4章 正義
第17話 張り込みと武器自慢
「ミシェル、これ食うか?」
ジャンがそう言って見せてきたのはチーズだった。いる、と答えて受け取る。ひと口で放り込めるサイズのそれを噛みながら、隠れている木箱の裏から首を伸ばして通りを確認した。
「こっちの情報って漏れてないよね?」
「裏切り者がいないことを望む」
胸に手を当て神妙な態度をとったジャンだが、すぐまた「食う?」とチーズを勧めてくるので断った。あんま美味くないんだもん。チーズというより石膏を噛んでるみたいだった。
おれたち五人は——いつものように新入りのドニだけ宿舎に残して——貧民区に来ていた。今日は一大決戦が待っている予定なのだ。打ち解けた住人からの情報提供によると、今日が例の採血日で、男たちが数人、今見張っている路地裏の建物にやって来るらしい。
おれたちはそいつらの後をつけ、元締めのレゾンがいるだろう棲み処を突き止めようってわけだ。もしもレゾンがいなくても、きっとそれに繋がる何らかの手がかりがつかめるだろう。
「ひとまず採血はさせるんだよね?」
通りから視線を後ろにいる仲間に移す。チーズ配りをしていたジャンは、「住民の救出じゃなく追跡が目的だからな」と一番奥に座っていたアルベールにチーズを渡している。
「でも暇だなあ」と愚痴るアルベール。わかる。朝から宿舎を飛び出して張り込みを続けているものの、昼になろうとしている今でさえ、誰一人姿を現さないのだ。すっかり緊張感はなくなり、ダラダラした時間が流れている。
「ガセだったか」
「いや、張り込んでるのがバレたのかも」
「バレたにしては、おれたちが暇すぎる」
「そうだよな。こう、裏から来てさ」
アルベールは背後から忍び寄る真似をすると声音を変えた。
「お前ら、自分が何やってるかわかってんだろなあ」
威圧的に見下ろし、凄む表情。リュシアンが怠けた隊員を叱る時の口調に少し似ていた。プッと吹き出す面々。おれも危うく笑うところだったが、静かにしなくちゃと、ぐっと喉の奥でこらえた。
「でもさあ、本当にレゾンが関わってたら、おれたちだけで大丈夫かなあ」
そう話題に出すと、仲間は互いに顔を見合わせた後、
「ミシェルぅ、リュシアンがいなくて寂しんぼうちゃんかよぅ」とからかわれてしまった。
「そうだよ。あんたらだけじゃ頼りなくて頼りなくて」
ふんっと言い放った後、おれは背負っている
「でも安心しろよな。いざって時はおれの最新型の弩が火を噴くからよ」
自信満々に請け合うと、皆の表情が面白いくらい、ぴた、と止まった。それから、わっと爆笑しだす。
「ありがとよ、ミシェル」
「頼りにしてるぜ、ラパン隊の裏番長」
むぅ。こいつら、おれの実力を舐めてやがるな。むっかつく。
アルベールなんて笑いすぎて泣いてるし、ジャンは咳き込んでる。
「いいか、聞けよ。ほんっとうに性能あがったんだからな」
「火を噴くのか?」
「火は……言葉の綾だよ。えっとね、杭が触れると吸血鬼が灰になるように改良したんだって」
「へー」
興味を持ってくれたジャンに見せようと、背中から弩を下ろす。他はまだ笑うか目尻を拭っているから無視だ無視っ。
「一番の改良点は大小の滑車を付けたことだよ。これで弦を一人で引けるようになったんだ」
「ほーん、これでリュシアン隊長に頼まなくても杭が装着できるわけだな」
「うっさい、アルベール。ジャンに説明してんだ」
割り込んできたアルベールに冷たく言うと、彼は泣く真似し、両脇の仲間がなぐさめる茶番を演じやがる。はい、無視して続けまーす。
「で、ジャン、ここを見て」
「うん見てるよ」
「おれも見てる」
「おれも」
「ジャンだけ見て! あのね、杭も改良してあってさ。前のは爆発して肉片祭りになったけど、コイツは銀製なのは同じだけど、神聖度が爆上がりしてるんだって。当たるとその場に崩れるように灰になるだけじゃなく、その灰は無害どころか浄化作用まである。すごいだろ」
「カロン助祭、張り切ったなあ」
ふむふむ感心しているジャン。おれもカロンには大感謝だ。いつも薄気味悪い作業部屋に閉じこもって怪しげな作業ばかりしていても、やっぱり天才だ、あの人は。
「だから今日もしもレゾンと出くわしても、おれの一撃で一瞬にして灰になるし、その場で浄化も出来る」
「人に当たったらどうなるんだ?」
アルベールの質問だ。むかっときてたから聞こえないふりしてやろうと思ったが、仕方なく教えてやる。重要な点だからな。
「死ぬ」
「げっ、灰になって?」
「うーん、じゃなくて普通に杭が刺さるから痛い。で、血が出る」
「なるほど」
「ミシェル、狙いは正確にな」
「無茶するなよ。基本、お前は逃げに徹するべし」
「撃つなよ、撃つなよ」
「振りじゃないから。仲間が全滅して、ぜっっったいに、どうしようもないって時にだけ使え、わかった?」
熱心に言ってくる仲間たち。
いや、こんな失礼な奴らは仲間とは呼ばん!
