第13話 年上の弟
目を開けると見知らぬ天井が見えた。
ここはどこだろう?
状況を把握しようと、ぼんやりする頭を働かせる。
背中に感じる柔らかな感触から、ベッドに寝かされているのが分かる。天蓋付きの豪華なベッドだ。私は公爵家へ帰ってきたのだろうか? けれどエドガーが私を迎えるはずがないし、そんなの願い下げだ。
たしか、広い青空が見えたからどこか野外に移動したはず。魔法陣にはどのように術式を記したんだっけ?……覚えてない。
うーん、ええと……あと、移動した先に誰かいたはず……。ぼんやりとしか見えなかったが、体つきからして青年のようだった。それから……
「起きたか」
思い出そうと眉間にシワを寄せていると、誰かが顔を覗き込んできた。
見覚えのない少年だった。年は私と同じくらい。漆黒の髪に、澄んだ空のように綺麗な瞳をもっている。
カーティスは美男子を約束されたような容姿をしているが、目の前の少年も負けず劣らず整った顔立ちをしていた。少しだけ見入ってしまう。
「起きたならもう動けるだろ、寝坊助」
ペシン、と額を叩かれた。いきなりの暴挙にびっくりする。
「ちょっと! 病人を叩くなんて……」
額を押さえながら勢いよく起き上がる。そこであんなに重かった体が自由に動くことに気付いた。怠さも薔薇の熱も感じない。腕を確認すれば巻き付いていたイバラのツルと薔薇の花は消えていた。
「あっ……」
いや、一輪残っている。
最初に視認した右手の甲には青い薔薇が一輪残っていた。
「それが増えることはないから安心しろ。でもあんまり無茶はするなよ」
やれやれ、といった顔で嘆息する少年。
何故この子はこんなにもふてぶてしいのだろう?
「もしかして、君が助けてくれたの……?」
「そうだけど」
当然だろ、と言うように少年はふんぞり返って足を組む。
「本当、俺に面倒ばっかかけるよな、お前」
あざ笑うような顔で身に覚えのないことを言われた。
ちょっと待って。少年とは初対面であるはずなんだから、そんなこと言われるのはおかしくない?
「私たち、いま初めて顔を合わせたはずだよね? そんなこと言われる筋合いはないと思うんだけど。それに、ブルーローズは治療方法の見つかってない奇病よ。本当に君が治したの?」
「奇病?」
私の発言に少年は馬鹿にしたように鼻で笑う。
この子はなんでこんなにも生意気なんだろう。ブライアンとはまた違った嫌な匂いを放つスカンクだな。
「これは病気じゃねぇよ」
そう言って自身の左手を持ち上げる。袖をたくし上げたその手の甲には私と同じく青い薔薇が咲いていた。
「あっ……!」
「これだけは消えないんだよなぁ」
忌々しそうに薔薇を見ながら舌を鳴らす。
少年の話によると、これは言わば聖痕みたいなものなのだという。強すぎる魔力を持って生まれた者は、希に自身の魔力が自身の体を内側から壊してしまうことがあるらしい。
「ポップコーンみたいな感じだな」
体が内から弾け飛ぶ、と楽しそうに話す少年とは対照的に私は顔面蒼白になる。
この青い薔薇はそれを抑制するため発現するのだそうだ。薔薇の花が熱を放つのはこれ以上魔力を使い続けるなという警告のようなものだという。
「無理しなきゃあんなに酷くはならなかっただろうよ。普通の奴なら気力をなくしてとっくに死んでたぞ。本当、頑丈な魂してるよなお前」
私の奥深くを見据えるような眼差しに居心地の悪さを覚える。何がどう見えているのか分からないが、それは私が図太いということ?
「まあ、今は保有する魔力量に対して体が貧弱すぎる。魔力に耐えられるくらい体が成長すれば問題なくなるだろ」
「えっ!じゃあ今は?治してくれたんじゃないの?」
「病気じゃないって言ったろ。魔力が体の内側から溢れ出ようとしてるなら、抑えこめばいいだけの話だ。そうすれば薔薇は勝手に引っ込む」
「?」
事もなげな様子で説明してくれる少年。
言ってることは分からなくもないが……要するに、溢れ出そうな魔力を抑える防御壁を体の内側に張っているってこと? そんな高度なことできるの?
