第10話 失血死の危機!
急いで駆け寄り、傷の状態を確認する。背中から腹部へ向けて撃たれたような傷があり、そこからの出血で床にまで血が広がりつつあった。
「あの時の……」
男が放った杭が背中を貫通していたのだろう。庇えなかった己の不甲斐なさに唇を噛み締める。
落ち着け、落ち着いて。
私は一度深呼吸して、傷の位置をよく観察した。
腎臓がある辺り……。まだ微かに息はあるけど、このままでは大量出血で間に合わなくなる。
私は傷口に手を添えると意識を集中させた。今まで切り傷や打撲などの軽傷は治癒で直したことがあったけど、ここまで酷い傷の治癒は経験がなかった。けれど、このまま放っておくわけにはいかない。
「大丈夫。お姉さんは絶対に助かるよ」
諦めたように膝をつきうつむいたまま微動だにしなくなってしまったハリーに、力強く言葉をかける。己の弱気を追い払うためでもあった。
私はそっと傷口に両手を添えた。腎動脈、腎静脈は傷付いてない。まずは削り取られた部位の修復、細菌感染のないように常に浄化で消毒しつつそのまま傷口を塞ぐ。細かな魔力の糸で、細胞を繋ぎ止めるように。
慎重に、丁寧に。集中しろ。
とにかく全ての意識を傷の手当てのために注ぎ込む。
「っ……」
途中、焼けるような痛みが腕を襲う。唇を噛み耐えるも、今度は魔力が渦を巻くように体内で暴れ始める。こんなことは初めてだった。それでも気を抜くことはできない。今集中を切らせば、お姉さんの命が危ない。私はただただ、手元の魔力操作に集中した。
どれくらい時間が掛かったかは分からない。ようやく傷口を塞ぎきると、額に浮かんだ汗を拭い、ホッと息を吐き出した。
お姉さんの顔色はまだ青ざめてはいるものの、先ほどよりもしっかりとした呼吸を繰り返している。
「やれるだけのことはやってみました。急を要する状態からは脱しましたが、必ず魔法医師に診てもらってください」
まさか私がお医者様のようなことを言う日がくるとは。前世ではずっと患者だったから、なんだか不思議な感じだ。
呆けていたハリーが私の言葉に慌ててお姉さんの容態を確認する。
私は脱力感でその場にうなだれた。体がだるい。治まりつつあるが、まだ脈を打つように青い薔薇は熱を放っている。
右手を確認すると、そこでようやく袖が破れ隠していた青い薔薇が見えていることに気が付いた。
慌てて魔法で修復する。人体に比べれば布と布を縫い合わせるのは一瞬だった。
「ありがとうございます……」
震えた声に視線を上げると、ハリーが額を床に付けるほど深く頭を下げていた。
「えっ!?」
「あなたのおかげで助け出すことができました。そのうえ、命まで救っていただき、心から感謝いたします。このご恩は決して忘れません」
「私は自分勝手に行動しただけで! 一歩間違えばもっと大変な事になっていたかもしれません! どうか顔を上げてください!」
それでもなお、頭を下げ続けるハリーに私は優しく言葉をかける。
「ハリーは本当にお姉さんの事が大切なんですね」
「大切、ですか……?」
そこでようやく顔が上がった。
「はい。そう思える人が側に居てくれることは幸せなことです。これからもお姉さんを大事になさってくださいね」
ハリーはうつむきどこか複雑そうな顔をした。けれどハッとしたように顔をドアの方へ向けると、私の腕を引っ張り立ち上がらせる。
「誰か来ます!」
「え!誰かって……」
「おそらく自分たちの従者です。抜け出したのがバレて探しにきたのでしょう」
「ぬっ抜け出した?!」
初めて聞く情報に、溜め息をつきたくなる。内緒で街に赴いていると言っていたし、随分やんちゃな姉弟なようだ。
私はだるい体を引き摺るようにしてハリーの後をついて行く。
「ここから裏庭に出られます」
そこは廊下の一番奥にある扉だった。
「それからこれを」
そう言って一冊の本を渡してくれる。紺色に金の装飾が施された高級そうな本だった。
「魔力に反応して発症する病について記述されています。あなたに差し上げます」
「えっ? でも……」
「せめてもの……お礼です。今日のことはどうか誰にも話さず、秘密にしておいてください」
廊下の向こう側から足音が近付いてきた。
「行ってください。本当にありがとうございました」
ハリーは深々と頭を下げてくれた。
「私のほうこそ、ありがとう。お姉さんによろしくね。必ず医師に診てもらってね」
念を押して「それじゃあ」とドアを開けて外に出た。
「……さようなら」
扉が閉まりきる直前、ハリーは最後に別れの言葉を呟いた。
何故だか少し、悲しげな表情を浮かべて。
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