「全員、おれの腕をバカにしてるなっ」
「この前の討伐でおれ串刺し寸前だったろ、忘れたのかよ」
アルベールの言葉にジャンも高速でうなずいている。
「あれは違う」
「何が違うんだよ」
「地面に刺さったもん」
「それはおれが避けたからだろ?」
「違うよ、アルベールが動いたから刺さりそうになったんだ。最初からおれに任せてくれてたら大丈夫だった」
「はーぁ? お前なあ」
「はいはい」
ジャンがひらひら手を振って割り込む。
「とにかく改良してもらってよかったよね。吸血鬼爆発は困ったもの」
「灰になるなんて画期的だよな」
「浄化できるんだぜ、すごいよ」
話をそっちに持っていこうとしてくれた年長組のガスパールとジェルマンだけど、
「でも爆発のあの時だってお前、ためらいなく撃ったよな。おれたちごと爆破させるつもりだったろ」
アルベールがまた混ぜっ返す。指突き付けて責める。ううっ。
「アルベールぅ、しつこいとミシェルが泣いちゃうぞ」
「泣いてないもん。それにあの時撃ったのはリュシアンの指示だもん」
「指示っつっても、普通もうちょっとためらうもんだろ。素直に撃ちやがって」
「まあ確かに。神に祈る間もなかったよね」
ジャンがそう言い、しまった、という感じで舌を噛む仕草をする。
「ミ、ミシェル、冗談だよ。ね、アルベールも冗談だよね?」
「おれは本気でその撃ちたがりの性格を直したほうが……」
バコとジャンがアルベールの頭を叩いた。それからジェルマンも背中を殴り、ガスパールは「黙れ、アルベール」と髪をつかんで揺さぶった。
「おいっ、あんまりだ、待遇格差が酷すぎる」
「アルベールっ、ミシェルを見ろ。すねてるだろ!」
「……すねてないもん」
「刺さるだけなら」ジャンが大声で言った。
「吸血鬼以外には普通の杭と同じってことだね」
だね、だね、と同意して回っているが、
「改良してもらう」
おれは口を尖らせた。
「人に当たっても無害な杭を作ってもらう」
ミシェルぅ、と静かにいう仲間たち。
続けて小声で何か言い合っている。
「カロン助祭はまた難題を吹っ掛けられたもんだな」
「あの人はミシェルの頼みなら張り切るから逆に喜ぶだろ」
「おれたちなんてずっと同じ剣だぜ」
「だから諦めろってアルベール。おれたちはミシェルじゃないんだから。現実は厳しいんだ」
……?
「なあ、何をコソコソ言って」
と、その時、立っていたジャンが急にしゃがむ。
「シッ。来た、前に見たのと同じ男」
「物売り?」
口に指を当てたまま、こくっとうなずくジャン。おれはゆっくりした動作で動き、木箱の裏から通りを見やった。
「中に入った。あ、待って。まだ来る」
同じような風貌、貧民区に出入りするには、やけにめかし込んだ服装の男が、あと二人入っていった。建物内に三人。一人は大きな袋を持っていたが、武器のようなものは見えなかった。
「いよいよ狩りの始まりですな」
腕まくりしているのはアルベールだ。はやる気持ちを押さえつつ出てしまう笑み。全員似たような顔をして緊張より興奮が強くなっている。互いを視線を交わすと、さらにその笑みを広げていく。
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