第12話 生き埋めの危機!


 青い薔薇は着々とツルを伸ばし、花を咲かせていった。


 脈打つように熱を帯びる薔薇の花。ツルが伸びるたび焼けるような痛みが襲い、体の内側で魔力は暴れまわった。それでも私は、公爵家のため、孤児院のみんなや、市民の平和な暮らしのために奉仕し続けた。


 けれど限界がやってきた。


 青い薔薇が全身をめぐり、薔薇の熱に浮かされとうとう倒れてしまった。身体は重く腕を動かすのさえやっとで、気を失うように眠っては束の間の覚醒を繰り返す。意識は常に朦朧としていた。


 ベッドに眠る私をカーティスやブライアンが訪ねてきたような気もするけれど、よく覚えていない。



 そうして何度目かの覚醒で、見知らぬ場所へ移されていることに気が付いた。


「……?」


 薔薇の熱で火照っているはずの体は寒さで震えている。どこからか冷たい風が入り込んでいるようだ。


 ぼやけていた視界がしだいにはっきりして、遠くに広がる灰色がわずかに見えた。しかし視界の下半分は黒い板のような物が置かれ遮られている。


 自分が今どんな状態にいるのか、全く分からない。


 誰か人を呼ぼう、そう考えた時、灰色の景色の中にエドガーの顔が現れた。気配から察するに騎士も何人か周りに待機しているようだ。


 よく見れば、視界を塞ぐ黒い板は何かの蓋らしいことに気付いた。


 何の蓋?


「降ってきたか……」


 エドガーの声とともに私の頬に雪がフワリと落ち、あっという間に溶けていく。


 やはりここは外のようだ。それにしても、エドガーの顔がやけに遠い。

 まるで、そう、これはまるで……。


 唐突に、嫌な予感がした。


 私はだるく重い腕を動かし目の前の黒い蓋に触れる。よく見れば四方も黒い板で覆われていた。そこでようやく理解する。


 これは、棺だ。


 私が入れられた棺は深く掘られた土の中にある。それをエドガーは見下ろしているのだ。

 自分の置かれている状況を理解し、ゾッとした。


「吹雪いてくる前に終わらせなければ」


 終わらせるって、何を?

 まさか……。


「ま、って……」


 私はカラカラになった喉を必死で動かし声を絞り出す。


「……ああ、意識が戻ったか」


 視界から消えかけていたエドガーが再び私を見下ろす。


 良かった! 声が届いた! 気付いてくれた!


 私はまだ死んでいない。だから埋められる必要なんてない。ホッとした私にエドガーは淡々とした口調で言う。


「これから君を埋葬する」


 一瞬何を言われたのか理解できなかった。


 埋葬? どうして?


「なぜ、ですか……? お父様……」


 この状況が理解出来ず、頭上で平然と私を見下ろすエドガーへ問い掛ける。その質問に愚鈍とでも言うように眼差しは鋭く細められた。


「お父様?」


 閉じられかけた棺の隙間から見えるその瞳は、まるでいらなくなったゴミでも見ているかのように恐ろしく冷たいものだった。


「私に娘などいない」


 冷淡な声が家族ごっこの終わりを告げる。


「君も最初から分かっていたはずだ。利用価値がなくなった以上、君は用済みだ。期待以上の成果を出し感謝しているが、せめてあと2、3年はもってほしかったな」


「知って、いたんですか……?最初から……」


 私が、長くは生きられないという事実を。


 エドガーは憐れみの目を向けることで返事に変えた。


「あのまま孤児院で貧しい生活を送るより、死ぬ前に贅沢な暮らしができて良かっただろう」


 非道な言葉に私は目を見開く。


「閉めろ」


 エドガーの命令にゆっくりと蓋が閉じられていく。


 (待ってよ、やめて、閉めないで!私はまだ生きてる!)


 そう叫びたいのに声は出なかった。


 棺の蓋は完全に閉じられ何も見えなくなり、土を落とす大きな音がすぐ真上から聞こえはじめる。


――ドサドサッ!


