7章 真相

第34話 追跡組と合流、城外の森へ

「リュシアン」


 上半分がなくなった倉庫の壁をまたいで彼に近づく。それにしても上手いこと吹き飛ばしたものだが、もう少し低い位置に斬撃が通過していたら、おれの上半分だってスッパリなくなっていたかもしれない。


「ありがと。さすが隊長だね、助かったよ」


 お礼したのに、リュシアンは不機嫌に腕組みして仁王立ちだ。


「危険なことはするなと言ったよな?」

「まあね」

「何が、まあね、だ」


 こつん、と軽く頭を叩かれる。


「あのー、どうして隊長がここへ?」


 びくつきながらジェルマンも外に出てきた。が、リュシアンを怖がっているのか、あまり近づいて来ようとしない。


「わたしが知らせたんです」


 フォア卿は足元に用心してか、小さい歩幅で移動すると、塀をまたがず扉がなくなった入口を通って出てくる。


「連絡が間に合って安心しました」


 何のことかと思ったら、バサバサと羽音がした。フォア卿が差し出した腕に、白色の伝書鳩が留まる。


「この子はとても利口なんです」


 くるると喉を鳴らして胸を張っている姿は確かに賢そうだ。フォア卿は懐から干し肉を取り出すと鳩にやり、指先で頭を撫でる。リュシアンは怒ったように嘆息している。


「お前らが不在だと知ってちょうど貧民区に向かっていたところだったから、間に合ったんだ。他のバカ共はどこだ」


 びくっとジェルマンが跳ねている。

 ここはおれが対応したほうが良いみたいだ。


「荷馬車を追跡中。ここは死体置き場になってて」

 と上半分が吹き飛んだ倉庫を見やり、

「住人が血を抜かれてたんだ、生存者はなし。貧民区内に似たような場所が他にもあるかもしれないけど今のところ見つけてない。で、仲間がいたらしく中の様子を確認してたら閉じ込められてさ。それで火がついちゃったの」


 リュシアンは黙ったままだ。目が険しく、おれじゃなくてジェルマンばかり見ている。やめてあげろよ。あいつ泣きそうじゃん。


「わたしが思うに残りの住人は城外の森にいるのではないでしょうか?」

 フォア卿が言う。

「街に貧民区の住人を隠すのは難しいでしょうからね。それに以前、襲撃に遭ったのが森の中だったそうですから、そちらに何かあるのは間違いないでしょう」


「ねえ、それより矢を放ってた奴らは?」

 

 リュシアンが頭を後方へくいっと動かす。

 見ると、数人の男が地面に突っ伏していた。


「これで全員?」


「逃げたのもいる」

 リュシアンはますます目元をしかめた。

「あの伸びてるのも死んじゃいない、気絶。連行して吐かせよう。まあ見た目からして金で雇われた傭兵だろうから詳しいことは知らなさそうだが。この場の片づけは治安隊に任せよう。ジェルマン」


 と、針金が刺さったみたいにピシっとなるジェルマンに、リュシアンは指示を出す。


「お前は治安隊に連絡して一緒にこの現場を処理しろ」

「えっと何もかも話せばいいんですか? 血を抜かれた住人がたくさんいたとか、倉庫に火を放ってきたとか、全部?」


「街の教会支部が絡んでる件なら治安隊にも内情を知る奴らがいるだろう。適当に話せば、残りはあっちで何とかするさ。さすがに、このまま放置するわけにはいかないだろ?」


 リュシアンは顎で半壊した倉庫を示す。燃えてしまった死体もあるが、遺体を放置して去るわけにはいかない。埋葬するなら人手もいる。


「ちょっと気になるんですけど、内情に通じてる奴が治安隊にいるなら、知らせに走ったおれも抹殺されたりしません?」

「さあ」

「さあ、って隊長!」

「お前に何かあったらおれたちが黙ってないから安心しろ」


 と、リュシアンは視線をジェルマンから上空に移した。何か探している。


「あがった」


 信号弾だ。追跡組のアルベールたちだろう。


「追うぞ」


 というわけでおれたちは馬を駆けらせ、城外を出た。


 森に入ると、空気が変わった気がした。馬は張り出した木の根を器用に避けながら速度を上げていく。


「また襲撃に遭うかも」

 前を走るリュシアンに声を張り上げる。彼は肩越しに振り返った。

「そうかもな。ミシェルは兵舎に戻るか?」

「やだ」


「わたしは帰った方が良かったかもですね」


 後方にいるフォア卿が呻いている。彼はあまり乗馬が得意でないのか、肩に力が入りすぎていて今にも落馬しそうだ。おれたちが速度を上げるたび、非難がましい悪態が聞こえてきたが、リュシアンもおれも気遣う素振りは見せず加速していく。


「また上がった」

 リュシアンが言う。信号弾だ。

「応戦中かもな」


 覆う枝葉で見えにくくなっているが、さっきから何発も上がっていた。


「こっそり後をつけるって難しいんだね」

「アルベールは苦手だろうな、短気だから」


 森の奥へ奥へと進んでいた。でも。


(ラミアの家には向かってない)


 おれは胃が締め付けられる感じがしていたが、目指している方角が、いつも馬が駆けていく方向と違うのはわかっていた。荷馬車とラミアは関係ない。まったく関りがない。そうだ、きっとそうだ。ラミアはただ森に住んでいるだけ、荷馬車の血液とは関係ない。


 沈んでいく思考に落ちそうになっていると、前方のリュシアンが突然止まって慌てた。


「いた」


 横に馬を移動させて見てみると、木の幹にぐるぐる巻きになって縛られているジャンとアルベールがいた。アルベールは片手だけ縄から抜き出せたらしく、信号弾の持つ手を突き上げている。


「感激、嘘だろ、隊長が来てくれたぜ、ジャン!」

「神に感謝します、隊長に感謝します、信号弾を放ったアルベールにも感謝します」


「ミシェル、馬から下りろ」


 泣きべその二人に応えず、リュシアンが言う。彼もすぐ下馬したので、おれも素直にそうした。「この二人はおとりですか?」とフォア卿。馬上のままだ。


 小型ナイフを取り出すと、リュシアンは縄を切り始める。


「アルベール、囮になったあげく信号弾でおれたちをおびき寄せたのか?」

「違います、このままだと夜になって狼に食われそうなので助けを求めたんです」

「でも囮かも」

「ジャン、そう思うならなぜコイツが撃つのを止めなかった?」

「狼の遠吠えを聞いてしまったもので」

「でも隊長が来てくれたのなら囮でも平気ですよね?」


「おれが言いたいのはミシェルたちが駆けつけた場合、全滅するつもりだったのか、ということだ」


 ぴた、と口を閉じる二人に、おれは背中のいしゆみを跳ねさせて見せつける。


「安心しろ。隊長不在だったとしも、おれの弩が火を噴くから平気だぞ。さっきは石積みの倉庫だって吹き飛ばしたんだからな」


「あれはおれの……まあ、いい」


 幹から解放されると、二人は「隊長ぅ」と抱きつこうとしたが、足蹴にされて尻餅をついている。


「集中しろ、襲撃に備えろ」

「もう大丈夫でしょう」


 フォア卿がやっと馬から下り、さくさくと下草を踏みながら近づく。


「襲うならもう襲われてます。二人とも怪我はないですか?」

「手首をひねった」

「尻餅ついて腰が痛い」

「平気なようですね」


「何があった?」


 リュシアンの問いに、二人は顔を見合わせた。

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