第50話 裁判2
娘に関する質問に、エドガーはこれまでとは打って変わり言葉を探すように言いよどむ。
「……私の娘はブルーローズの病に侵され亡くなりました……その者を一族と同じ場所へ葬るわけにはまいりません」
カーティスから聞いていたとおり、体裁に対する懸念は人一倍のようだ。
デュランは鼻で笑う。
「同じ場所に葬る気もなく、いずれ病を患う可能性があると知ったうえで、娘として迎えたのか。貴様の冷酷な考えは理解できないな」
「私の考えが浅はかであったことは認めます。けれども私は娘の死を通して、魔力持ちの平民が僅かな時間でも望む道に進めるよう手助けが出来ればと思ったのです。決して魔力補填要員として彼らを招いたわけではありません。……ですが、ベハティ公爵もあの病が私たちの間でどのように認識されているかご存知でしょう」
「さぁな。俺はどんな理由があろうと、最愛の娘を離れた場所に生きたまま葬るような惨いマネはしない。貴様のような非道な人間とは違うからな」
温厚な態度で答え続けていたエドガーが、そこで初めて睨むような眼差しをデュランへ向けた。
「冒頭手続の際にも『公爵のご息女を生き埋めにした』などと突拍子もない事をおっしゃっていましたが、リターシャは孤児院から引き取った私の娘です。そして大切な娘を生きたまま埋める親などおりません!」
デュランはギリッと歯を食いしばる。
本当ならば「俺の妻の名前をお前が軽々しく口にするな」と激昂したかった。
「俺の娘はヴァレンティナだ! 二度とお前がその名を呼ぶな!」と、エドガーの口を引き裂いてやりたい衝動にかられていた。
抑えきれない静かな殺気が法廷内を侵食するように広がっていく。
「ベハティ公爵、落ち着きなさい」
殺伐とした空気に誰もが身震いし呼吸さえ満足にできないなか、裁判長の穏やかながら威厳のある声がデュランへ声をかける。
冷静さを欠いた状態が続くようであれば、一度裁判を中止せざるを得なくなるだろう。
「公爵様……」
カーティスもデュランへ怒りを収めるよう声をかける。
「分かっている」と返答が返ってくるも、カーティスは内心ずっと肝を冷やし続けていた。
「俺は貴様の犯した罪を知っている。よくもあんな残酷なことができたな」
「残酷? 貴方にそのようなことを言われるとは思いませんでした。何を言われましても、私が罪を犯したという確かな証拠はひとつもございません。すべて確証を得ないもの。言いがかりにすぎません」
「確証ならある」
「ほう、どちらに?」
「俺の娘が、お前の罪を明らかにしてくれるだろう」
デュランの言葉にエドガーは瞳を見開き、呆気にとられたような表情を浮かべた。
「っは!」
しかし、思わずもれた自身のせせら笑いにうつむき口元を手で覆う。
傍聴席からも、再びざわつく声が聞こえはじめた。
「失礼ながら、確認させていただきたい。第一に、貴方のご息女は幼い頃にお亡くなりになったと、当時は聞き及んでおりましたが」
「ああ、フロスト男爵に死んだと嘘を吐かれた。だが事実、俺の娘は命を奪おうとした男爵の手の者から逃げ延び、孤児院に居たところを貴様に目をつけられ連れ去られた。男爵が犯したこの一連は事実であり、すでに裁判で証明され処罰されている」
フロスト家の爵位が剥奪されたことは貴族の間では周知の事実であった。
エドガーは少しの焦りもなく、むしろその言葉に間違いはないのだろうと、頷いてみせる。
「たとえ貴方の娘がリターシャだったとしても、6年前にブルーローズの病でこの世を去っています。私が言いたいのは、『存在しない人間が何を証言できるのか』ということです」
エドガーは裁判長へ体を向け進言する。
「裁判長、どうやらこの裁判は開かれるべきものではなかったようです」
「ふむ、それは一体どういうことだね?」
ご説明いたします、とエドガーは再びデュランへ向き直った。
「その前にもう一つ、ベハティ公爵へ質問がございます。失礼ながらブランシェットにまで、とある噂話が広がっていることをご存知でしょうか」
「噂は気にしない。くだらないものがほとんどだからな」
エドガーは一度、傍聴席の怪訝そうな表情を確認してから口を開いた。
「それなら申し上げましょう。『ベハティの当主は妻と娘を失ったショックからいまだ立ち直ることができず、最近では幼い少女の衣服や装身具、生活品まで買いそろえている』と。幻覚を見ているのではないかと心配する声が遠く離れたブランシェットまで聞こえてきております」
ざわざわ、と周りからの声は大きくなる。そのほとんどを各所からやってきた貴族たちで埋めつくされた席だ。
噂を耳にしたことがある者が多数のようで、デュランに哀れみの視線が向けられはじめる。
「裁判長、私は公爵が極度のストレスにより精神的な病を患っていると推測いたします。一度医師の診察をお勧めになったほうがよろしいかと」
"あの噂は本当だったのか"
"亡くなった娘を思うあまり幻覚が見えているんじゃないのか?"
"まさか薬にでも手を出してるんじゃ……"
"馬鹿、それ以上言うんじゃない"
"ああ、お可哀想に"
ひそひそと囁かれる言葉を聞きながら、デュランは冷ややかに笑う。
「やはり、噂とはくだらないものだな」
今が頃合いだろうというデュランの呟きに、カーティスが裁判長へ申し出る。
「裁判長、証人の呼び出し許可をいただけますか」
「うむ……許可しよう」
謝辞とともに頭を下げると、扉の両側に立つ警備の騎士へ指示を出す。
「証人を呼んでください」
「証人……?」
エドガーの訝しげな顔が、ゆっくり開かれていく扉へ向けられる。扉の向こう側に立っていたのは小さな人影だった。
「証人、前へ!」
裁判官の声に臆する様子も無く前へ歩み出てくる人物。その正体を確認した瞬間、エドガーは目を見開き固まった。
「お久しぶりですね。ブランシェット公爵」
その少女はエドガーを真っ直ぐ見つめ、優雅に笑って見せた。
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