を振り下ろすと、神聖力の光が太い筋を作り、納屋に向かって飛んでいく。まるで突撃するドラゴンだ。ちろちろと壁面を炙っていただけの火に、放った光がぶつかると、燃える勢いがすぐさま増した。屋根まで上り、あっという間に炎に包まれる。
「ミシェル殿、感謝します」
アルベールが近づいてきて、優雅にお辞儀をして茶化す。
「貴殿が『お願い』してくれたおかげで夜のうちに帰還できまするぅ」
と面を上げ、片目を閉じてくる。
「そりゃどうも」
リュシアンはどうしてか、おれに甘い、甘々すぎる。
たまにそれが嫌になるが、こういう時はちょっと自慢に思うから、おれもたいがいズルい野郎なんだろうな。
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