第28話 利用から始まる関係
私はしばらくドアの前で立ち尽くし、辛そうに伏せられたカーティスの顔を思い出していた。
「行ったか」
「わっ!?」
いきなり真横に出現したのはテオだった。手には一緒に消えていたティーカップとソーサーを持っている。
カーティスがいなくなった途端に帰ってきた!
「どこ行ってたの?」
「どこにも行ってないけど?」
「……まさか、ずっとここにいたの?!」
ティーカップを持ったまま隠れられるような場所も時間もなかっただろうし、恐らく認識阻害か姿を透明にして周りから見えなくしていたのだろう。道理でタイミングがいいわけだ。
信じられない! 優雅にお茶を飲みながら盗み聞きしていたな!
「今までもこんなことしてたんじゃないでしょうね?」
「まさか。俺がいたら平和に話ができないと思って好意で消えててやったのに、失礼な奴だな」
空になったカップを手元から消して横目で笑うその憎たらしい頬に「失礼なのはあんたでしょう!」と一発拳をおみまいしてやりたかった。生憎、今はそんな元気は出てこない。
「どうせあんたも私に証言台に立てって言うんでしょ」
「いや? お前の好きにしろよ」
意外なことに興味さえないようなあっさりとした返答だった。確かに、テオにとっては現状巻き込まれているような身の上なわけで、この件がどうなろうと関係ないのだろう。
もともと、三つの地域間の仲は良くもなければ悪くもない。互いを尊重し、時には助け合いもするがそれ以上の交友関係を持とうとはしてこなかった。
てっきり口出しされると思って身構えていたのに、なんだか調子が狂う。
会話が途切れると、先ほどのカーティスとのやり取りが思い出されて、重りでも背負ったような気持ちになった。
カーティスと顔を合わせづらくなってしまった。ずっと私の為に動いてくれていたのに、私の我が儘で拒んでしまった。きっと裏切られた気持ちだっただろう。
こんな最低な姉で、カーティスは幻滅したかな? 嫌われてしまっただろうか?
そんなの嫌だな……。
「なぁ、そんな顔するなよ」
黙っていると、何故か焦ったような顔をしてテオが顔を覗きこんできた。先ほどまで我関せずの態度をみせていたのに。
「そんな悩むようなことか? したくないことはしなきゃいいだろ」
「でも、カーティスが私の為にしてくれたことを私が否定しちゃった」
「お前、あの弟の事がそんなに大切なのか?」
「当たり前でしょ!」
カーティスはブランシェット邸で唯一、私を家族として受け入れて、慕ってくれた。私がいなくなった後も忘れずにいてくれた。とても大切な存在だ。
届けてくれたハンカチを見つめる私を見て、テオは面白くなさそうに鼻を鳴らし、あっそ! と相槌を打った。
さっきからなんなんだ。情緒不安定だな。
テオは腕を組み、何やら考えるように首を傾げる。
「……お前、さっき自分もブランシェット公爵を利用してたって言ってたよな。だから自分には証言台に立つ資格なんてないと思ってるんだな?」
「う、うん……」
分かってきたぞ、とでもいうように、その顔に生意気な笑顔が戻ってくる。
「だいたい、他人を利用することの何が悪いんだ?」
平然とした顔で何を言い出すかと思えば。
「自分が得する為に、人を利用するのは悪いことでしょう!」
「まぁ、誰かに恨まれるようなやり方はあとあと厄介ではあるな。けど、お前が楽しく過ごせるなら、利用できるものは利用できるだけ利用しまくればいい」
「あんたには道徳心ってものがないの?」
呆れる私を鼻で笑うテオ。
ああ、こいつに道徳心なんてなかったね。
「利用から始まった関係でも、そんなの付き合ってくうちにいくらでも変わるもんだろ? 今回は相性と運が悪かっただけ。それにお前は誰かを陥れて自分だけいい思いするような人間じゃない」
確信しきったようなその物言いは、知り合って間もない人間に対してできるものじゃない。それなのに、テオはきっぱりと言いきってしまう。
「だから、お前が好きなように生きていくために、もう一度ベハティ公爵を利用してみろよ。ちゃんとした親子、なんて定義はどこにもないんだから。もっと気楽に考えろ」
さっきはくだらないと言ったのに。私の吐いた弱音に対してテオなりに背中を押してくれている。
「その言い方だと、まるで私が悪女みたいじゃない」
でも、なんだかテオらしい励まし方だと思った。
「お前は自分がやりたいと思ったことを好き勝手に挑戦していいんだよ。難しいなら俺が手伝ってやる」
その言葉に一瞬ドキリとした。
私に向けるその眼差しは、デュランと会うのを怖がっていた私に「護ってやる」と約束してくれた時と同じ。どこまでも透き通る、綺麗な青い瞳から目がそらせなくなる。
「手始めに世界征服とか楽しそうじゃねぇ?」
せっかくテオの言葉に感動しかけたのに、すぐ茶化すので私は思わず笑ってしまった。
「全然楽しそうじゃない!」
弱みを握られてるから色々してくれるのかと思っていたのに。どうして私の事をそんなふうに言ってくれるんだろう? 私の事をこんなにも分かってくれるんだろう?
「テオってば、まるで私のことずっと前から知ってるみたいな物言いね」
笑う私に、テオは急に真面目な顔をした。
「だってそうでしょ? 私の考えてることなんてお見通しみたいだし……」
そこでふと重要な事を思い出した。
「あれ……待って。テオ、もしかして貴方……」
そうだ、思い出した。
テオ自ら言っていたことじゃないか。どうしてスルーしてしまっていたのか。
テオは静かに私を見つめていた。私もテオを見つめ返す。
静まりかえる部屋の中、しばらくお互いの視線が交錯し合った。
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