第13話 理性を持つ吸血鬼レゾン
おれの嗅覚は正しかった。
キャラメルをあげた子どもはお嬢ちゃんで正解だったのだ。
何が坊ちゃんに一票だ。奴からは骨付き肉を一本徴収してやったぜ。
と、それはともかく。
腕の痣は予想した通り、採血の痕だった。
カロン助祭が、さらに詳しく調べると、あの瓶に入っていた血液は豚のものでした、なんてオチはなくて、人間のもの、それも一人じゃなく複数人のものだとわかった。
そして、あの日から数日にわたり、何度も通って調査した結果、貧民区の住人は食料と引き換えに、とある集団に血液を渡しているとの情報を得た。
「血を渡してる相手なんてわかりきってるよな」
「皆さんご一緒にっ」
きゅーけつきーっ!
そう大合唱すると、カロン助祭に「騒ぐな」と分厚い本でぶん殴られたが(おれは除外、無傷)、この件は吸血鬼がらみで間違いない。
吸血鬼に噛まれ感染すると、正気を失い、ひたすら人間の血を欲するように怪物になる。だが、すぐに気が触れて自我を失うわけじゃない。葛藤期間があるのだ。
その葛藤期間はまちまちだ。数時間持たない者もいれば、数週間耐える者もいて、自ら教会に出向き、現世からの解放を願う者もいる——それはかなり沈痛な場面だ。
おれも何度か立ち会ったことがあるが、祈祷のあと薬草で体を麻痺させてから首を落とす。ひとたび吸血鬼になってしまえば、いくら神聖力で癒そうとしても効果がないから、人の心を持ったまま逝くにはこうするしかない。
その一方で、吸血鬼は不老不死だと言われている。
神聖力の満ちた剣で首を落とすか、心臓に銀の杭を打ち込む以外に退治する方法はなく、たとえ腕がちぎれようが首が飛ぼうが、肉体が朽ち果てても動くからだ。腐臭を放ち、皮膚が皮膚でなくなっても、吸血鬼は死なない。そして血を求める。
ただし例外がいる。ごく少数だが、正気を保ち続ける吸血鬼が存在するのだ。
彼らを教会は『
レゾンはまさに不老不死だ。感染時の年齢から歳を取ることはなく、修復力にも優れているから軽い怪我なら瞬時に治るという。彼らは人間社会の中に溶け込める。知的に振舞い、嘘や冗談も言える。
ただし、ひとつだけ、吸血鬼特有の欲求を消すことが出来ない。
血だ。渇望するその欲求を抑え込むのは難しい。正気を失った吸血鬼と同じく、ひたすら血を望む。個体差があるようで、毎日血を欲するわけじゃないらしいが、吸血鬼になった以上、血を飲まずには存在できなくなるのだ。
そして、今回の事件。
定期的に血液を収集していることから、継続して血を欲していると考えるのが妥当だ。あのお嬢ちゃんやその他の貧民区の住人に何とか口を割らせて得た情報からすると、少なくとも五年、住人は血液を提供し続けていた。
だから、この事件にはレゾンが関わっている、とおれたちは結論付けた。
「いよいよ、おれたちも大物と相対す時が来たんだな」
「名を上げる絶好の機会だ」
「レゾンをぶっ倒してみろ。シアン・ド・ギャルド聖騎士団本部から勲章をもらえる!」
「勲章どころか、本部で働けるようになるんじゃないかっ」
「支部の一隊員は卒業。おれらが聖騎士団の中心を担うようになるってわけよ」
歓声をあげ、ハイタッチする仲間たち——おれは黙ってニコニコしていただけだけど——をカロン助祭は冷ややかに見てくる。
「能天気とはまさにお前たちのことだな。よく考えろ、なぜおれが慎重に動けと口酸っぱくして何度も言ったと思う? どう考えても、プリュイ支部がこの件に関わってるだろ。お前ら下っ端がヤイヤイ騒ぐだけ騒いでみろ。ただ首が飛んで終わりだ」
かっ切る仕草に、浮かれた雰囲気も一瞬にして静まる。
「おれを巻き込むなよ」と助祭。さらに、
「あとリュシアンもだ。ミシェル、抜けるなら今だぞ。お前は、おれの助手としてここで働け。三食昼寝、おやつ付きだ」
なんて言ってくる。両手を合わせて「ミシェルぅ」と嘆く隊員たちに、おれは苦笑しか返してやれなかった。
討伐隊の支部がある修道院には、毎日のように寄進に来る貴族や豪商の姿がある。彼らが感謝しているのは「吸血鬼に悩まされない生活」だ。
これほどまで交易で栄えた大都市であり、人の出入りが激しい場所で、徹底して討伐隊の仕事がないなんて異常だろう。平和だなぁ、で済む話じゃない。
シアン・ド・ギャルド聖騎士団といえば、その活躍に目が眩むほどの賛辞が送られて当然だというのに、こっちでの知名度ったら、まるでないに等しい。おれたち、マジで盗賊団扱いだ。外套の背中に掲げる剣と百合の紋章がむせび泣くってもんだろう。
まだまだ詳しいレゾンの生態はわかっていない。存在だけが確認できている程度なのだ。でもレゾンは吸血鬼の大親分みたいなものだとされている。レゾンは雑魚吸血鬼を呼び集め、意のままに操ったとの噂があるからだ。
だから逆に、レゾンが血液の提供と引き換えに、雑魚共の増加を防いでいるとしたらどうだろう。その裏には教会の黙認が絡んでいるとは考えられないか。
カロン助祭が示唆したのは、そういう点だった。でも。
「このまま見過ごすなんて嫌だ」
「そうだよ、ミシェルに同意見」
「何とかしたい!」
「レゾンと手を組む腐敗した教会がなんだ、恐れることはないっ」
「正義はおれたちにある!」
すぐ熱くなる仲間たちに、カロン助祭の怒鳴る。
「だったら勝手にしろ。ただし絶対におれを巻き込むな。早くここから出てってくれ」
そんで、棚から何を持ち出したのかと思えば浄化の灰——使う時がなくて余っているらしい——をつかみ、おれたちにパッパッとぶちまけてくる。
「去れっ、小僧ども。疫病神め、おれは関係ないからな!」
……って、わけなんだけど。
カロンはああ言うけど、あれで結構お人好しだからな。なんだかんだでおれたちに協力してくれると思うんだ。
でも、おれたちはまず用心しなくちゃいけない人物をすっかり忘れていたのだ。
あいつ、例の副隊長殿だ。
「君たちは毎日どこに出かけているんです?」
夕食時だ。食堂で明日の作戦会議を開いているおれたちの席へ、すっかり記憶から抹消していた副隊長のフォア卿が、やって来てそう尋問してきたのだ。せっかく美味しく食べていたシチューがドブの味に変わってしまったよ。
「いやー、べつに? 見回りですかね?」
「えっ、えー、ええ、そうです」
「街へ少々。野暮用で」
へらへらっと笑って誤魔化す仲間を鼻で笑い、フォア卿に視線を定めた。
「レネ隊員」
「何です?」
「話があります。夕食後にわたしの部屋に来なさい」
……うわ、最悪だ。
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