「ひっ……!」


 土が被せられていく。

 埋められている。


 私は必死で声をあげ、棺を叩き、爪をたてた。


「やめてっ! ここから出して……!」


 しかし音は止むことなく次第に小さくなっていき、やがて何も聞こえなくなった。恐ろしいほどの静寂。自分がたてる衣擦れの音しか聞こえない。どこまでも続く暗闇と無音の世界に閉じ込められた。


「はぁ、はぁ、はぁっ……」


 私の呼吸はだんだんと荒くなっていく。


 ……怖い。


 おかしくなりそうな頭を両手で抱える。


 怖い、怖い。


 震える手で、乱れた髪を引きちぎれるほどに強く握りしめた。


 怖い怖い怖いっ!


「っく、」


 けれど、湧き上がる恐怖と同じくらい、私は心の底から腹が立っていた。


「エドガーの、大馬鹿クズ野郎っ……!」


 腸が煮えくり返るとはまさにこんな感情のことをいうのだろう。


 例えブルーローズを発症したことを理由に公爵家から除籍されても構わなかった。それは覚悟していたことだ。

 ただせめて、父親として私を看取るくらいのことはしてほしかった。


 私を娘として送ってくれたなら、たとえ短い人生だったとしても、前世ではできなかった多くの事を成せた達成感を抱いて安らかに死んであげられたのに。

 エドガーは最初から私を娘として受け入れる気すらなかった。使い捨ての道具としてしか見ていなかったのだ。そんな奴に、少しでも父娘の関係を求めていた自分が恥ずかしくて腹立たしい。


「まだ死ねない……こんな気持ちのままじゃ死んでやれない!」


 私は暗闇を睨み付ける。


 息が苦しい。酸素が薄くなってきている。どれくらい時間が経ったのか分からないけど、これ以上ここにいては酸欠で死んでしまう。早く出なくては。


 エドガーは、私にはもう魔法を使う余力は残っていないと判断したのだろう。たしかにこれ以上無理をすれば本当に死んでしまうかもしれない。けど、どうせ死ぬなら最後まで足掻きたい。


 私は乱れた呼吸を整え集中する。

 移動魔法陣は何度も見たことがある。記憶に残る陣を思い出し形成していく。


 移動先、場所の指定、どこがいいだろう……できるだけ遠く、ずっと遠くがいい。それから今度はもう少し暖かい所がいい。ここは少し寒すぎる……。

 そしてここから無事出られたら、せめて大人になるまでは生き延びたい。


 私は前世の記憶を思い出す。


 ベッドの上で、大人になったらしたいことをノートに書いて未来を夢みていた。成人となる18歳は当時の私にとってものすごく大人に感じた。


 18歳……あと6年、かぁ……。


 長い時間に思えて、きっとあっという間なんだろうな。


 私は朦朧とする意識の中、最後の力を振りしぼり陣に魔力をこめた。瞬間、陣の光が私を飲みこみ、暗闇だった視界は一瞬で青空へと切りかわった。


 よかった……成功した……。


 けれど、どうやら私の体は空中に投げ出されているようだ。理解はできても飛ぶ力はさすがに残っていない。為す術なく落下していく。


 恐怖はなかった。逆に、あの地獄のような空間から抜け出せた安堵と、一矢報いてやった喜びで、私は小さく微笑みを浮かべた。



――ドサァッ! 「ぐえっ?!」



 地面には思ったより早く落下した。下に誰かいたのか、下敷きにしてしまったようだ。苦しそうな呻き声がすぐ側から聞こえる。

 確認しようにも、体はピクリとも動かなかった。体が猛烈に熱い。特に内蔵と両腕が異様に熱かった。


 大きな人影が私を覗き込んでくるのが分かったが、視界がぼやけてよく見えない。何か喋っているようだったが、その声もうまく聞き取れなかった。


 ひとまずは、生き埋めの危機から脱することができた。あとは少しでも長く生き延びるために安全な場所を確保して、体を休めないと。

 けど、今はなんだかものすごく眠い。


 重い目蓋をスッと閉じる。私の意識はそこでプツリと途切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る