第11話 ブルーローズ
「有意義な時間は過ごせたか」
会議を終えて馬車に乗り込んできたエドガーが声をかけてくれた。私は疲労の色に気付かれないよう、明るい笑顔を浮かべて頷く。
「はい。やはり帝国図書館は規模が違いますね。配置の仕方もとても分かりやすく居心地の良い空間となっていました。連れてきてくださりありがとうございます!」
それはよかった、と返事をくれるエドガーに、続きを話そうとすれば言葉は遮られる。
「今日あった会議で受けた報告だが……」
珍しくエドガーから話しかけてくれたと思えば、どうやら仕事の話がしたかったようだ。私は言いかけた言葉を飲み込み相槌をうつ。
「他国から例年より温度の低下がみられているとのことだ。今後オリアナ帝国にも、寒波の影響が出てくるだろう」
予想していたタイミングとピッタリ当てはまる。やはり、寒波はやってくる。
虚偽により罰せられることはなさそうでホッとしたけれど、ブランシェットでは特に、今後は極寒の寒さが続くことになるはずだ。対策を練ってきたとはいえ、完璧とは言えないだろう。正直複雑な気持ちだった。
「……早くから対策を講じることができて良かったです」
「ああ。これから更に魔力の消費が激しくなるだろう。今後も君には期待しているよ」
「もちろんです」
私の魔力が誰かの生きる糧になるなら、いくらでも頑張れる。
力強く頷いてみせる私に、エドガーは静かな笑みを浮かべた。
***
屋敷に戻ってくる頃には、体はいつもの調子を取り戻していた。
部屋で簡単に夕食を済ませると、ハリーから渡された本を手に椅子に腰掛けた。
「二人共、無事かな?」
あの後二人がどうなったのか気になっていた。
図書館によく来ていると言っていたし、司書が使用する通路を知っていたことを考えると、ハリーたちは図書館関係者の親族、といったところだろうか?
帝国図書館は皇族と貴族の利用者がほとんどだ。表沙汰にはしたくない様子だったから、お姉さんの誘拐を企んだ犯人は身分の高い人物か、二人の近親者。
ハリーには誘拐される心当たりがあるようだったから後者の可能性が高い。
後継者争いは皇族や貴族の間ではそう珍しくない。発覚してないだけで、内部では凄惨な事件が起きていることだってあるのだ。下手に関われば口封じに消される危険だってある。
私に迷惑がかからないよう、配慮してくれたのかもしれない。きっともう二度と合うことはないだろうけれど、私は心の中でお礼を述べて二人の無事を祈った。
「……よしっ」
気を取り直して本の表紙を確認する。深い紺色に金の装飾が施されておりタイトルはない。
お礼と言っていたけど、本当に私が持っていていいものなのだろうか。見れば図書館の物であることを示す魔力印は押されていないので、ハリーの私物なのかもしれない。
「口止め料ってことかな?」
表紙を開き目を通すと、魔力と病における関係性についての論文が記されているようだった。まさに探し求めていた内容だ。私はページをめくり、青い薔薇に関する情報を探した。
その記述はすぐに発見できた。
「そんな……」
私の頬に汗が滲む。間違いであることを願い読み返してみるも、記載された内容が変わることはなかった。
私は昼間に感じた猛烈な薔薇の熱を思い出し、袖をたくし上げる。手の甲に収っていたはずの青い薔薇は肘までツルを伸ばし、大輪の花を腕に開かせていた。
絶望的な状況を目にし、目の前が真っ暗になる。
【ブルーローズ】
それは魔力を持つ者が希に蝕まれる奇病だった。
【青い薔薇】が体に浮かび上がり、イバラのツルが花を咲かせながら巻き付くように全身に伸びていく。薔薇の放つ熱に浮かされやがて命を落とす。
治療方法の見つかっていない、死病と言われていた。
私は震える手でページをめくった。
《《本来貴族は魔力に耐えうる肉体を持って生まれてくる。それにもかかわらず、【青い薔薇】が浮かび上がるということは分不相応の証と言われ、身内から発現者が生まれることは恥とされた。それゆえに、ブルーローズに罹った者は軽蔑の眼差しを向けられ、その存在は徹底的に隠匿される。
希に平民の間に魔力持ちの子供が生まれることがある。ほとんどは魔力に体が堪えられず、多くは【青い薔薇】の発現によって若くして命を落とすとされている。
平民の魔力保有者は、生まれながらにして短命と決まっている。》》
「…………」
授業で教わった時からずっと不思議だった。
なぜ魔力は貴族のものと決まっているのだろう、と。教育係に質問しても「そう決まっているからです」としか返ってこなかった。
ようやく分かった。
平民と貴族とでは根本的に体の強度が違うんだ。
この体に浮かび上がる青い薔薇は、死の宣告。
きっと、ハリーも分かっていたのだろう。
あのとき本当は『手向け』とでも言おうとしたのではないだろうか。
それならあの悲しげな表情の理由も理解できる。
今回は長生きしようと、死ぬまいと精一杯、頑張ってきた。けれど、生まれた時から長く生きられないと決まっていたなんて。
「ふっ……」
思わず皮肉めいた笑みをこぼしてしまう。
もしかしたら、私は大人になれない呪いにでもかかっているのかもしれない――。
――コンコン。
どれくらい呆然としていたのか、ノックの音で我に返った。こちらの許可を待たずにドアは開かれ、メイドが数名入ってきた。
「失礼します」
その手には黒い布袋が一袋ずつ握られており、丁重にテーブルに置かれていく。
「これは?」
「魔力石になります。当主様から、できる限り多くの魔力を込め、献納してほしいと預かって参りました」
いつもの数倍の量はある袋の中身に、私は思わず右手に触れ返事を戸惑う。
「現在の魔力量では寒波が到来した際、辺境地域まで十分な魔力供給が行われない可能性があるため、お嬢様に尽力いただきたいとのことです」
メイドの言葉に、孤児院に暮らすウィルとシスター、子供達の笑顔が思い出される。
私は静かに拳を握り締めた。
「分かりました」
メイド達が部屋から出て行くと、私は袋に収まっていた大量の魔力石を取り出ししばらく見つめ続けた。
どれくらい動きを止めていたのか分からない。
やがてゆっくりと目を閉じると、決意とともに瞳を開き、魔力石を手に取った。
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