第33話 倉庫で見つけたもの
倉庫の様子を見に行く組みと荷馬車を追跡する組みで分かれることになった。もたもたしてはいられない。荷馬車は出発していて、追うには一度馬を取りに行く必要があるから。
「わたしとミシェルが残りましょう」
フォア卿が近づいて来ながら言う。アルベールが反論しかけたが、「了解、そうする」とおれ。すぐにジェルマンが「おれも残る」と挙手した。
「行くぞ」
ガスパールがアルベールの肩を叩く。
ジャンも追跡組だ。
行動を開始し、フォア卿とジェルマンと共に、おれは倉庫の裏手に回った。分厚い木製のドアがあり、ジェルマンが取っ手を回してみると鍵はかかっていなかった。
「生存者を探しましょう」
ジェルマンが背でドアを押さえ、フォア卿が中に入る。その次がおれ。ジェルマンはドアを閉めず、近くにあったレンガを押して、閉じないよう噛ませている。
「だめですね」
二歩進んだだけでフォア卿が断じた。倉庫内はがらんとしていて何もなかった——死体以外は。中央に積みあがる死体の山、壁際にも三か所、数体の死体が重なり集めてある。
「梯子がある。上を見てくるよ」
死体をひとつひとつ確認していくフォア卿とジェルマンに、おれはそう伝えて、梯子に足をかける。死体を細かに見ていく気になれなかった。ざっと目に入っただけでも、死体の山には子どもが多かった。切って血を抜いたのだろう、首筋が赤く染まっている。
上に到着する前に、それらは視界に入ってしまった。大人たちだ。縄で手足を縛られている。それでも血が滲み出ているように見えなかったから、近づいて確かめることにした。屋根裏といっても倉庫の半分もないくらいの広さの板間だ。奥に藁が積み上げてあり、その前に人が寝るように転がっている。
手前にいた人の様子を見ようと屈み、すぐに背を戻した。
「ミシェル、どうだ?」
下からジェルマンの声。首を伸ばして見降ろす。
「だめだ、腐敗してる」
大人が先で子どもが後だったんだろう。大人も首筋を切ってあるようだが、手足がない遺体も見つけた。とにかく早く血を絞り取ったらしい。下に戻り、そうジェルマンに報告すると、彼はうなずいた。
「住人を一か所に集めてたんだろうな。こっちは、まだ体温が残ってる子もいるんだが」
とフォア卿へ目を向ける。
「あなたの力でも無理ですよね?」
死体の横で膝をついていたフォア卿が立ち上がる。
「死んでいたら神聖力も意味がありませんよ。伝説の聖女だというなら話は別ですけどね。死体も生き返らせたとの記録もありますから」
フォア卿は両手を上げて見せる。冗談めかした態度はこの場に相応しくないと思えた。ジェルマンもそう感じたのだろう。口を強く引き結んでいる。
「凄惨な現場ですよ」
ジェルマンが静かに言った。
「討伐隊に入って長いですけどね。この量はさすがに気が滅入ります」
「あの子はいた?」
小声でたずねる。ジェルマンは軽く首を振り返した。
「逃げ出した子もいたはずだ。貧民区の住人がこれで全員では少なすぎるからな」
「移動させた人もいるのでは?」
フォア卿が話に入ってくる。
「血は継続して確保したいでしょうから、全員殺しては意味がない。ある程度の人数は移動させ、残ったのをこの数日間で始末したのでしょう」
「我々が感づいたから場所を変えたということでしょうか」
「どうでしょうね。襲撃で黙らせたつもりでも、またしつこく嗅ぎまわる可能性がありますからね。証拠を消そうとしたのでしょう」
「ねえ、それっておれたちのせいで、この人たちが死んだってこと?」
「ミシェル、その受け取り方は違う」
「そうです。パンと引き換えに血を抜かれ続けるなんて家畜に等しい。移動した住人より、今回で終わった方々のほうが安らかとも言えます」
フォア卿の言葉はやけに淡泊だ。同情を引き出したいわけじゃないが、耳障りだから黙っていて欲しかった。
「しかし困ったことになりましたね。ここまであからさまに放置するなんて」