「んん? でもそれだと魔力を覆うことになるから、魔法が使えなくなるんじゃない?」
「なんで? 普通に使えるだろ」
「だって魔力が出てこないように閉じ込めてるんでしょ?」
「抑え込んでるだけだし、自分の内にある魔力なんだから使えないわけないだろ」
何言ってんだコイツ、という顔をされるが、それはこっちだって同じだ。
ダメだ、きっと凡人には理解できないことなんだろう。この子は天才。その天才に処置された私、晴れて健康体を手に入れた!それでよしとしよう。聞きたいことは他にも山ほどあるのだ。
「ねぇ、ここってどこ? 私ってどれくらい意識がなかったの? 気を失う前、誰か側にいた気がするんだけど、ここはその人の屋敷なのかな? 君はこの家の子? あっ名前は?」
「落ち着け」
前のめりになっていた体が押し戻される。
「本当、逞しい奴だな」
「え?」
「……ここはベハティ公爵家の屋敷だよ」
「べはてぃ……」
ベハティ公爵家?!
オリアナ帝国を中心に三つの地域はそれぞれ隣り合ってはいるけれど、まさかベハティまで来てしまうなんて!!
それも、ベハティ公爵家、当主の屋敷に……!
アシーナ国との戦争は海底火山噴火による影響からか一時休戦され、再戦されることはなく終戦となった。当主も今は戦争から戻ってきているはずだ。
歴史の授業を思い出し、私の顔からはサッと血の気が引いていく。
戦闘力に秀でた者の多いベハティはその特性からか気性の荒い性格が目立つと聞く。
たしか国に最後まで牙をむいたのもベハティだった。当時は別の王国名があったが、敗れた際に廃されている。
圧倒的なその戦いぶりは悪鬼のごとく。視線を向けられただけで誰もが恐怖に身をすくませる、そんな当時の王の末裔であるデュラン・ベハティも、獰猛で血も涙も無い恐ろしい存在だと聞き及んでいる。
そんな人物のいる屋敷に来てしまうなんて! どうしよう、不法侵入で捕まるかもしれない!
生き延びたと思ったらすぐこれだ!
「よりによって、なんでそんな場所にいるの?!」
「なんでって、そりゃ……」
――コンコン。
言葉の続きをノックの音が遮った。
途端に少年が顔をしかめる。面倒な奴が来た、と呟く声が聞こえた。
「失礼します」
扉が開く。
入ってきたのは綺麗な銀髪が目を引く青年だった。伏せていたルビーのように赤い瞳がゆっくりとこちらを見て、目が合う。
びっくりした。
まるで王子様のような整った容姿にも驚きだが、その青年の特徴が弟のカーティスと一致していたのだ。一瞬本人かと思ってしまったがそんなわけがない。弟はまだ10歳の子供なのだ。あり得ない、と心の中で笑い飛ばす。
「姉さん!」
しかし、青年はそう叫ぶと私に向かって駆け寄ってくる。
「良かった! 目を覚まされたのですね……!」
膝をつき、私を見る青年の瞳は喜びと安堵で潤んでいる。私は何故年上である青年に、姉と呼ばれるのか理解できなかった。
「あの……すみません、どちら様ですか?」
私の質問に青年は寂しそうに表情を曇らせた。
「カーティスです。あなたの弟の」
その返答に私の時が止まる。
んん? 弟? 私の?
いや、それはおかしい。
だってカーティスは10歳の少年のはずだ。けれど目の前にいる青年は16、7歳ほどに見える。記憶の中の愛らしいカーティスと、目の前にいるカーティスと名乗る青年が私の中で一致しない。
からかわれているの?
混乱する頭を抱えて「うんうん」と唸る私を、青年は心配してくれる。
「ずっと眠っていらっしゃったのです。無理なさらないでください」
「ずっと……?」
青年のその言葉に、ふと恐ろしい考えが頭をよぎった。
仮に、もしも本当に、この青年が成長したカーティスだというのなら、私は寝たきり状態だったということになる。
「かっ鏡! 鏡貸して!」
「姉さん?」
「いきなりどうした?」
落ち着けとなだめようとする二人に「いいから鏡をよこしなさい!」と強く要求する。時の流れは女の子にとって一大事なのだ。
少年から渡される手鏡を引っ掴むように奪うと、自分の顔を確認した。
そこには12歳の子供の顔が映っていた。最後に鏡で見た自分の顔となんら変わらない。いや、少し痩せこけている?
なんにしろ、まだ始まったばかりの十代が寝て起きたら終了間近だった、なんて恐ろしい事態にはなっていないようだ。そりゃ、大人になるまでは生きたいと願っているけど、一気に大人になりたいわけではない。
私は長めの安堵の息を吐き、二人を睨んだ。
「やっぱり、私をからかってるの?」
「あの、違うんです」
「違うって何が? 本物のカーティスはどこにいるの?」
「ええと、ですから……」
「お前、魔法で時間を跳び越えてきたんだよ」
一向に話の進まない状況を見かねて、少年が簡潔に説明する。
「魔法を発動した日から、6年後の今に」
は……?
『せめて大人になるまでは生き延びたい』
『18歳……あと6年、かぁ……』
私は魔法陣を形成した時の事を思い出し、絶句する。
いや、あっという間なんだろうなとは思ったけど!!
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