第51話 裁判3-神判-
扉が開かれ中へ足を踏み入れると、一斉に視線が向けられた。
けれど恐怖は少しも感じず、法廷内を確認する余裕すらあった。
二階の傍聴席はそのすべてが人で埋めつくされているのが分かる。
正面には証言台が設置されており、その奥には三人の法服を着た人間が横並びに座っているのが見えた。裁判長と、裁判官だ。
中央に座する裁判長は白い顎ひげを伸ばした老年の男性で、いかにもといった外見をしている。
私の左手側にはデュランとカーティス、右手側にはエドガーが立っていた。私は真っ直ぐ証言台まで進むと臆することなく右手側へ顔を向ける。
エドガーは信じられないものを見るような眼差しを私に向けたまま固まっていた。
無理もない。6年前に生き埋めにしたはずの人物が、6年前と変わらぬ姿で現れたのだから。
私はエドガーの見開いた瞳を真っ直ぐ見つめると微笑を浮かべた。
「お久しぶりですね。ブランシェット公爵」
私の感覚では約4ヶ月ぶり、エドガーにとっては約6年ぶりの再会だ。お互い容姿に変わりはない。
私の挨拶に我に返ったようにエドガーは声をあげた。
「に、偽物です! 私の娘は確かにあの時っ……! な……亡くなった、はずです……。それに、生きているなら今は18歳のはず。その子は明らかに子供ではないですか!」
「当然です。あの日、棺の中から6年後の現在に跳んで脱け出してきましたから。私にとってブランシェット公爵と顔を合わせるのは約4ヶ月ぶりです」
私の発言に理解できないといった顔で言葉を失い、考えをまとめるためか一度額に手をそえた。
こんなふうに平静を失うエドガーの姿を今まで見たことがなかった。エドガーは頬に汗を滲ませながら、やがて引きつったような笑みで嘲笑う。
「妄想癖のベハティ公爵が連れてきた証人は、虚言癖の少女ですか。これは根拠も信用性もないお粗末な証拠ですね」
「私が割った魔力石で負ってしまった傷は、やはり今も残っているのですね」
間髪を入れず述べた私の言葉に小さく肩を揺らして、エドガーは自身の目の下に薄く残ったままの傷痕に触れた。
頬の傷は強い魔力のこもった破片で切ったためか、完全に治すことはできなかったらしい。私はその傷を見るたび申し訳なさを感じていたけれど、今は少しの罪悪感もない。
そしてあの事件を知る者はそう多くない。あの時部屋にいた者にはエドガーが箝口令を敷いたからだ。
魔力石を破壊する程の魔力保有者が注目されないわけがない。いずれいなくなるであろう私の存在が周りに知れ渡ることを懸念したのだろう。
エドガーはちらりとカーティスを見た。
あの事件の場にはカーティスもいた。カーティスから情報を得たのではないか?と、おそらくそのような事を考えているのだろう。
「もちろん、これだけで確証を得られるとは思っておりません」
私は予定通り、裁判長に申し出る。
「神判を用いて私がベハティ公爵の実の娘であること、私の証言が事実であることを証明いたします」
この場は神明裁判が認められている。
神明裁判とは裁判所が保持する神物を用いて神に裁きを与えてもらう裁判方法だ。
「『ザキアスの炎』を用意してください」
「なっ……!」
エドガーの顔色が一気に変わった。
《ザキアスの炎》
証言の真実性を確かめるため使用される貴重な神物の一つ。
証明方法は証拠となりうる品を炎に捧げ、証言するだけだ。事実であれば炎の色が変わると伝え聞いている。
神官たちによって用意されたのはモミの葉模様を装飾として施された円柱の焚き火台。
その中には炎だけが赤々と燃えている。薪も落ち葉も、炎の燃料となるものは何も乗っていない。
ただ炎だけが弱まることなく永遠と燃え続けていた。
その炎は水をかけても激しい風にふかれても、決して消えることはないと言われている。
ザキアスの炎がデュランの前へ配置される。私は証言台から下り、デュランの隣に立った。
「失礼いたします」
二人の神官が小さなナイフを取り出すと、了承を得て私とデュランの指先を浅く切る。デュランと目で合図をかわし、血が溢れだす指先を炎に向けて掲げた。
「俺はデュラン・ベハティ、ヴァレンティナ・ベハティの実の父親だ」
「私はデュラン・ベハティとリターシャ・ベハティの娘、ヴァレンティナ・ベハティです」
「その発言は、嘘偽りのない真実ですか?」
「真実だ」
「真実です」
私とデュランの声が重なる。同時に、こぼれ落ちた二人分の赤い血が一瞬で炎に飲み込まれる。
それはまるで、炎に意志が宿っているかのような、食らいつくような揺めきだった。途端に炎は火柱をあげ、その色は赤から青へ変化した。
「これでお二人が実の父娘であることが証明されました」
次に神官が白い布の包みを持ってやって来た。開くと中には数本の赤い髪が納まっており、裁判長に掲げて見せる。
「リターシャ・ブランシェットの墓から採取した毛髪です。こちらと彼女の毛髪が同一人物のものであれば炎は青く燃え上がるはずです」
再び神官が私に了承を得ると、髪の毛先を切り取った。神官たちが頷いたのを確認して、私は宣言する。
「私は6年前、エドガー・ブランシェット公爵の指示によって騎士たちに生き埋めにされたリターシャ・ブランシェット、本人です」
「その発言は、嘘偽りのない真実ですか?」
「真実です」
神官の手から切り取ったばかりの髪と、棺の中から見つかった数本の髪がそれぞれ炎へ捧げられる。
照明にきらめく赤い髪が炎に飲み込まれると、青ざめるエドガーの見つめる先で、炎は当然のように青く色を変え燃え上がった。
「ザキアスの炎による証明は以上です」
神官たちは役目を終えると、進行の邪魔にならぬよう速やかにはけていく。
「ふむ……」
裁判長は小さく頷きを見せた。
法廷内は騒然となる。
「ご苦労だった。証言人は下がりなさい」
「失礼いたします」
予定通り、私のすべきことをやり終えた。これで少しはみんなの無念を晴らせただろうか。
私は一礼し、この場から立ち去ろうと踵を返した。
「リターシャ!」
「!」
エドガーの呼び声に思わず私の足が止まる。
「本当に、リターシャなのか? 生きて……いたのか……?」
エドガーが、今にも泣き出しそうな顔を私に向けていた。何故そんな眼差しを私に向けるのか理解できない。
エドガーは目頭を押さえ涙を堪えるような仕草を見せると、裁判長に向かって訴えかけたのだった。
「ああ……! 裁判長! これは不幸な事故なのです!」
エドガーの悲痛の叫びに私はぎょっとする。
この男は、いったい何を言ってるの?!
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