第11話 暇すぎる精鋭部隊
新任地に到着して三週目に突入すると、物珍しかったアレコレよりも、自分たちが置かれている状況が気になってくる。
過去から未来へ飛んできたように、あらゆるものが物珍しく、何でもすぐ手に入るような興奮と、あちこち見て回っていた観光気分もさすがに抜けてきたわけで。
都市部に建つ修道院ならではの騒々しい朝にも馴染んでくると考えだすのは、さて、我々は何しにここへ来たんだろうか、ってことだった。
「おれたち栄転? それとも左遷?」
朝食の席でそんな話題が出る。
カリカリに焼いたベーコン、上等な小麦を使っているらしく噛むと甘味を感じるやわらかいパン、スープはこっくりした濃い味つけで具沢山だ。朝から卵たっぷりのプディングだって付いている。
前任地だと朝も夜も似たような味気ないスープにパンを浸して食べるのが普通。たまに鹿肉が出て争奪戦が繰り広げられるのが良い余興だったわけだが、ここは毎日が祝祭のメニューなのである。
だから不満はない。待遇は良い、良すぎるくらいだ。
というか、良すぎて暇すぎる。
以前は、訓練の時間がないほど討伐に明け暮れていたのだ。
日に数回出動することも多かったし、吸血鬼の出没情報を得たら、少し遠かろうが出発して馬を駆け巡らす日々。逃げた吸血鬼を追って数日宿舎に帰れないことも珍しくなかった。
でも今は、到着してからずっと、一度も出動要請がない。訓練だけは到着の翌日から行っているが、午後には完全に何もすることがなくなるのだ——だから、せっせと観光していたわけだけど。
そもそも、おれたちの小隊以外の隊が、この教会支部に存在しないことに、もっと早く気づくべきだったろう。
どの支部にも数個の小隊が在籍しているものだと聞いていたのに、この宿舎にいるのはシアン・ド・ギャルド聖騎士団の団員ではなく、プリュイ領教区の私兵だったのだ。彼らの仕事は吸血鬼討伐ではもちろんなく、するのは教会の警備や司祭たちの護衛である。
不本意ながら副団長を含めれば八名になった我々隊員は、隊長のリュシアン以外どうにもお荷物の気配がしている。リュシアンだけは何かと呼び出されて朝から晩まで忙しそうで、訓練にも顔を見せないこともしばしば。
何をしているのかと聞けば、名士たちが開く祝宴に顔を出しているだけだという。社交活動ってものだろうか。リュシアン隊長だけが引っ張り出されて、おれたちは放置、何のお呼ばれもない日々だった。
プリュイ領全体はさすがに違うと思うけど、この支部の管轄内では吸血鬼の出没件数はなんとゼロらしい。交易の街なら、なんだかんだであらゆる吸血鬼が大集合して、おれの弩が火を噴くと思っていたのに、ゼロ。まさかのゼロ。
そんな平和な街に精鋭部隊と名高かったおれたちラパン隊を配属するなんて、教会は何を考えているのか。やっぱり左遷だったんだな、というのが我々の結論である。
「討伐の必要がないなら、街の警備を担おうかと思えば、そっちは治安隊の仕事だっていうしな」
「騎士の名が廃るぜ」
「訓練するだけ虚しくなってくる」
でも給料は出るのだ。しかも以前より高給。
だから文句も言いづらい。でも、することがないから暇。
おれたちって根が真面目なんだろう。あと貴族階級の出が半分以下なのもあるかもしれない。万が一にも散々楽させておいて、あとから宿泊費だといって莫大な金額を請求されるんじゃないかと疑心暗鬼になっているのだ。
「もしかして自然消滅を狙ってんのかな」
「小隊の?」
「隊長だけ欲しかったんだろ、絶対。おれたちはもう解散っ、てこと?」
でも。
「それならわざわざ来たあの副隊長は何?」
「だよなあ」
とはいえ、あいつ、フォア卿もリュシアン同様、忙しそうではある。
何やってるかなんて気にしたくもないけど、たびたび外出しているし、宿舎ですれ違ってもせかせかと足早に移動してばかり。訓練も一緒に行わないので、フォア卿はほぼいないみたいな存在である。
それでも食堂で会うには会うので、目障りこの上ないのだが、まあともかく、今日は見当たらなくて、当然のようにリュシアンもいなかった。
「吸血鬼が一匹も出ないなんて異常だよな?」
「調査に出てみようぜ。きっと一匹くらい見つかるんじゃないか?」
おれたちは、狩りたくてうずうずしてたんだろう。
午後、おれも改良型の弩を背負って意気揚々と街に繰り出した。出かけたのは五人。万が一のこともあるし、討伐隊が宿舎に誰もいなくなるのは問題になる気がしたから新入りのドニを留守に残すことで万事解決した。
それでまずは吸血鬼が出そうなところを口々に上げながら正門から外に出たのだけれど、その時は完全に物見遊山というか、おふざけ半分で浮かれていた。子どもが「冒険だ」といって近場の森に軽く入るのと似ているノリだ。
誰だったかが、「ずいぶん栄えた都市だけど貧民区ってあんのかな?」と言い出して、そっちへ向かうことになったのも偶然。吸血鬼が出るなら、きっとそういうところだ、なんて適当に考えたわけ。おれたちの嗅覚がそう言っている、とかなんとか言って。
実際は、吸血鬼になる者に貧富は関係ないのが経験上の結論だったけれど。
吸血鬼になるかどうか。それは単純に運だ。
運の悪い奴は感染し、運の良い奴は無事に生きながらえる。
死ぬ時は死ぬ。貴族でも貧民でも。
吸血鬼は死体が動くようなものだといわれている。見た目もその通りで正解だ。
あいつらは正気を失った時点で死んでいるのだ。だからこそ容赦なくおれたちは吸血鬼を狩ることができる。動物を狩るより、よほど気楽な仕事だ。ただ明日は我が身、いつ感染するかわからないリスクだけが付きまとう。
「うわあ、吸血鬼出そうだなあ」
「そうか? それより盗人が出る臭いがプンプンしてるぞ」
「いや、おれたちのほうが盗賊みたいだ、この路地にぴったりすぎる」
「隊服で来たのが間違いだったんだよ。つってもこれ以外にまともな服は持ってねぇけど」
住人に尋ねながら到着した貧民区。
そこは秩序のない荒れくれ者が集う区域を想像していたおれの目には、やけに物悲しく、ひっそりと息を潜めている空間に思えた。かつては下位の貴族や商人たちの住居が並んでいた場所らしく、一見すると洗練された通りに見える。でも、すべての建物が何かしら壊れていて、その廃墟に人が住み着いているのだ。
でも、住民の数は少ないのか、それとも剣を携えるおれたちを警戒して隠れているのか、まるで人の姿がない。その奇妙さが、不思議な緊張感を呼ぶ。忽然と人が消えた街に踏み入った気分で、徐々に皆、口数が少なくなっていく。
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