第14話 起きたら6年後



 私は6年後の未来にやってきてしまったらしい。

 いやいやいや。


「冗談だよね?」


「信じられない気持ちも理解できます。俺も最初はそうでしたから。けれど、貴女は紛れもなく俺の姉さんで、俺は正真正銘、貴女の弟です」


 真っ直ぐに向けられる真剣な眼差し。青年の言葉は真摯的で、嘘を言っているようには聞こえなかった。騙す理由も思いつかない。


 けれど、そんな話すぐには受け入れられない。ブランシェットからベハティへの長距離移動のみならず、時間までひとっ飛びしているなんて……。


「……いくつか、質問してもいい?」


 もし目の前の青年が本当にカーティスなら、答えられるはずだ。


「夜中に内緒で屋敷を抜け出したことがあったよね?」


「姉さんが10歳で俺が8歳の時ですね。魔法で空を駆けるのは少し怖かったですが、姉さんが大丈夫と言って手を繋いでいてくださったので、とても安心しました」


 答えはすぐに返ってきた。続けて質問する。


「私の11歳の誕生日には何を贈ってくれた?」


「保護魔法をかけた花の冠です。未熟で、すぐに枯れてしまいましたね」


「私の秘密のカギの隠し場所は?」


「2番目の引き出しを二重底にして隠していました。椅子の台座部分を開閉できるようにすればもう少し大きな物も隠せると教えてくださいましたね。どちらでそんなことを覚えてきていたのですか?」


 カーティスは懐かしそうに微笑む。


 私にとっては、そう昔の話でもないのに。この青年は本当にあの幼かったカーティスなんだなぁ、と実感していく。


 6年、6年か……。


「カーティス、今いくつになったの?」


「16になりました」


 そう言うとカーティスの表情が曇り、頭を下げいきなり謝罪された。


「すみません。俺がもっとしっかりしていれば、姉さんにつらい思いをさせずにすんだのに」


 深々と下がる頭に私は慌てる。


 ブルーローズの事だろうか? 年端もいかない子供がどうこうできる問題でもなかっただろうし、黙っているようお願いしたのは私だ。カーティスが謝る必要なんて少しもない!


 そういえば、カーティスはどうしてここにいるのだろう? 連絡がいっているのだとしたら、やはりエドガーも私が生きていることを知っているのだろうか。


 私を見下ろす冷たい眼差しを思い出し、ぎゅっとシーツを握りしめる。エドガーの言葉がよみがえり汗が滲んだ。


「安心してください。時間は掛かりましたが、もうすぐすべてが終わります」


「え?」


 カーティスからどこか薄暗い気配を感じた。


 それはどういう意味?



 グオォォォ……



 問いかけたかったが、タイミング悪く私の腹の虫が大音量で部屋に鳴り響く。


「腹に怪獣でも飼ってるのか?」


 少年からデリカシーの欠片もない言葉が浴びせられ、私は羞恥心で今すぐその場から逃げ出したい衝動に駆られた。


「まぁ、1ヶ月近く意識がなかったからな」


「1ヶ月?!」


 サラリと出てきた新情報に、私は驚きの声を上げる。どうりで起きた私を見てカーティスがあんな顔するわけだ。


「もう動いて差し障りないのですか?」


「ねぇよ。見てのとおりピンピンしてるだろ」


「どうでしょう。そのうち目覚めると言ってひと月経ちましたから。貴方の言葉はあまり信用できませんね」


 目上に対する少年の態度も相当なものだが、私には恭しく接してくれていたカーティスの態度も、一変してどこか刺々しい。二人の間にどこか黒くて重い空気が流れ出す。


 あれ、この二人もしかしてあまり仲がよろしくない?


 怪しくなり始めた雲行きを打ち消すように、部屋の扉がノックされた。


「失礼いたします」


 現れたのは数名のメイドと女性執事だった。


 挨拶もそこそこにテキパキとした動きで少年とカーティスは執事によって退席させられ、私はメイドに人形のように抱き上げられお風呂場へ運ばれた。


 丁重に体を磨き上げられ服を着せられ髪を結われ、気付けば広いテーブル席の前に座っていた。完璧すぎるメイドたちの働きぶり。


 目の前にはサラダやスープやフルーツが一面に並べられている。「どうぞお召し上がりください」と言われたが、さすがにこの量は多すぎではないだろうか。


「お目覚めになられたばかりですので、このような物しかお出しできず申し訳ございません」


 手を付けようとしない私にメイドが声をかけてくれるけど、違う、そうじゃないんだ! と私は内心首を横に振った。いくらなんでもこの対応、手厚すぎではないだろうか?


 戸惑う私にメイドは続けて説明してくれる。


「どのようなものがお口に合うが分かりかねましたので、用意できるものを並べさせていただいております。もちろんすべてをお召し上がりいただく必要はございません」


 私は驚愕した。

 つまりこれら全部、私の為に準備された料理ということ? 短時間でこれだけ用意するのは難しい。サラダもフルーツも新鮮だけど、まさかいつ目覚めるかも分からない私なんかの為に、この一ヶ月毎日多種多様な食材を準備してくれていたわけじゃないよね……?


 いやいや、そんなわけないにしろ、いくらなんでも好待遇すぎる。


 私がブランシェット公爵家の者であることは知られているのだろうけど、元平民で、表向きは亡くなったことになっていたはず。そんな私に対して、この待遇はやはりおかしい気がした。


「あの、お気に召すものがなければ別のものをご用意いたしましょうか」


「いえ! いただきます!」


 心配そうな周りの視線に気付き、私は慌てて目の前のスープに口をつける。シンプルなオニオンスープだった。温かくてホッとする味だ。


「美味しいです」


 そう伝えればメイドやシェフの間で小さな歓声が上がった。なんだか気恥ずかしい。


「あの……」


 私は近くのメイドに声をかける。先ほど料理について説明してくれた、たしか「レベッカ」と名乗っていたメイドだ。目元のホクロが印象的な女性だった。レベッカは嬉しそうな笑顔で返事を返してくれる。


「はい。いかがされましたか?」


「その……どうして、こんなに親切にしてくれるの?」


 私の質問に、レベッカだけでなく周りのメイドたちも緊張が走ったように表情が硬くなるのが分かった。


「それは……私どもは当主様の指示に従っておりますので、親切と感じていただけたのでしたら幸いです。当主様は現在屋敷を離れておりますので、お戻りになった際に私どものほうからお伝えいたしますね」


 先ほどとは違い、どこか作ったような笑顔でレベッカは答えた。明らかに裏に何かを隠しているような笑顔だった。


 私はお礼だけ伝えてあとは食事に集中することにした。



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