フォア卿は胸ポケットからハンカチを取り出して鼻と口を覆う。
「嫌な予感がします」
で、その予感はすぐ当たった。重いドアの閉まる音。くそっ、とジェルマンが駆け出す。閉じたのは、入ってきた裏手のドアだ。
「やられた、開かなくなってる」
「ああ、まったく。そうでしょうね、そうくるでしょう」
「まだ仲間が残ってたんだ」
嘆きはしても、たたずんでいるだけのフォア卿。彼のすぐ後ろにある窓が割れ、何か投げ込まれた。おれは叫んだ。
「火薬だ、倉庫ごと燃やす気だよ」
「でしょうね。死体をすべて処分するには焼くに限ります」
「フォア卿、解説してないで動きましょう!」
ジェルマンが火薬を踏みつけながら言う。フォア卿は鼻にハンカチを当てたまま不快そうに目を細めた。
「そんなことしても意味がありません。動くだけ空気が薄くなりますよ」
と、それが合図になったように、窓が続けざまに割れ、火薬や火矢が撃ち込まれる。死体にまで火が点き、異臭がさらにひどくなった。
「まさか石積みの倉庫に火を点けるだなんて」
「中身だけ黒焦げになるでしょうね。わたしたちも死体と一緒に炭になるんです」
ジェルマンが窓から外に出ようとしたが、火が点いた矢が休みなく放たれるので逃げ場がない。
「祈りましょう」
「諦めるのは早いです、フォア卿」
跪こうとしているフォア卿の脇をつかんで、立ち上がらせようとするジェルマン。
「ミシェル。弩で壁を壊せないか?」
「無茶な」
「吸血鬼は爆発したじゃないか」
「あの後、改良したから爆発じゃなくて灰になるんだって説明したよね。それに打ち込む相手が吸血鬼じゃないと意味ないし。やれっているならやるけどさ。でも石壁に杭が刺さるとは思えないな」
背中の弩を下ろしてかまえる。銀製の杭は特殊で数に限りがあるから、木製のものにした。その間も火の手があがる。なんとかジェルマンが消そうと踏んだり上着で叩いたりしているが成果はなく、むしろ風を送り込んでいるだけのように見えた。
「撃つよ」
「祈りましょう」
「撃て、ミシェル。フォア卿、祈る前に火を消す手伝いしてくださいよ」
十字架を掲げて祈ろうとするフォア卿の横の壁めがけて杭を撃つ。フォア卿は微動だにしなかった。この点はすごいと思う。
「無理、刺さらない」
「銀の杭にしてみろ」
「やだよ」
おれは渋った。
「貴重なんだよ。吸血鬼専用だし無駄撃ちするとカロン助祭に怒られる」
「お前、今死んだろ怒られるも何もないだろっ。試せって!」
おれだって燃えるのは嫌だ。フォア卿と一緒に炭になるなんて最悪な死に方だ。でも銀の杭を撃ったところで意味がないのは百も承知なんだから他の案を試したほうが絶対に良い。
でもジェルマンは「撃て」と怒鳴るし、フォア卿は「落ち着きなさい。その時は来るものです。だから祈りましょう」と達観して役に立たない、というか微動だにしない。少しは動いたらいいのに。
「わかった、撃つよ」
ポシェットから銀の杭を取り出してつがえると弦を引く。狙いはまたフォア卿にしてやろうかと思ったが、窓枠に火が点き、燃え盛っているのでそちらに撃つことにした。煙が充満してきた。呼吸は浅くしかできない。
狙いを定め、撃つ——轟音と巻き上がる風。
「やった、凄いじゃないかミシェル!」
大興奮のジェルマン。
倉庫の屋根がなくなっていた。青空だ。
火は消え、充満していた煙は一気に吹き飛んだ。新鮮な空気が広がる。
「いや。おれ撃ってないし」
銀の杭をつがえたままの弩を下ろす。目の前にいる人物を見て、力が抜けていく。
「期待に応えてくれますね。わたしの祈りの通じたのでしょう」
跪いていたフォア卿が立ち上がる。
「でも遅いですよ、ベルナルド卿。皆で仲良く炭になるところでした」
半壊した壁の向こう側にいる人、リュシアンは剣をベルトに戻すと言った。
「自分だけ助かる気か。勘づいたなら仲間にも指示出せよ」
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